第一回想
毒の実を食べてしまい意識が遠のく日向陽介は、地球での日々を思い出していた。
仕事から疲れて帰ると、泣きじゃくる赤子と、疲れ果てた妻。幸せな家庭のはずなのに、逃避したくてたまらなかった。
目を覚ますが……まだまだ宇宙旅行はつづくのだった。
第一回想
記憶の断片がフラッシュモーションのように目の前に現れる。
――もしかすると死んでしまうと世界はこういう風に見えるのかもしれない。
目の前では妻が生まれたばかりの赤子を抱いて立っている。茶色い髪にはツヤが無く。歳は二十二だが年齢より老けて見える。
連日の寝不足とストレスのせいだ――。
「いい加減に泣き止みなさい。お父さんが帰ってくるわ」
泣きやみなさいと言って泣きやんだり、寝なさいと言って寝る子供がいれば、誰も育児ノイローゼになんかならない。
とげとげしいあやし方は子供に伝わるのだ。時計の針はもう一時を過ぎている。
玄関が開くと、そこから――俺が入って来た。
「……まだ起きてるのか」
疲れと怒りが表情に出ていた。どうしようもないのだ。
ポーカーフェースの達人ではないのだ。なぜ笑顔で帰ってくることなんかが出来よう。
テーブルの上には冷めて固まったコンビニのナポリタンがラップされたまま置いてあり、隣には食べさしの同じ物が置きっ放しになっている。
泣きじゃくる子と疲れ切った妻。泣き声はアパートの薄い扉の外まで聞こえる。
今日も眠れない夜が続くと思うと疲れは怒りへと変わる。
「いい加減に泣き止め! 何が気に食わないのか言ってみろ!」
言葉も分からない我が子に怒鳴り付けた。
泣き声がさらに頭の中と部屋中に響く。
いい加減にしろ!
いい加減にしてくれ!
あざ笑うかのように我が子は泣き続ける――。
妻とは籍だけは入れた。……子供が欲しかったのではない。
「生みたい」
などと言い出すから、責任を取らざるを得なかった――。
自分の両親も、相手の両親も祝福などしていない。
――若気の至りと罵られた――。
どこかへ行ってしまえ――。
妻も! 子も! 誰もかれも――!
ずっとそう思い続けていたのだ。
……もしかすると、その思いが通じたのだろうか。それとも罰が当たったのだろうか。目の前が真っ白に明るくなり、全ての空間を飲み込んで行った。
目が開くということは死んではいなかったのだろう…。
体にこの星の重力を感じる…。
鼻からは異臭を感じる――。
胃は落ち着きを取り戻しているが、もう何も受け付けないだろう。
体は動く……が動かしたく無かった。
あれから何時間が過ぎたのかは分からない。
土の上で寝返りをし、仰向けになり空を見上げた。空はまだ明るく、来た時と同じように夕焼け色をしている。
もしかすると、この星には夜は来ないのかも知れない。
空には今にも落ちてきそうな距離に大きな惑星が何個も浮いている。均等に並ぶ惑星群が夕焼け空をびっしりと覆っているのだ。アパートの低い天井の部屋のような圧迫感を受ける。
「トータル星系……オートゥエンティーか。……最悪な星だ」
このまま立ち上がらずに寝てしまおうか。そうすれば辛い思いをすることもないだろう。
喉も渇いて口の中も酷く荒れている。立ち上がる気力が無かった。
こんな姿をプティリが見たらどう思うのだろう――。
目の前に浮かぶのは地球にいる家族ではなく、先ほど俺をこの星へ連れてきてくれたプティリの笑顔であった。
不思議だ……。
あの女のせいでこんな目に遭っていると言うのに……。
笑いが込み上げてきた……。
しばらく横になっていると、砂埃を立てて円柱型の物体が水平移動してくるのが見えた。
円柱の底の部分が土色に見える。よく見ると俺の顔も映っている。
見たこともない浮かぶ物体。
どうやって飛んでいるのか分からない。俺に何か危害をくわえるのだろうか。
もうどうでも良かった。声を出す元気もなかったが、ゆっくり手を伸ばしてそれに触れようとすると、その飛行物体は音もなく来た方向へ戻って行った。
手をぱたりと地面に落とすと、そのまま、また目を閉じた。
――痛っ!
今度は突然、胸に痛感を感じた!
今までの胃の痛みとは違い、表面に何かで突かれた痛みだ――!
目を開き体を起こそうとしたのだが、胸を突かれる痛みがそれをさせてくれない。
大きな緑色の怪物が長い棒で俺の胸を突いてくる!
