表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

十五日目

惑星オートゥエンティーに来て二週間が経った。

宇宙港に宇宙船が到着するのを見つけ、日向陽介はプティリに会いに行く。

「この惑星に人間はいない」と聞かされ、だったらナポリは一体……何者なんだ? と疑問を抱く。

 十五日目


 夜眠れば、当然昼は眠れない。

 ナポリは全く起きてこないのだが、こちらへは来るなと言われている以上、様子を見に行くことも出来ない。

 仕方がないから朝食を買いに部屋を出ていた。


 体のあちこちが痛いなあ――。

 両腕を上に伸ばしながら空を見上げると、小さく動く物体が見えた――。

 星でも第三階層の乗り物でもない。見覚えのある物体……。


 乗ってきた宇宙船だ!


 宇宙船は次第に大きくなり、音もなく宇宙港へと空を滑っていく――。

「プティリが来ているのか?」

 今日は何をするか決まった。もう一度プティリに会おう。そしてこの前のことを、きちんと謝っておこう。そうしなくては宇宙船に乗せてもらえないかも知れない。そんな気がしたのだ。

 ナポリは眠っている……。単射を使えば数分で宇宙港に辿りつける。

 ――走って車庫へ向かった。


 直接第三階層へ上がる勇気なんてない。

 あのトカゲ種の姿を出来るだけ見たくない。……いや、見られたくもない。


 第二階層の階層エレベータ前の広場に単射を止めた。

 ナポリと最初に出会った場所なのだが、あの時のことは――思い出したくもない。一生頭から離れないと思う。

 階層エレベータからは多くの宇宙人が賑やかに出てくる。それを横目に第三階層行きの階層エレベータに入った。

 ナポリに聞いたのだが、階層エレベータはただの転送装置ではないらしい。

 一瞬の間に体に付着した伝染病の恐れがあるウイルス等の除菌や検査を行っている。

 宇宙船を降りる時にもゲートの様なところを通過した覚えがある。宇宙人がどんなウイルスを持っているか分からない。まあ……当然といえば当然の装置なのだろう。


 目の前が第三階層宇宙港内へと一瞬で変わった。

 まだ宇宙船を降りる宇宙人の列が出来ている。その中から一際派手なスーツを着こんだ人間。――プティリを探した。

 プティリはゲートのところで出て行く宇宙人に笑顔で声をかけていた。

 今日はスーツの上着を着ておらず、色白の可愛い肩が姿を見せている。

「御乗船ありがとうございました。またの御利用お待ちしております」

 一匹一匹に丁寧に頭を下げている。彼女の仕事ぶりは見習わなくてはならないところがある。

「プティリさん」

 近づいて声をかけると、プティリは気が付いた。

「こんにちは。陽介さん」


 安心した……。

 もう話もしてくれないかと心配していた。

 怒りで頬を殴ったのは先週のことだ。二度と会いたくないと言われても仕方ないのだ。

「この前は急に殴ったりして、どうもすみませんでした。ホームシックにかかっていてどうかしていたんだ。本当にごめんなさい」

 ――深く頭を下げた。

 生まれてからこれまでで、一番深く頭を下げたかも知れない。怒りで女性を殴るなんて……どう考えても俺が悪かった。本当に悪い事をしたと反省していた。

 その気持ちは、――しっかり通じた。プティリは怒っていなかった。

「私なら全然大丈夫ですから、そんなに頭を下げないで。それに、最初に帰りの料金についてちゃんと説明をしなかった私のせいでもありますし……」

 プティリはにっこり笑ってくれた。もう頬の赤みはない。

 俺には聞きたいことや話したいことが沢山あった。出来れば少し話をしたいのだが――、プティリは仕事で忙しいだろう。

 そう考え悩んでいると、

「これからお茶でも御一緒しませんか?」

 ――え?


