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第三階層 十三日目

日向陽介は、第三階層でナポリの仕事を手伝うのだが、その仕事内容と報酬に……嘆く。


 第三階層


 十三日目


 エンジンを数回吹かす俺は、普段着のまま単射にまたがっていた。

 後ろにはナポリが乗り、長い二本の棒のような銃を手にしている。

「まずは目的地点まで飛べ。そこで空中停止してターゲットを待つ。粒子アナッサを起動しろ」

「分かった」

 ハンドルの中央にあるモニターを操作し、粒子アナッサを起動する。

 モードをインビジブルに設定すると、マシンを包む濃粒子の外側は背景と同化する色彩へ変化し、内側には外の様子が昼間のように明るく映し出される。

「出発しろ」

「了解」

 スロットルを恐る恐る操作し、ナポリを振り落とさないようにゆっくり車庫を飛び出した。


 街を一気に抜け、モニターの印を目指してハンドルを切る。

「もっとスピードを上げろ!」

「あ、ああ」

 時速365キロと表示されている。――これほどの速度は出したことがない。

 さらにスロットルを回すと周りの風景など見ている余裕すらなくなる――。

 粒子アナッサがマシン全体を覆っているため、空気抵抗は全くない。ヘルメットなしでも操縦だけなら何とかできた。


 目的地は第三階層の地方都市であった。


 高度をさらに上げると隣の惑星が少し大きくなった気がする。そしてさらに音速で飛び続けると、目的地周辺の都市が目視で確認できた。

 夜でも青く光輝く浮遊都市――。

 第二階層と異なり、氷の柱のようなビルが上下に無造作に伸びている。一瞬で目の前にその青い浮遊都市が接近する。

「よし、止めろ」

 スロットルを緩めてブレーキをかけると、慣性の法則に則り、ナポリが俺の背中に密着した。

 ウエットスーツ越しでナポリの暖かさと柔らかさを感じていた……。

「バカ! もっと急ブレーキをかけろ! 目的地を大きく行き過ぎたじゃないか」

「これ以上急ブレーキをかけたら、ナポリの胸で俺がつぶされてしまうだろ」

 冗談を言いながら180度ターンし、ゆっくり目的地まで戻った。


 どれだけここで待つのだろうか……。

 かれこれ数十分経過している。ナポリは銃を構え続け、スコープを覗き込んで微動だにしない。ナポリに言われがまま、単射を転がしていた。

「気流の影響で向きが変わってきている。少し左に向けろ」

「了解」

「馬鹿、向け過ぎだ。戻せ。今いいところなんだ」

「何がいいところなんだよ」

 覗き見でもしているのかと聞きたくなる。


 ピュンッ!


 一瞬音がしたかと思うと、ナポリは粒子アナッサから先端だけ出していた銃を引っ込めた。

「出せ。――早く!」

「――えっ、ああ」

 とりあえずスロットルを回し加速する。ナポリは後ろ向いたまま何かを気にしていた。


 都市から少し離れると速度を落としてナポリに聞いた。

「何を撃ったんだ。――まさか……宇宙人か」

「そうだ」


 ……驚きはしなかった……。

 予想していたのだ――。


「正式には第三階層で増殖を続けているトカゲ種だ。奴らはこの星で唯一繁殖に成功している種族で、毎年数倍にもなる増殖率だ」

 ナポリの説明を聞くと、そのトカゲ種は増殖して第三階層から順にこの惑星を独占しようとしているらしい。

 それに対抗する勢力があるのだが……表立った組織ではなく、トカゲ種に懸賞金をかけて、細々と抵抗を続けている……程度のものだそうだ。

 重要人物は懸賞金も高いがガードも堅い。そこら辺の奴は……果実程度に安い……?

「しかし――、トカゲ種にも命があるんだ。懸賞金が支払われるとはいえ、殺すのは良くない――と思う」

 思ったことをそのまま言ってしまったのだが、ナポリは怒りもせずに答えた。

「この惑星では自分の命以外に価値のある命などない――。自分の種を繁殖させることが出来るのなら考えも少しは変わるだろうが、他の種がどうなろうと構ってなどいられない」

「助け合いなんて……存在しないということか?」

「そうだ。お前の星での生活がどうだったかは知らないが、甘いのだ。この星で今、自分の置かれている状況はそれほど余裕のあるものでないだろう」

 ……たしかにそうだ。

 ……ペット扱いで必要なくなったら捨てられる。

 もし捨てられたら、第一階層を徘徊して余生を全うするのだろう――。


「いざとなったら私を殺してでも生き残るくらいの覚悟が必要だ」

 ――!