「な……何をする!」
ありったけの声で訴えるが、大きな声は出なかった。
緑色の怪物は俺より遙かに大きい。
相撲取りよりも一まわりは大きい。
しっとりとした緑色の額に突起物が前に二つ、左右に二つ。二本の腕でしっかりと握られた棒は、俺の力で跳ね除けることは到底できなかった。
「…や、やめてくれ」
こんな状況下におかれても命は惜しい――。小声で言っていた。
「やめてくれだと? 農園の果実を盗んでおいてやけに偉そうな口をきくじゃないか」
棒をもう一度強く押し出されると、俺は仰向けに倒れた。また胃液を吐きそうになる。
慌てて体を横にくねらせ、……また胃液を……吐いた。
「ふん。誰も見ていないとでも思ったのか。このコソ泥め!」
抵抗出来ないのが分かると、その緑の怪物は棒を引いた。
怪物の後ろにはさっきの浮遊物が浮かんでいる。あれが警報装置なのだろうか……。
「馬鹿なコソ泥の割にはタフな奴だ」
突起物のような目で、辺りと俺を見ている。
「それか、よほど運が良かったんだろう。まさか……これほどまで毒の実を食べてくたばらないとは」
「……毒の実だと……」
緑の怪物は眼の下の大きな口で喋っている。
「ああ、そうだ。大抵の低知能生物はまずこの第一階層へやってきて、俺達の農園の果実を許可も無く口にする。だからそれ相応の罰をここで与えるわけだ」
確かに俺も許可を得たりはしなかった。しかし、だからといって毒の果実を植えておくことはないだろう。
宇宙旅行客を殺したら――大問題になるのではないのか?
「最初の果実で死ぬことはない。それでもまだ果実を盗み続ける輩には、どんどん毒性の高い物が当たるように考えて配列してある。しかし……」
「…しかし、……なんだ?」
まんまと引っ掛かったのが面白いとでも言いたいのか。
「お前みたいに毒の果実ばかりを食べ、猛毒の果実「ミナポックリ」まで口にして、さらにそれで生きている奴は初めて見た。ハッハッハッ、正直感心させられたわい。宇宙は広いとな。ハッハッハッ」
大きな口が豪快に開いて笑い声を上げている。翻訳器が笑い声までも日本人の笑い声に変換しているのが妙にムカついた。
「そんなお前に免じて、ここの農園で働くことを許してやろう」
「別にこんなところで働くのが目的じゃない」
緑の化け物にそう言いながら体を起こして座り込んだ。
「じゃあ何が目的だ」
「……」
目的などはじめからなかった――。
しいて言えば、現実から逃避したくてここまで来たんだ。
緑の怪物は返事を聞きたいのか、顔を傾けて何も喋らずに俺の回答を待っている。
「俺の目的は……」
言いたくない一言が口からこぼれ落ちた。
「こ、こんな星から元にいた星に帰ることだ。地球に帰ることだ……」
気が付くと目から涙がこぼれていた。
……ちょっとまて、俺は何を言ってるんだ。
まだこの星に来て一日も経っていないんだぞ。何を泣いているんだ。
飲み水がなく、毒を食わされるだけで人間は誰しもが、こうも弱くなってしまう生物なのか?
自分の泣く姿が、子の泣く姿と重なり嫌になった。
……いい加減に泣き止め! 何が気に食わないのか言ってみろ!
そう言っていた自分が……遠い日のことのように感じられた。
「元にいた星に帰るならそれなりの宇宙船代が必要だ。それを稼ごうっていうなら、働くしかないだろ。お前はまだこの星で自分が食べられる物すら見分がついてないんだからな」
言われてみればその通りだ。
百万円でここまで来たが、帰るための金額など聞いてもいなかった。
もしプティリに聞けば、百万円と言ってもおかしくないのだ。この星の価値で百万円というのがどれ程の価値になるのか見当もつかない。
この緑の怪物がどこまで俺のためを思って言っているのかは分からない。信じられるはずもない。――しかし、今、生きて行くにはこいつに付いて行って食べられる物を見つけるしかなさそうだ。
俺は決心した。――生きるのだ。
生きてもう一度地球の大地を踏んで、水を飲んでやる!