 正直、――嬉しかった。

 この星にいるもう一人の人間の女性には、こういった気遣いはない――。


「え、ええ。プティリさんが良ければ是非!」

 プティリは宇宙港の中にある喫茶店へと案内してくれた。


「いらっしゃいませ」

 店員の宇宙人が窓際の眺めのいい席へと案内してくれる。

 ソファーのような椅子と丁度いいサイズのテーブル。可変式で大きさや高さが自由自在に調整できるようだ。さまざまな宇宙人に対応できるのだろう。

 窓からは第一階層から第三階層までが見渡せる。今気が付いたのだが、第三階層から見渡すと、この惑星が丸い天体だということが実感できる。地平線が地球と比べ、かなり曲線を描いている。

「陽介さんはコーヒーでいいですか」

「はい。ってコーヒーがあるんですか? この星に?」

「ありますよ。と言ってもお店とかで簡単に買える分ではないんですけど」

 ……ということは、高価な代物なのだろうか……。

「一体おいくらなんでしょう」

 所持金は一万円ちょっとだ。コーヒー一杯が一万円もしないとは思うが、贅沢をして地球へ帰るのが遅れるのは困る。

 プティリはまたニッコリと笑って答えた。

「地球よりちょっぴり高い程度なんですけど、宇宙港内での出費は経費でまかなえますから、私の奢りです」

 片目を閉じて少し悪い娘を装うのが、またなんとも言えなく可愛い。

「そうなんですか。では遠慮なくご馳走になります」

 謝りに来て逆に奢ってもらうなんて――。格好悪いにもほどがあるが、……背に腹は代えられない。

「お待たせしました。ブルーマウンテンです」

「ありがとう」

 プティリは店員に礼を言う。店員もプティリのことはよく知っているようで、プティリに話かけてきた。

「最近忙しそうね」

「ええ。誰か代わってくれないかしら」

「私でよければいつでも声をかけて頂戴」

 店員の宇宙人がそう言ってポーズを取る。その宇宙人の感性では可愛らしいポーズなのかも知れないが、俺には――戦隊ものの決めポーズにしか見えない!


 プティリに比べたら、この宇宙人では明らかに役不足だ。

 頭の中で酷評していた。


「で、私に何か聞きたいことでもあったんじゃないですか?」

 店員が去るとプティリがこちらを向いて問いかけてくる。

「え、ああ、そうなんです」

 聞きたいことがあり過ぎて、何から聞いていいのか焦ってしまう。

「まず、この星には俺と同じ地球人が何人かいるんですよね」

 遠まわしにナポリのことを聞きたいのだ。

 ナポリは人間のくせに、自分のことを人間じゃないと言い張る。俺と同じように地球から連れてこられたのであれば当然プティリは同じ人間として何か知っていてもおかしくない。ただ……ナポリと言う名前と、女性だということは内緒にしておきたかった。……なんとなく。

「いませんよ。地球からと言うより、陽介さんがおられたマナミ銀河からこのトータル星系内へこられて住んでいる宇宙人は陽介さんお一人だけです」

 んん――? どういうことだ。

 ナポリは本当に人間じゃない……のか? だったら何者なのだ。

「以前に地球人が来て、その子孫が生きている可能性とかもないのでしょうか」

「ないです。陽介さんが初めてです。このトータル星系にはある程度知能を持った宇宙生物しかいません。例えばこのIDパスの使い方などを理解出来る程度の知能がなければ入ってこられません」

 プティリは宇宙港に浮かぶ宇宙船の方を見た。

「だって、宇宙船内で暴れ出すような宇宙人を乗せるのも降ろすのも大変じゃないですか」

 コーヒーカップを奇麗な指で持ち上げ口に運んだ。

 俺も同じようにコーヒーを飲み――驚いた。


 ――本物のレギュラーコーヒーだ!

 まさかあの緑色の不味い水で淹れてはこの味は出ない!

