十二日目
日向陽介は、ナポリがなぜ助けてくれたのかを聞き、その答えに戸惑う。
十二日目
何時間同じ格好をしていたのだろうか……。
気が付くと端末機を操作したままソファーで眠っていた。
朝日が広すぎる窓から眩しい。
「寝てしまった……か」
端末機は電源の入ったまま、検索入力待ちの状態で放置されている。俺の頭は少しずつ機能を回復していった。
――やばい、ナポリが帰ってくる前に端末機を片付けなくては。
端末機の電源を切ろうと手を伸ばすと、スッと――逃げた?
手が届かない。
端末機を引っ張ったのは、他でもない。ナポリだ――。
「ただいま」
「うおっ!」
――電撃を喰らったように、一気に目覚めた!
ナポリは薄くて大きめのTシャツ一枚。ズボンもはいていない――! その姿にもドキッとしたが、それ以上に、端末機を覗き込んでいることにヤバさを感じた!
「何を朝まで真剣に調べていたんだ?」
端末機には、検索履歴も表示される! 消す方法も分かっていたのだが、消し忘れていた。――致命的なミスだ!
「地球、銀河系、太陽系、日本? 何を調べていたんだ」
「お、俺の銀河についてさ。――ここはどこで、他にはどうやったら帰れるか調べていた」
そっと手を出して、端末機を受け取ろうとするが、渡してはくれない。
「ふーん」
まだ端末機に目を落としている。そこから先は……見ないで欲しかった。
額から冷たい汗がにじみ出す。
「女、女性、宇宙人、緑の髪、濡れたウエットスーツ、宇宙人の繁殖方法? ……これも銀河を探すために必要なキーワードなのか?」
ナポリはいつもの真剣な眼差しで見る。
……俺はナポリと出会ってからずっと考えていたことを……問い掛けた。
「ナポリは、一体俺をどう見ているんだ。こんな辺境の星で唯一の地球人……の男。どうして助けてくれたんだ。ナポリにとって俺は一体――何なんだ」
真剣になっていた。
どういう答えを求めていたのか分からない。
分かったのは……ナポリの返答が俺の期待を全く覆すものだったということだ――!
「うーん。アッパの星ではどう表現するのか分らないが、――ペットかな」
「? はあ? ?」
翻訳器の誤動作だと思った……。ナポリと出会ってからは寝る間も付けっ放しにしている。それをさらに耳の奥に突っ込み直したのだが……。
「だからあ、ペットのようなものだ。捨てられていて可哀そうだから拾ってみた。餌代もかからないし、べつに部屋をメチャクチャにもしないから飼い続けている。飽きれば捨てる。死んだら埋める……かな」
濡れたエメラルドグリーンとダークグリーンの髪をタオルで拭きながら真剣な目でご主人様はペットにそう語られた――って、おい!
「――なんだって! 俺がペット? 冗談じゃない!」
「ペットでなければ何だというのだ。私は人間じゃないぞ」
まだそんなことを言っている!
「いや、ナポリは人間だ。記憶喪失か洗脳か何かで地球のことを忘れているだけだ!」
ナポリは少し大きな声で語る俺の話を聞き流し、端末機を操作した。
「私もアッパが元いた星のことを調べていた。アッパのいた銀河は正式にはマナミ銀河と呼ばれている直径十万光年の小さな銀河だ。宇宙儀では2の位置に該当する。ここからは738億光年離れている」
端末機に昔習った覚えのある銀河が表示された。
「そ、そうだ! この色、この形だ。見覚えがある!」
表示された銀河をさらに拡大し続け、太陽系と……地球の青い姿が鮮明に映し出された。
「う、ああ――、地球だ! これが俺の地球だ!」
喉の奥が濡れていくのを感じた――。
――もう二度と帰れないかも知れない故郷の姿がそこにあったのだ!
「私はこの星のことなど知らない――。決して記憶喪失などでもない」
端末機をソファーの上に投げると、ナポリは部屋の奥へと歩いて行った。
「ペットが嫌なら逃げだせばいい。探したりはしない……。ここにいれば昨日言ったとおり、今夜から仕事をやる」
俺は端末機を拾い上げた。
地球の姿が……滲んで見える。
「地球か……。何もかもみな……懐かしい……」
目を閉じると涙が端末機に落ちた……。
この部屋から出て行く気などさらさらない。
何としても地球へ帰るためには、ナポリにどういう扱いをされようと、仕事をして金を稼ぐしかないのだ。
――可能な限り早くだ!
ナポリの仕事が何なのかは分からない。背筋の凍るほど残虐なものかも知れない。しかし、そんなことをどうこう言っている時間などないのだ。
昨日は果実を一つしか食べなかった。そうすれば毎日五円ずつは貯まっていく。地球へ確実に近づく。
必ず帰ってやるんだ!
青い地球を涙目で見ながら、そう心に誓った。