「どうか、助けて下さい。俺は……こんなところで死にたくない」
「そうだろ。お前と同じ考えの者は大勢来た。低知能生物は低知能生物同士協力しないと生きていけないのさ。この星では」
緑の怪物は太い腕を伸ばし、手を引いて立ち上がらせてくれた。
フラフラする体で……、緑の怪物の後ろを着いて行くことにした。
突然緑の怪物が立ち止まった。
フラフラ歩いていたため、立ち止まった緑の怪物にぶつかってしまった。
「おい、ちゃんと目を開けて歩いているか?」
「あ、ああ。すまない」
謝ると、緑の怪物は一つ果実を手渡してきた。
「お前みたいなのに似た奴が昔いたんだが、そいつはこの実なら食べられた。お前も試してみるか?」
「ここに人間が来たのか。俺と同じ格好の?」
緑の怪物は深く頷いた。
「同じ……とは言えない。全身毛が生えていたし肌は銀色だったかなあ……。目が2つだったのはよく覚えている」
アゴの辺りをさわりながらそう話し出す緑の怪物は、仕草が妙に人間っぽい。
「それって、目が2つってところしか共通点がない気がするが……」
急に受け取った果実が怪しく見えた。
「なあに、大丈夫。今までその果実を食べて死んだ奴や腹痛を起こした奴はいない。安心しろ」
少しだけその果実を口に入れてみた。
口の中に果汁があふれだした……のだが、決して美味しいものではなかった。
梨のようなな形で、長芋のような味がする果実であった……。
口の中はネバネバになり、汁は甘くも辛くもない。
「どうだ、うまいか?」
……。
「……さっき食べたミナポックリの方が美味かった」
緑の怪物は笑いながら俺の背中を大きな手で叩いた。
「ハッハッハ。そうだろ、そうだろ。でもミナポックリはもう食べるんじゃないぞ。あれはあれで高く売れるんだからな」
あんなもん二度と喰いはしねえよ!
そう言おうとしたが口は果実を食べるのに夢中だった。
ネバネバだが水分があり喉の渇きが潤う。この星で見つけた初めての食べ物なのだ。
改まって礼を言った。
言いたくなった。命の恩人なのだから。
「おかげで助かったよ。ありがとう……ございました」
「なんだ、あらたまりやがって」
「これからも厄介になります。俺は日向陽介と言いますが、名前を聞いてもいいですか」
そう聞くと緑の怪物は聞き返してきた。
「俺の名前? そんなこと考えたことも無かった。面白そうだ。何でもいいのか?」
「はあ?」
この星や宇宙では名前をつける習慣がないのだろうか? いやいや、じゃあさっきのミナポックリってなんだ? 立派な名前がついているじゃないか。
「そうだ。俺の体の色を名前にしよう。ミドリにしよう」
「ミドリ?」
女の名前だ。
せめてグリーンと翻訳してほしかった……。
ミドリと名乗るこの怪物は翻訳機をつけているように見えない。耳が見当たらないのだ。しかし、俺と会話をしているのだから、どこかで声を聞き取っているはずだ。
まさか背中にファスナーでも付いていて、中に日本人が入っているはずもない。
「ミドリは翻訳機を持っているのか?」
早速呼ばれた自分の名前が嬉しかったのかもしれない。
「あ、俺のことだな。持っているとも。俺達低知能生物はこれがなけりゃ何もできやしない」
皮のような皮膚をめくり同じ形の翻訳機を見せた。
「五十年前くらいかなあ。俺がここに来たのは」
「五十年もこんなところにいるのか!」
思わず言ってしまい、口を手で押さえた。
ミドリがどういう目的でここに来ているのかわからない。ミドリにとっては住み心地のよい場所なのかも知れないのだ。
「もう来たときのことは忘れてしまった」
それだけ言うと、ミドリはまた歩き始めた。
その後ろ姿が少し寂しそうに見えたのは気のせいではないだろう。
聞いてはいけない過去というのは……宇宙人も持っているのかも知れない。
宇宙港のあった第三階層を見てからこの第一階層を見ると、同じ星とは到底思えない。
進化や文明の違いが大きすぎる。
貧富の差が激しすぎる……。
連れていかれたところは粗末な建物だった。
プレハブ、もしくは物置小屋と呼ばれるにふさわしい建物だ。
「ここにいれば俺が仕事を与えてやる。報酬はないがお前が食える果実を勝手に食ってもかまわない」
「仕事は……俺でも出来るようなものなのか?」
ミドリは開いたままの扉から小屋に入った。
「ああ。難しいことなんかない。言われたことが出来れやればいいし、出来なくても別に構わない。果実を採ったり、苗を植え替えたりするだけだ」
農作業を手伝えば餓死しなくてすむ……と言いたいのだろうか。
続いて小屋へ入ると、種類が違う宇宙人が五匹ほどいた。
「新入りだ」
ミドリはそれだけ言った。
別に自己紹介を望まれてもいないのは、全員の態度で分かる。誰もこちらを向かないのだ。
みんな目がうつろだ――。俺が感じた第一印象はそれだった。
呆れたことにミドリは端の方で眠ってしまい、他の奴らは一言も話をしない。よく見ると、耳に翻訳機をつけていないのもいる。貰っていないのか、盗られたか……。
居心地の悪さを感じながら、俺もその小屋の端の方で横になった。もちろん靴を脱いだりはしない。小屋の中であれ床面は外の土と同じなのだ。
目が覚めると、外は真っ暗になっていた。
よくもまあ、こんな所でこんなやつらと眠れたものだと自分を褒めてやりたい。
まず翻訳機があることを確認する。今はIDカードよりもこちらの方が大切だ。特に何も盗られたりはしていないようだ。
辺りの暗さに目が馴れてくると、うっすらと他の宇宙人の姿が確認できた。昼間より数が少ない。農作業以外のことをしているのかも知れないが、考えたって分かりようがない。
立ち上がると、小便をするために小屋から出た。
――!