 久しぶりの地球の味と香りが体中に沁み渡る。

「う、うまい!」

 何を話していたか忘れてしまうほど、懐かしい地球の飲み物に感動した。

「美味しいですね」

 プティリもそう言ってコーヒーを飲む。

 この人は間違いなく人間だ。ナポリと決定的に違うところがあるのだ。

 プティリは翻訳器をつけていないということだ。俺の話す日本語を耳で聞いて口で話す。初めて会ったときも俺は翻訳器を付けていないのにプティリの話す日本語を聞いていた。

「陽介さん。もし地球人がこの惑星にいると思ったら、その翻訳器を一度外して会話してみてはどうですか」

「え?」

 無意識で翻訳器を触っていたのにプティリが気付いたのだ。

「もし地球人だったらそれらしい言葉を話しているはずです。英語とかフランス語とか。聞いたことがない言語であったとしても、人間であれば口から声を出して話すでしょ」

 俺はナポリの声が獣の声だった時のことを想像し、少し怖くなった。

「も、もし口から声を出していなかったとしたら、そいつは一体――何者ですか?」

 プティリは俺を怖がらせるようにわざと机に両手をついて顔を近づけてきた。

「それは間違いなく……」

「……間違いなく?」

 そっと顔を近づけ聞き返す。ゴクリと唾を飲みこんだ。

 プティリは真剣な顔で――、

「それは間違いなく。……宇宙人です。プッククク」

 吹き出して笑い始めた。

「……。それはそうだ」

 釣られて笑ってしまった。

 もし人間じゃなかったとしても、宇宙人なだけなのだ。宇宙人なら俺だって宇宙人じゃないか。別に驚くことも恐れることもない。宇宙人だらけなのだ。この星は!

「あ、そろそろ行かなきゃ」

 腕につけている可愛らしい時計を見るとそう言った。

「ああっと、最後にもう一つだけ」

 これも聞いておきたい。

「その……。他の宇宙人をもし怪我させたり殺したりしてしまった時に、この星では何かの罪に問われるのでしょうか?」

 昨日、何匹ものトカゲ種を轢いた。地球であれば即刻死刑であろう。

 プティリはいつものスマイルで言う。

「地球の様な法律はありませんよ。ただし、逆に殺されても何の保証もありませんので命が大切なら、無茶なことは控えた方がいいと思います」

「なるほど。そうですねえ」

「あと、第三階層のトカゲ種は繁殖しているので自分達だけで独自の法律を作っています。もし第三階層に住みたいのであれば、そこではそこのルールに従わなければいけないと思います」

「――第三階層のトカゲ野郎と住む? 考えただけで鳥肌が立つよ」

 身震いすると、プティリも同じ仕草をした。

「そうですよね。私もトカゲとかカベチョロの類いは大っ嫌い。見るのも嫌」

 可愛く舌を出す。

 プティリのような職種の人がそう言い切ると、色々と社会問題を起こしてしまいそうな気もするが……、ここだけの本音なのだろう。

「それじゃあ私は仕事に戻ります。陽介さんもお元気で」

「はい。また会いたくなったら来ていいですか」

「ええ、いつでも。その時はコーヒーをご馳走しますよ」

 プティリは小さく手を振って、立ちあがると店を出て行った。

 可愛い後姿をずっと見送った。


 残ったコーヒーを飲み干すと、少し気になることがあって店員に尋ねた。

「すみません」

「どうしました?」

 先程の店員である。

「このコーヒーは美味しかったんですが、一杯いくらするんですか」

「今日はプティリちゃんが払ってくれたからタダですよ」

 テーブルを布巾で拭きながら答えた。

「そうじゃなくて、普段なら一杯いくらで飲ませてくれるんですか」

「ええ? 普段は置いてないです。注文されれば取り寄せますけど……」

「じゃあ俺が飲みたいから取り寄せてといったら一杯いくら払えばいいんですか? 単価はいくらですかってこと」

 いつもは置いてないのかよ。ちょっと怒り口調になってたかも知れない。

「ああ、単価ですか。一千万五百九十円です。送料が必要ですからねえ」

「コーヒー一杯が一千万五百九十円だって!」

 大阪の喫茶店でも百万円までだ!

 実はこの星の流行りのネタなのだろうか……。

「プティリちゃんは宇宙港で働くから特別なのさ。普通の宇宙人じゃ真似なんて出来ないよ。この星で採れる物で我慢しなくちゃ」

 そう言いいながら店員はコーヒーカップを下げた。まだ数十万円分くらいカップの底に残っていた気がする。

「ということは、ここの代金だけで二千万千百八十円? そんな金があったら俺は地球に帰れるじゃないか」


 コーヒーは我慢するから、地球に帰らせてくれと言えば帰れるではないか!


