ぼーいみーつがーる
俺の名前は神山良助。
所謂、別世界からの転生者というやつだ。
もちろん、そんな事は世間様に言えないが、もし同じ立場に立ったとすれば、俺を羨む老若男女は多いのではないだろうか?
実際俺も、自分が転生したと理解したときは小躍りしたい気分になったものである。
だがしかし、現実はそう甘くはなかった。
何故ならば、ここは俺の住んでいた世界とは異なる世界だったからだ。
俺のいた世界には、地球と呼ばれる星も無ければ、日本という国も存在しなかった。
つまり、俺はこちらの世界目線で言えば、異世界からの転生者というワケである。
言わば、逆輸入のような状態だ。……まあ、別に召喚されたワケではないのだが。
ともあれ、そんな俺に待っていたのは、チートだの俺ツエーだのとはかけ離れた、至って普通の人生だったのである。
かつては神とまで崇められる程の天才魔術師だった俺が、地球ではただの一般人になりさがるしかなかった。
それは何故か? 簡単な事だ。
この世界には魔術は存在しないし、人間もほとんど魔力を持たない為である。
俺が生まれた肉体も、その多分に漏れず僅かな魔力しか持っていなかった……
さらに言えば、言葉も当然わからないし、常識の類も一切通用しない。
これはつまり、転生者っぽい恩恵が大幅に失われたことを意味する
……ただ、異世界から持ち込めた恩恵がほとんど無いとはいえ、転生は転生である。
前世で大人になるまでに培った人生経験は、しっかりと俺の中に刻まれている。
バカなことをして大人を怒らせたり、好きな子をいじめて嫌われることも無い!
運動の大切さや、若いころから健康に気を遣う必要がある事も知っている。
それさえ守れば、きっとこの世界でも俺は成功者になれるはずだ!
……そんな思いを抱き、俺はこの世界の知識を熱心に学んでいった。
2歳になる頃には、この世界の常識を一通り理解することもできた。
……しかし俺は、ふと思ったのだ。
そんな生き方って、本当に面白いのか……、と。
2歳にして生き方に疑問を持つなんて、俺自身おかしな事だとは思う。
しかし、こう見えて中身は、前世で50歳近くまで生きたおっさんなのである。
人生を振り返る事など、これまでにいくらでもしてきたし、別に今更不思議な事では無いのだ。
とはいえ、研究一筋で生きてきた自分が、今更生き方を変えるなんて出来るのだろうか……
「ワンワン!」
物思いに耽っていると、いつの間にか、俺の目の前には一人の少女が立っていた。
……わんわん? ……ああ、そうか、ワンワン、つまり俺が今作っているこの犬の像の事か。
1歳頃から公園デビューを果たした俺は、今ではこの砂場の主となりつつある。
そして、今日の作品はご近所で飼われている犬のスケさんであった。
無駄にリアルに作られたこの像は、他の子供達や大人達からドン引かれる程の出来前だ。
しかし、これに興味を示すとはこの少女……、見所があるな。
「うん! ワンワンだよ!」
「わぁ♪ ワンワン! ワンワン!」
少女は嬉しそうにスケさんを叩き始める。
当然、スケさんは徐々にその形を崩し、見るも無残な姿に……
ああ! おれのスケさんがぁぁぁぁっ!!!!
「な、な、な、なにをするのだーーーーーっ!」
「ふぇ? あ、ワンワン……、しんじゃった……? う、う、うぁぁぁぁぁぁん!」
ちょ、な、泣きたいのは俺の方だぞ!?
スパーン!
「いてぇぇっ!」
「いてぇって、この子はどこでそんな汚い言葉遣いを……。じゃなくて、何、女の子を泣かせてるの!?」
泣かせてない! 俺は断じて泣かせてなどいない!
くっ……、しかし少女の涙のなんと破壊力のあることか……!