息を飲んだ。別に誰かに脅かされた分けではない。
小屋の外に出て満天の星空に驚かされたのだ。
星の数は地球で見る数の何百倍もあるだろう。
周囲には街灯一つないのに、何て明るさだ!
隣接する惑星は瑠璃色や藍色など様々な色をして漂い、神秘的な夜空を演出している。その美しさを前に呆然と立ち尽くした。
五連銀河……ここはまさに宇宙の中心都市だ!
小便をしてよかったのだろうか。ミドリに聞いておけばよかった。そう思いながら少し農園に入り、果実をつけた木の根本へ放尿をした。
満天の夜空の下でする立ちションは格別なものであった。しかし、すぐ後ろに何者かの気配を感じ、俺はその姿のまま硬直した。
「何をしている」
心臓が飛び出そうなくらいドキッとした。ミドリの声ではない。
「え、ええと、オシッコです。小便、放尿、要らない水分排出中……」
なんと言ったら通じるのか?
首だけ振り向くと、体がワニのようにゴツゴツした二本足の宇宙人が立っている。星の光を浴びて輝く目が二つ。俺をじっと見ている。
小屋の中にいた奴の一人だと思うのだが、昼間とは目付きが違う。
「なんだ、……アッパか」
「?」
アッパって何だ?
排泄物のことか?
翻訳機の日本語にも、たまに意味不明な言葉がある。宇宙人の方言なのだろうか。
「だったら百メートル向こうへ行ってやれ。川が流れているから」
「はい。すみませんでした」
あっちでやれと言われても全て出し尽くしてしまい、もう残っていない。川の方向を指差したままのワニのような宇宙人に問いかけた。
「あなたは何をしていたんですか。アッパですか?」
ワニ野郎はこっちを向いて答える。思わず敬語で話しているのは、相手の方が圧倒的に強そうだからだ。怒ったら噛みつかれそうな大きなキバが見え隠れしている。
「見張りだ、見張り。果物を盗みに来る奴がいないか見張っているだけだ」
なるほど。
俺と同じような果実泥棒はどこにでもいるようだ。
「これだけ広い農園を数人で見張るのは大変ですね。夜中もずっと見張っているんですか?」
「そんなわけないだろ。円柱型のマシンを見ただろ。あれの充電中だけだ」
指差すその先には円柱型マシンにケーブルが繋がれている。昼間のように宙に浮かんでいない。
「昼間に見ましたけど、あれが見張りマシンなんですか?」
「見張りだけじゃない。種蒔きから肥料やり、消毒に収穫。全て一台でまかなっている。上の階層の奴らと取引もしている。俺達よりも進化した奴が作ったマシンだ」
この広い農園を全て一台でまかなっているだって?