 プティリを追いかけようと思ったが……、足を止めた。

 俺が地球に帰りたいのはプティリだって知っているはずだ。本当に一千万円するコーヒーを奢ってくれて、俺を地球に帰らせてくれないのなら、何か理由があるからだろう。

 この星には法律はない。ただ宇宙船にのるプティリには規則や守らなければならない法律が適用されているのだろう。

 そうでないとすれば、宇宙での身分の差なのかも知れない。

 地球であっても同じ国内、同じ場所だけで仕事をしている奴と、海外をまたにかけて仕事をしている奴とではどちらが裕福なのかは容易に判断出来る。

 プティリは人間なのに、宇宙人やこの惑星のことをよく知っている。それに比べ俺なんか、自分の住んでいた銀河の名すら知らなかったのだ。


「お前さん」

 店を出ようとしたところを店員に呼び止められて立ち止まった。

「この水を持って帰るかい」

 ペットボトルに入った水であった。よく見慣れた物だ。

「いいんですか」

「ああ、こんな色の水なんて気持ち悪くて飲む奴はいないよ。余ったから持ってお帰り」

「――ありがとうございます!」

 ペットボトルを受け取ると、またしても深く礼をした。

 最近、他の宇宙人の親切が心底ありがたく感じる。自分の置かれた立場が変わると、些細なことでも凄く嬉しかった。

 この水は地球にいれば、もらっても困るだけの物……なのかも知れないが、ここでは数百万円の価値があるのだ。

 惜しむことなくキャップを外すと、口の中に水を含んだ。

 飲み込んでは勿体ない。何度も口の中で味わい続ける。


 ――水の味を忘れていたのに気が付いた。

 ――こんなに美味しい物だったのだ!


「プッハー」

 先程のコーヒーよりも美味い。

 水は放っておけば腐ってしまう。飲みたい時に飲むのに限るのだ。気が付くと、単射に辿りつくまでにペットボトルは空っぽになっていた。


 部屋へ帰ると、ナポリは一人でフィルムを見ていた。

 プティリに会っていたことは話さない方がいいかな。

「ただいま」

「おかえり」

 単射なんて使ってどこへ言っていたのかとナポリは聞いてきたりしない。じっと俺の顔を見つめている。俺から話すのを待っているようだ。

「俺の顔に何か着いているのか?」

 白々しく誤魔化した。するとナポリは急に立ち上がりこちらに近づいてくる。

 表情も変えない。俺の顔に自分の顔を近づけてきた。

「……何も着いていないわ。目とか鼻とか耳なら着いているけれど、いつものことでしょ」

 また座りフィルムに目を落とした。

 俺は一瞬キスでもされるかと思い、ドキドキしたことを後悔した。勘違い甚だしい!

 耳と聞いてプティリとの会話を思い出した。翻訳器を外してナポリの声を直接聞いてみる。それが俺にとって幸か不幸かわからない。だが確かめなくてはいられなかったのだ。

「ナポリ」

 そう呼ぶとこちらを向いた。返事はしない。何よって言うのを待つのだが、いっこうに喋らない。……俺が翻訳器を外しているのに気が付いたのか? いや、それは無さそうだ。

 少し考え……、

「ただいま」

 と言うと、ナポリの口は動いたが――、

 声はお帰りとは聞こえなかった――!

「――……――」

 キーンと甲高い超音波がかすかに聞き取れた。

 ――俺はそれでナポリが人間じゃないかも知れないと初めて思った!

 ナポリは不思議そうな顔をしてまだ俺を見ている。

「……――……」

 聴力検査の様な音を立てて少しずつ近づいてくる。慌てて翻訳器を耳に着けた。するとナポリは何もなかったかのように話す。

「翻訳器を着けなきゃ私の言葉はわからないでしょ」

「――! ナポリ! き、君は人間じゃなかったのか!」

 後ろずさりながらそう叫んでいた。

 手の平はベトベトに汗をかき、心臓の鼓動も暴走する。

 少しは想像していたはずなのだが、現実にナポリが宇宙人だと知ると、動揺を隠せなかった。

「だから前に言ったはずよ。人間なんかじゃないって」

 少し――笑う。

 ナポリは少しずつ、冷たいだけの表情から、人間らしい表情を見せるようになっていた。それに女の子らしい言葉遣いになっている。

「最近、アッパの星の言葉遣いも練習しているのよ。アッパの星の人間の女子ってこういう風に喋るのよね。ウフってこれキモくナーイ?」


「止めてくれ!」


 その一言でナポリは口を塞いだ。

 一瞬後には言い過ぎたと後悔していたが、

「何故そんなことを勉強するんだ。何の目的だ。……ナポリはナポリのままでいいじゃないか」

 とっさにそう言ったのだが、ナポリの方が俺より……うわてだった……。

「何の目的ですって? 私は調べたわ。あなたの星のことを」

 何を調べたというのだ。知能指数か? 進化の過程か?