 平気でそんなことを言うと、心臓が乱れた鼓動になる。

「何だって? そんなこと――出来るわけないだろ!」

 ナポリは目を細めた。……少し笑っているようにも見える。

「当然だ。ペットが主人に歯向かうなど言語道断だ。だが、そんな甘いことでは地球に帰れないぞ」


 返す言葉が無かった――。


 地球には帰りたいさ。だが自らの手でそのトカゲ種を殺すことはできない。

 他人を犠牲にして自分だけの幸せを選ぶことなど出来るはずもなかった……。なぜなら、トカゲ種も人間のように幸せな生活をしているからだ。

 俺の住んでいた安アパートのヤモリとは違う。死ねば――悲しむ者がいる!

「次へ行くぞ」

「あ、ああ」

 言われるがまま……単射を飛ばした。


 この日、ナポリは十二匹トカゲ種という獲物を――殺した。


 間近で見たのもあった。

 緑色の返り血が単射の粒子アナッサに吸い込まれて行くのが目に焼きついた。


 百発百中だった……。なぜなら相手にはこちらが見えないからだ。目の前に接近しても粒子アナッサのインビジブルモードにより、向こうからは見えないのだ。

「単射で轢け!」

「無理」

 出来ない要望にはハッキリ答えた。ナポリは渋々通り過ぎるところでまた発砲。


 ――確実に俺は共犯者だ。


 車庫へ帰った頃には――身も心もクタクタだった。

「まあ初日であればこれくらいだろう。別に無理強いはしない。稼ぎたければ手伝え」

「ああ……」

 第三階層にはトカゲ種が設立している社会があり、当然警察の様な組織もあった。しかし、第三階層以外にトカゲ種は移動することを自粛しているそうだ。

 あくまでも自分達は他の種の宇宙人と平和に共存をすると掲げているらしく、その決めごとを忠実に守る頭の固い種族らしい。

 だからここには刺客など来ないとナポリは言う。

「まれにだが第二階層をうろついているトカゲ種もいる。前にお前から身ぐるみを剥ぎ取った奴らもトカゲ種だ。だからここも百パーセント安全と言う分けでもない」

 ヘルメットを脱ぎながらナポリはそう言った。俺はハンドルを放すと、握力がもう残っていなかった。

「今日の仕事で、……一体いくら懸賞金が振り込まれるんだ」

 人の命は尊い。トカゲ種の命も尊いものであれば、かなりの額になるはずだ。

 ……地球の相場なんて知りもしないが、数百万円以上ではないだろうか。ナポリはIDカードを確認した。


「八千五百円だ」


 ――あまりにも恐ろしくて……聞き返すことすら出来なかった。


 八千五百円! って何だ!


 最近気付いたのだが、金額も翻訳器が円に換算している。

「カードを貸せ。今日の稼ぎの一割をやる」

 渡すと、いつものようにナポリがカードを重ねる。

 単純計算すると、一晩働いて八五〇円……気が遠くなる。


 地球に帰るのはいつになるのだ――。

 これから何匹のトカゲ種を殺さねばならんのだ――

 ここでのお金の価値、宇宙人の命の価値は、地球とどれほど違うものなのか!


「もっとレアな奴をやらなければこれくらいさ。ただし、私と同じような賞金稼ぎは大勢いる。レアな奴ほど競争率も激しい。無理は禁物だ」

 部屋へ上がる階段を昇りながら聞いた。

「ちょっと待て、それじゃ他の賞金稼ぎからナポリが狙われたりしないのか」

 稼ぎの邪魔になるだろう。

「それはない。なぜなら私を殺しても一円も手に入らない。トカゲ種と懸賞金を払う組織は別物なのだ。銃の玉だってタダじゃないんだ」

「だが、物品を盗めば金になるだろ。あの単射とか、その銃とか」

「どちらも私とアッパにしか使えない。ID登録されていない者が使おうとしても逆に盗難防止装置が作動し、場合によっては手にした直後に死ぬ」

「死ぬだって?」

 何と恐ろしい盗難防止機能だ! 殺すことはないだろう。

「この星での命はその程度の価値だ。お前だって前にいた星では他の獣の肉を食べていたんじゃないのか」

「獣? ああ、鳥や豚、たまには牛も食べていた」

「二つの目が前についているのは肉食の証。食料にする獣は殺すのに、宇宙人は殺せないのは、ただのエゴだと私は思うが」

「そ、それは」

 違うとは言えなかった……。


 実際に鳥や豚や牛なんて殺した事がない。

 俺は殺していないが……誰かが代わりに殺しているのだ。

 そのことを残酷と言うのは……都合が良過ぎる気がする……。

 

 何と説明したら自分の正しさを証明できるかが分からない。俺が黙るとナポリは背中にあるウエットスーツのチャックを腰まで下ろし、風呂場へと歩いて行った。

「先に使うぞ」


 ウエットスーツのチャックから――肌色の美しい背中が見えた。


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