十四日目
ナポリの仕事を手伝う日向陽介だが、致命的なミスをしてしまう。
十四日目
こんな仕事をして……いいのだろうかと悩んでいる時間は――ない。
他の宇宙人のことを気にして自分がこの星で生涯を終えても何にもならない――。
この星での俺の存在価値は、所詮ナポリのペット程度だ。しかし、地球では家族が待っている。毎日大泣きする生まれたての子供。稼ぎを必要としている妻。親父やおふくろだって、俺を必要とする時は来るだろう。
そうなのだ、地球では家族が俺を待っているのだ。
そのために他の宇宙人を犠牲にする――。
この星で俺は悪魔と化すのだ!
「起きたか」
ナポリは俺よりも早くに起きていた。
部屋の端で何かをしている。もう窓からは真っ赤な夕暮れの光が差し込んでいた。
「ああ」
クシャクシャの頭を整えながら、カードを持つと夕食の果実を買いに部屋を出ようとした。日が暮れると閉店してしまう。
「私の果実も二つ買ってきてくれ」
「分かった。何という果実だ」
あの独特の異臭を放つ果実だ。
「……あの果実も名はナポリと言う。そのことを知らずにお前が私のことをナポリと名付けたのなら、褒めてやるところだな」
「……知らなかった。あの果実もナポリと言うのか」
ナポリは少し口の端を上げて頷いた。
偶然というのは恐ろしいと思うしかなかった。
ナポリと呼ばれているその果実の値段を店で聞くと、俺が食べるナガイモドキの十倍もの値段がしたのだが、……五十円と聞けば相場なのかも知れない。
しかし納得できなかった。
「なんでこんな臭い果実がそんなに高いんだ?」
持っているだけで独特の臭いが漂ってくる。
文句を呟いていると、いつぞやの突起物が一杯ついた宇宙人が話しかけてきた。
「そりゃあんた、需要があるからさ。私だってナガイモドキなんて食べないが、ナポリは大好物さ」
「そうなのか」
強い刺激臭が他の宇宙人にはたまらないのかも知れない。考えてみれば、嗅覚や味覚なんてものは『十宇宙人十色』だろう。
果実を計四つカードで買うと、部屋へと戻った。
「ただいま」
「おかえり」
ナポリは玄関前で俺の帰りを待っていた。
腹を空かせていただけかと思ったら、背中に隠し持っていた物を、パッと開いて見せた。
――銃を突きつけられるかと思い、一瞬身構えたのだが、
「これを見ろ。お前のウエットスーツだ」
恐る恐る目を開く――。
「え、俺のも買ってくれたのか」
ナポリの手には黒い布みたいな物が握られている。
「昼間、縫った」
「縫った――?」
聞き返しながらそのウエットスーツを受け取る。
体に合わしてみると、足の丈は短く、袖も七分。白色であれば、年寄りが着る肌着に見えるだろう。
ご丁寧に両手、両足それぞれの長さが微妙に……違う。芸術センスだとすれば絶妙なのかも知れない。
「こ、これを着ろと言うのか――?」
「そうだ。ウエットスーツほどの機能性はないが、夜行動するにはかなり効果的だ」
かなり効果的と言うが――、色が黒いという一点だけだろう……。
「あ、ありがとう」
一応礼を言うと、ナポリは少し照れ笑いをした。
「礼を言われる筋合いはない。ペットの服を作ってみただけだ」
……皮肉と言う名のお世辞に照れるな! そう言ってやりたかったが……ナポリの笑い顔を見られたのは嬉しかった。
……見かけによらず、可愛い一面があるんだなあ……。
ナポリが指に絆創膏でもしていたら……たまらず後ろからそっと抱きしめていたかも知れない。
二日目の仕事は大失敗から始まった。
ナポリが銃弾を受けたのだ――。
場所は第三階層中央都市区から少し離れた広場であった。
「いいか、私が戻って来るまでここを動くな。粒子アナッサのインビジブルモードを起動していると、私でも単射を見つけるのは難しい。いいな」
「ああ」
そう言うとナポリは銃を持ち、粒子アナッサを突き抜け公園へと降りた。俺は地上一メートル程度のところで単射を浮かせて待機していた。
この時間、第三階層の建物の光は明々と点いているが、公園にトカゲ種はいない。
ナポリは黒いウエットスーツにハンドガンのような物を一つ持って歩いて行った。その後ろ姿にはスナイパーの風格が漂っている。
待っているのは昨日と同じなのだが、一人で待っているのは心細いし、何より……暇だ。
単射のモニターを操作し、この周辺地図の検索を始めていた。縦横に伸びる建物が忠実に表示される。
「? 一体この建物は何だ?」
公園からでも見える一番大きな建物。モニターには宇宙港総管理ビルと表示されている。
この星で見た宇宙船は、乗って来た宇宙船だけで、それ以外の宇宙船は見たことがない。だったら、わざわざこんな大きな管理ビルが必要とは思えない。宇宙港だけで十分だと思う。
一等地に超巨大なビルを構える理由……? 地球人のように、技術の高さをビルの高さで競い合っているのだろうか?