「あなたの星では猫というペットに、「ニャンニャン」と猫の鳴き声で語りかけるらしいじゃない。猫語も知らないくせに。だから私だって出来るだけ人間語で語りかけるのよ。文句ないでしょ」


「あう?」

 言葉にならず思わず変な声がでる。

「アッパは可愛いわ。抱っこしたいけどペットにしてはでかすぎ」

 この時……、さらにナポリが宇宙人なのだなあ……としみじみ知った。


 俺が真剣な話をしているのに――!

 この女ときたら――!


 何か言い返してやろうと思ったら、ナポリは突然大きなハサミを持ち出した。ナポリが持てばどんな物でも凶器になる……。背筋が凍りつき俺は距離をとった。

「逃げないの。その乱雑に伸びた毛を刈ってあげるわ」

「お断りだ!」

 安堵と同時に拒否権を発動し、俺は部屋を走って逃げる。ナポリは笑いながらハサミを持って追いかけてくる。

 ――ハッキリ言って恐ろしい!

「アハハ、じゃあやめ。代わりに私の髪でも切るとするか」

 ナポリはそう言うと鏡も見ずにハサミを真横にして、自分の長いエメラルドグリーンの髪をチョキン! ――切った!

「ああ! そんな切り方したらおかっぱ頭になるぞ」

「何だそれは」

 急に刺すような視線に戻り、こちらを睨む。

「……ええっと、流行っていない昔の髪型。ダサい。俺は可愛くないと思う髪型。ナポリにも似合わないと思う髪型」

「じゃあアッパが切れ」

「――俺が? そんなことやったことがない」

 そんな俺の意見なんて聞く耳持ももたず、ハサミを渡そうとする。

「やらなければいつまで経っても何も変わらないぞ。ほら」

 そう言ってハサミを平気で投げるナポリには……もっと地球の違うところを勉強してほしい!

 寸前のところでかわしたハサミを拾い上げ、ナポリというご主人様の命に従った。

「……虎刈りになっても知らないからな」

 ハサミを近づけて切ろうとした瞬間。ナポリは急に振り向く。

「危ない! 動くなって!」

 ナポリはまた真剣な顔をしている。

「虎刈りって何だ。タイガースカットのことか?」


 ……頼むから、黙ってくれ――。


 インベーダーゲームの敵キャラのような髪型が出来上がったころ、フィルムに目を落としていたナポリが突然声をあげた、

「アッパ。今日は仕事に出るぞ。休みはなしだ!」

「何だって」

 仕事がないと思っていたからこそ心にゆとりを持って、宇宙人カットに励んでいたというのに――。

「今日の32時ジャストに宇宙港総管理ビルへ乗り込む。これは最初で最後のチャンスだ」

「宇宙港総管理ビル?」

 どこかで聞いた名だ。

「第三階層中央都市区にそびえ立つ一番大きなビル、宇宙港総管理ビル。略して宙総だ」

略するのは日本人を勉強した成果か?

「そこに誰か偉いトカゲ種でも来るのか?」

 ハサミを置いてそう問いかける。ナポリは少し興奮してだ。

「違う。そこには『伝説の巻物』があるのだ」

 俺は翻訳器を耳に押し込み直す。伝説の巻物だと?