……とりあえず俺も泣いておこう。
「う、うえぇぇぇぇん。ぼく、なにもやってないもーーーん!」
「な、なんてワザとらしい泣き方……。私の育て方が悪かったの……? ……いや、悪くない! 私は断じて悪くない!」
何故か我が母も頭を抱えだす。
先程の俺の反応にそっくりだ。やはり俺は母親似なのであろうか……
「ど、どうしましたか!?」
すると、さっきまで向こうで楽しそうにブランコを漕いでいた主婦らしき女性が、見事な双丘を派手に揺らしながら慌てて駆けてくる。
あの慌てぶりから、恐らくはこの少女の母親なのであろうが、娘の一大事(?)に気付くのが随分遅い気がする。
ブランコが余程楽しかったのであろうか……?
「ハッ! あ、あの、どうもすみません! ウチの子がこの子を泣かせてしまったようで……」
「ち、ちがうもん! このこが、ぼ、ぼくのスケさんを! えーん!」
「っぐ、ワ、ワンワン、しんじゃったの……。ひ、ひとえが、なでなでしたら、ワンワンが……。うあぁぁぁぁぁぁん!」
撫でた……? だと……? あれが撫でた? わからん、子供の感性はわからん!
「あら……、じゃあ一重がこれを壊しちゃったの……?」
「な、なんだそういう事か……。私はてっきりまたウチの子が何かしでかしたかと……」
またって母上……。いや、心当たりがありまくるな。済まない母上。
先程の反応も、もしかすると、明らかに普通の子供じゃない俺に対して、母なりに何か思い悩んでいた結果なのかもしれない。
あるいは、少し育児ノイローゼ気味なのか……? いかんな、これからは少し行動を慎まないと……
考えた俺は、ひとまず泣き真似をやめ、スケさんの再生をする事にする。
なに、この程度、俺の手にかかれば修復に1分もかからん!
「……えっと、ひとえちゃん? ほら、ワンワンいきかえったよ?」
「ふぇ……? ワンワン? いきてるの?」
「うん、ワンワンはぼくがなおした。だから、もうなかないで?」
「わぁ! ワンワン! ワンワン!」
「あ、もうさっきみたいに、あたまをなでなでしないでね? なでるなら、せなかのほうを、やさしく、ね?」
そう言って実演してみせる。
少女もそれにならってスケさんの背中を撫でる。
「ワンワン! かわいいね!」
少女は、先程の涙が嘘だったかの様に、輝かしい笑顔を見せている。
ああ、可愛いのは君の方だよ……
誓って言うが、俺は別にロリコンだったわけでは無い。
これは今の俺、2歳の純粋な少年である神山良助の感性によるものだ。
記憶や性格は以前のものを引き継いでいるものの、感性や感覚は肉体に引きずられるものらしく、全て刷新されていると言っていいだろう。
その俺の感性が、この少女を可愛いと思ったに過ぎないのである。
……そして、その感性が俺にこう告げている。
――この少女を決して手放してはならないと。
前世の俺は魔術研究一筋の人生を歩んでいた。
結果として、俺の研究は世に認められ、成功者となったわけだが、今思えばある意味では灰色の人生だったと言えなくもない。
色恋沙汰などあるわけも無く、生涯を独身で終えたのである。
そんな俺が、今この若き肉体と感性を得て、以前は感じる事の無かった胸の高鳴りを感じていた。
それを意識したとき、先程まで自分に抱いていた疑問に対する回答が出たのである。
俺はこの感性に従って生きていこう。
折角の第二の人生だ、わざわざ以前の生き方に支配される必要は無いんだ。
感性に流されるまま生きるのも、悪くないじゃないか。
こうして、新しい人生の歩み方を見つけた俺は、早速行動を開始する。
それが、この少女、雨宮一重との出会いであり、今後激しく迷走する事になる、二人の人生の幕開けとなったのであった。
お読み頂きありがとうございます。
感想やご評価頂くと大変嬉しいです。
今後もよろしくお願いします。