「…じゃあ、ミドリさんやあなた達は何の仕事をしているんですか?」
「マシンの暇潰しだ」
太い腕を胸の前で組んでこのワニ野郎は――堂々とそう言った。
「ようするに、このマシンが作っている果実を盗み食いしているだけだ。最初は警報を鳴らして追いかけて来たが、話せば分かる奴だった。それですっかり意気投合してしまったわけさ」
なんか、――がっかりした。
偉そうに偉くない話をするワニ野郎もそうだが、話せば話が分かるというマシンにもだ。
「だが、お前も俺達と同じだぞ。偉そうなことは言えない」
「……そうですね」
このワニ野郎は見た目と違って全然怖くなさそうだ。ミドリと同じだ。
「そうだ、あなたには名前とかはあるんですか? なかったら何かニックネームをつけたいんだけど」
「何? お前らは自分に名前なんかつけるのか」
「はい。逆に聞きたいんですけど、名前がないのなら、あんた達は何と呼び合っているんですか。」
「2だ。この小屋に二番目に来たから2。ここでもだが、元いた俺の星でもそういう規則だったから、番号で呼び合うのが宇宙の常識だ」
来た順番がそのまま名前になるということなのか……。
「じゃあ俺にも名前を付けてもらうとしよう」
「ワニヤロウってどうですか?」
即答してやった。
「……」
一瞬の沈黙。
あ、調子に乗りすぎたかもしれない。ワニヤロウを翻訳機はどういう意味に翻訳したのだろう。
「いい響きじゃないか。ワニヤロウか。まるで草原を吹き抜ける春風のようだ」
思わず吹き出してしまいそうになり、必死に笑いをこらえた――。
「ありがとう。じゃあお返しにお前の名前を俺がつけてやろう」
「いえいえ、いいですよ。俺達の星では元々名前があって、日向陽介って名が……」
「アッパだ。お前はアッパでどうだ」
「……」
聞き間違いでなければ……それって排泄物か何かって、さっき言ってなかったか?
それとも、ワニヤロウと言うニックネームが実は気に障ったのだろうか……。
満面の笑みでワニヤロウがそう言うので――賛同するしかなかった。
「へ、へえー。アッパかあ。いい感じだ。嬉しいなあ」
「そうだろアッパ。これからはお前をみんなでアッパって呼べばいいんだよな。ハハハ、素晴らしいなあ、お前の星の文化は!」
笑いながらバシバシ背中を叩かれた。
俺の笑いはひきつっていたが、……まあいいか。どうせここにいる間だけだ。
しばらくして円柱型マシンの充電が終わると、ワニヤロウと俺は小屋へ戻った。
何時間位眠っただろう。
携帯で時間を確認すると、まだ外は暗いのに朝の八時を表示していた。
冴えない頭で考える。ただの時差ボケなのだろうか? それともこの星の一日が地球より長いのか?
昨日、果実を食べて寝込んだことなどを考えると、一日が長かった気がする。
周りの奴らはまだ眠っている。することもないがもう寝ていられない。小屋を出て少し歩いた。空は朝焼けで真っ赤であった。
川があると夜中にワニヤロウが言っていた。俺はそちらへ向かって歩くと、小川の前に出た。
「なんだ。こんな近くに水があるじゃないか」
周りを見渡す。限りなく農園が広がっていて、近くに山などはない。
水を汚すような建物も見当たらないってことは、飲めるかもしれない!
そう思い、水を手にすくうのだが、……その水は少量にもかかわらず、緑色をしていた。
――まるで入浴剤を入れた風呂の色だ。
思案したのだが、覚悟を決めるとその水を少し口にした。
――不味い!
ようやくこの星で見つけた命の水が不味い!
舌の上にザラザラした感覚が残る。砂などは浮いていないのだが水の性質が地球の水と異なるのだろう。苦くてたまらない。
喉の渇きは抑えらるが、必要以上に飲めるものではない。数日後に体に異変が現れるかもしれないが、そんなことまで心配していられない。
もう一口だけ、その不味い水を手ですくって飲んだ。
二日目
次の日やったことは、小屋にいる他の宇宙人にも名前を付けたのと、農園を端まで歩いたくらいであった。
農作業なんてありはしなかった。あの円柱マシンが全てやってしまうのだ。
『じゃま。どけ』
最初にそう言われた時、壊してやろうかと思った。しかし、それが円柱マシンの思考回路なのであった。
呆れたことにその円柱型農園監視マシンは俺よりも生き物チックであった。
早速俺のことを『アッパ』と呼びやがるし、自分が一番偉いと信じている。その癖、臆病者で、始めて見るものでもあるとすぐに誰かを呼ぶ。
『アッパちゃーん。ちょっとあれ見てきて』
こいつは本当にロボットなのか?
中に子供でも入っているのではないだろうか?
ミドリに聞いてさらに驚いたのは、初めての宇宙人とはなかなか会話できない、
――人見知り? までするそうだ。
動力源は分からないが、宙に浮く技術はかなり進んだものだろう。
しかしだ! 技術が進化すると、思考回路も無駄に進化してしまうものなのか?
音声案内をする家電は俺の家にもいくつかあったが……人間に対して命令や憎まれ口を利く家電なんて物は、しばらくは登場して欲しくはない。