トカゲ種の考えていることも――全く分からないものだ。
「何処だアッパ。私だ。インビジブルモードを解除して降りて来い」
小さくナポリの声がした。
俺は単射を地面に下ろしたのだが、モニターを色々触っていたので即座にインビジブルモードを解除出来ないでいた。
「ここだ。今解除する」
画面にタッチして元の画面に戻していくのだが、ナポリの背後からトカゲ種の警官が接近しているのに気付いていなかった。
――突如銃声の大きな音が鳴り響く!
心臓が飛び出す勢いで鼓動しだした――。
銃弾は威嚇射撃であったのか分らないが、ナポリはすぐさま振り返り、近くの物陰に転がり入った。
周囲には既に警官が数十人いて、取り囲むように接近してくる――!
急いでインビジブルモードを解除しようとしたが……、
――今これを解除すれば、銃を構えた警官の真っ只中で姿を現すことになる!
――銃弾を浴びてしまう!
そう考えると解除ボタンの前で指が止まってしまった。
「解除しなくては……駄目だ。ナポリが……やられてしまうじゃないか……!」
しかし指先が前に進まない。数メートル横を警官が銃を発砲しながらナポリに詰め寄っていく! ナポリはもう俺の名を呼びもしない。応戦もしていない。
そして――。
「何者か知らんが、役員殺害の罪で処刑とする」
俺のところからナポリは見えないが、警官の声と銃声はハッキリ聞こえた。何度も銃声が鳴り響いた――!
ナポリが撃たれたのは確実だ!
警官が集まり、その中心に向けて発砲を繰り返している――!
「ナポリ!」
全ては遅すぎた――!
俺は空中で止まった指の反対の手でインビジブルモードを解除し、その警官の集団へ高速で突っ込んだ――!
重く鈍い衝撃が何度も単射に伝わる――。
「ウッギャー!」
銃でこちらを狙う隙も与えない!
一挙に数十人のトカゲ種を轢き倒し、ナポリの姿を確認すると、警官の中央でぐったりと倒れていた。
「どけ、まだ轢き殺されたいか」
声はエンジン音でかき消される。銃を発砲してくるが単射の前方フレームに弾かれる。
スロットルを大きく空吹かしすると、エンジンが爆音で鳴り響く。
警察は瞬時にナポリから離れた。
――今しかない!
粒子アナッサを再度インビジブルモードに調整し、その効果が現れる一瞬の間にナポリのところまで単射を進め、単射が真横になるほど倒して手を伸ばし、ナポリのウエットスーツを掴んだ。
「うおあー!」
引き上げるのと同時に走り去る。腕はナポリの体重と加速で引きちぎれそうになった――。
数発の銃弾が後ろから単射をかすめる。
「大丈夫かナポリ、ナポリー!」
「当然よ」
――!
呼びかけに対して目をしっかり見開き、ナポリが顔を起こすと、逆に俺が驚き、単射をふらつかせた。
「ど、どうして。銃で、撃たれたんじゃなかったのか?」
ナポリは俺の腕と単射を引っ張り、ひょいっと後の座席へと座った。いつも通りの軽い身のこなしである。
「撃たれたわよ。アッパのせいで」
胸の辺りをさすっている。血が滲んだりウエットスーツが破れたりはしていないようだ。
「本当に――、本当に大丈夫なのか――?」
「当然よってさっきも言ったわ」
ウエットスーツにめり込んでいる弾丸の様な鋭利なピンを抜いて捨てた。
「ウエットスーツを着ているところだったから助かった。顔だったらやばかったわ」
他にも数個弾丸を取り出す。
「そのウエットスーツは――銃の弾も効かないのか?」
「効くわよ」
じゃあどうして! と聞きかけた時、
「滅っ茶苦茶痛かったんだから――!」
首を後ろから羽交い絞めにしてきた! 本気ではない。……多分。
「ご、ごめん! 二度とあんな失敗はしない!」
「当然よ。今度あんなトロ臭いことしたら解雇なんだから。覚えておきなさい!」
不思議と後ろからそう言うナポリは怒っていない気がした。
今でも俺の心臓は弾けそうなくらいドキドキしている。――本当に怖かった。
ナポリはどうだったのだろう。ナポリも胸の鼓動が高鳴っているのは確かだった。
――本当に無事で良かった。本当に――良かった。
あれから直ぐに部屋に戻った。
第三階層は厳重警戒モードになり、仕事がはかどらないからとナポリは言ったが、本当のところは傷が痛むのかも知れない。
「看病? そんなもの必要ない。今日はゆっくりするだけだ。仕事も休みにする」
先に風呂場へと向かった。
ナポリには懸賞金が振り込まれていたようだが、今日は俺のカードにも直接懸賞金が振り込まれていた。
後でナポリに聞いたのだが、警官十人で十万円振り込まれたとのことだ。……しっかり九万円ナポリに没収されたのだが、文句は言えなかった――。
俺もナポリも……生きていてこそなのだ。