「冗談だ」


「……。一体どこからどこまでが冗談なんだ。宙総ってところからか」

 ナポリは笑って答える。

「伝説の巻物ってところよ。本当は外部に決して漏れてはいけない秘密の書類。略して秘書とでも言うのかしら」

 言わないだろ。秘書は秘書で全く別物だ。

 ナポリの中途半端に勉強した日本語は聞いていると疲れる。

「しかし、何故今日なんだ。普段と何か違うのか」

「そうよ。あの建物はトカゲ種の管轄では無く宇宙港の管轄。つまりトータル星系全てを統括している者が造った物なの。難攻不落で決して外部の者は入れない」

「だったら今日も駄目さ」

 今日の目的が盗みということくらいまでは理解できた。ナポリはフィルムをさらに読む。

「それが、今日はビルの重要メンテナンスで全エネルギー源を遮断するそうなの。32時丁度からきっかり一時間だけ。その隙に秘書を奪えるわ」


 ――絶対無理だ。


 地球のそういった重要施設には予備電源がある。

 俺はそのことを伝えたがナポリは気にもしない。

「完璧主義の統括者に予備なんて概念がないようね。それかプライドでも邪魔しているのかしら」

ナポリはいつの間にか銃の手入れを始めている。

「罠かも知れないじゃないか」

「――罠でも何でも、こんな機会は二度とない。何が何でも秘書を手に入れないといけないのよ。私は――」

 ナポリの目は先ほどと変わって、どことなく寂しそうだ。何故そうまでして秘書とやらを手に入れる必要があるのか……俺には分からなかった。

「秘書って何だ。一体何が書かれているんだ」

「このトータル星系の存在論と星系制御の全てよ」

「はあ? そんなものに何でそんなに価値があるんだ。高値で売れるのか?」

「売れないでしょうね。秘密情報なんて一度漏れればすぐに惑星内どころか、百万ある全ての惑星に広まるでしょう。そうなれば秘書には一円の価値も無くなる。それでも私はこの星系の存在理由を知りたいのよ。それが……」

 ナポリはそこで口を閉じた。

「それが……何だよ、気になるじゃないか」

 肝心なところだ。

「あとは秘書が手に入ったら教えてあげるわ。――私のことも」

 ……な、何だその誘うようなフリは。


 何だかよくわからない話だが俺は俄然やる気が出てきた。

 罠でも何でもかかってこいだ!


 ――地球人って単純さ。ああ、単純で何が悪い!


 

 情報の出所は信頼がおけるとナポリは言う。

 今までトカゲ種を退治したときに懸賞金を振り込んでくれる者と同一の宇宙人らしい。その人物は今回の秘書も手に入れれば何らかの形で賞金と引き換えてくれるらしいのだが、ナポリは今回に関しては金よりも情報を求めている。

「これだけは依頼者にであれ、渡す訳にはいかない。アッパの給料は私が払うわ」

「たっぷりはずんでくれ」


 一度睡眠をとり、30時に二人で部屋を出た。


 その懸賞金の払い主とやらの顔が見てみたいものだ――。

 自分は危険な橋を渡らずに金で情報を得ようとしている。

 トカゲ種にも懸賞金をかけ、自分の手は汚さずに退治させている。実はトカゲ種なのかも知れない。

 ナポリはその宇宙人について何も知らされていない。

 下手に首を突っ込まないのがこういった仕事をする者のルールなのかも知れないが、逆に要らなくなったら消去される可能性を考えると、あまり必死にならない方がいい仕事だと俺は思う。


「さっきまでの乗り気はどうしたのよ」

「全くなくなった」

 なぜなら、ナポリがビルの126階窓に穴を開け、そこで他の者を見張り、その隙に俺が内部に潜入し、統括者デスクとやらから秘書を強奪するという作戦なのだ……。

 美人秘書ならともかく、なんでフィルム一枚を盗み出すために俺がそんな危険を冒さなきゃならんのか。

「じゃあ代わるか? トカゲ種も大勢狙ってくるだろう」

 危険を冒すのも嫌だが、飛び交うトカゲを撃退するのはもっと嫌だ。だから俺は渋々その役を請け負うのだが……。

「一時間以内に戻れなかったらどうなるんだ」

「知らん。セキュリティーで焼き殺されるくらいだろ」

「そうか……」

 どちらにしても命がけの仕事だ。それに見合った報酬があれば別なのだが、ナポリの全財産とやらも大して期待できない。

 この星の命の安さには……ため息が出る。

「おしゃべりは終わりだ。ここで32時まで待機する」

 目の前には宇宙港総管理ビルがそびえ立つ。地上を見ると、なにやらトカゲ種や他の宇宙人までもが大勢ビルの前でざわついていた。

「まだ励磁シールドが作動している。ビルに触れることすら出来ない。トカゲ種は一階から126階を目指す気だろう。またはビルの外を這ってくるはずだ」

「それ以外に俺達のように126階へ近づいて来る物はいないのか。単射のようなマシンに乗っている奴は?」

「いる。同業者でこれと同じ物に乗っているのは三匹。見えないから厄介なのだが、そいつらは単独行動しかしない。マシンを降りたところを仕留める」

「……」


 同業者を仕留めるだって?


 そのリスクはと聞きたいがもう時間がない。後の祭りってことだろう。

「行くぞ」

「ああ」

 ナポリはそう言うと、単射のスロットルを回し、126階へ接近した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