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04 義息、追い返される


 どう切り出そうか、私は困ってしまった。

 私こそがその主人ですと、言えば彼に恥をかかせてしまうことになる。

 それに、男爵家の夫人らしからぬキュロットとシャツ姿で、眼鏡までかけて働いていた私が悪いと言えば悪い。

 動揺し黙りこくっていると、ステファン様はその沈黙を違う風に解釈したようだった。


「ああ、すまない。昨日のことを見ていたのなら、俺のことを怖く感じても仕方ないな。急に玄関先で怒鳴り散らしてしまったし」


「い、いえ」


 意外なほどこちらを気遣ってくださるステファン様に、私は戸惑ってしまう。

 追い出されてなるものかと、気張っていたので余計にそう感じるのかもしれない。


「そうだ、君から見て、商会の現主人―――ステラ・ロア・ヴェッラはどんな女性だ? 人使いが荒いとか、金遣いが荒いとかなんでもいい、言ってごらん」


 どうやら、ステファン様は私が悪女であるという証明がほしいらしい。

 しかし自分のことを評価しろと言われても、何と答えればいいのか。


「と、兎に角……必死です」


「必死?」


 ステファン様が、訝し気に聞き返してくる。


「旦那様が亡くなられて、旦那様と古いお付き合いのあるグエル商会と、一時期信用取引ができなくなって……」


 今思い出しても、本当に大変な事態だった。

 信用取引というのは、証文を用いて一時的に代金の支払いを待ってもらう取引方法だ。

 取引金額が大きくなると、その分の現金を持ち歩くことが危険であるため、多くの場合この信用取引を用いる。

 しかし旦那様と付き合いのあったその商会は、旦那様がいなくなったのだからヴェッラ商会は信頼に足らないということで、正当な跡取り(・・・・・・)相手でなければ、信用取引を一切しないと宣言してきたのだ。


「それで、どうしたんだ?」


 ぽつぽつと語る私に、ステファン様が真剣な目を向けてくる。

 そうしていると、生前のオスカー様とそっくりだ。

 顔も目も髪も亡きお母様の肖像画に似ているが、その表情だけは、旦那様の血をはっきりと感じさせた。

 正当な跡取り、それはすなわちこのステファン様のことだ。

 それは私に相続権を放棄しろという遠回しの圧力だった。

 恐らく先方は、私が旦那様をだましてその妻の座に納まったのだと、そう考えていたのだろう。

 王都からステファン様を呼び戻そうという案もあったが、私はそうしたくはなかった。

 遺産を独り占めしたかったからではない。王都で自由に暮らす息子の生活を、誰より旦那様が尊重していたと知っているからだ。

 彼は時に、息子には会いたいがその生活を邪魔したくないと、寂しそうに漏らしていた。

 その横顔を思い出すと、今でも泣けてくる。

 旦那様が生きていらっしゃる間に無理でも二人を引き合わせておけばよかったと、そんな今更なことを考えてしまう。

 眼鏡をはずして涙をぬぐい、鼻声を誤魔化すようにステファン様の言葉に答える。


「でも……そのことがあったのでヴェッラ商会は一致団結して、古い商売を捨てて新しい土地へ販路を広げていくことができました。別の商会との伝手も出来、結果的には良かったのかもしれません」


 結局、グエル商会との仲を修復することはできなかった。

 ヴェッラ商会にとっては痛手だったが、仕方のないことだ。

 信頼とは、積み上げるもの。

 一度疑われてしまったら、あとは地道な積み重ねでしか誤解は払拭できない。

 人の信頼を得るというのは、それほどまでに大変なことなのだ。

 私は商会で見習いをしている間に、そのことを嫌というほど学んだ。


 ふと、ステファン様を見ると、彼は難しい顔で何かを考えている様子だった。


「あの……?」


 問いかけると、彼ははっとしたように私の顔を見た。

 その色白の頬が、心なしか少し赤くなっている。


「いや、きみからすると、俺は憎い相手なんじゃないか? 俺が王都で呑気に暮らしている間に、そんなことがあったなんて……」


 ステファン様が戸惑っている様子だったので、私は精一杯首を横に振った。


「いいえ! ステファン様には自由に生きていただきたいというのが、亡き旦那様の願いでした。申し訳ありません。なのに今更、こんな話をしてしまって」


「親父が、そんなことを……?」


 ステファン様の青い目が、見開かれる。

 綺麗な宝石のようだと、私はその目を見て思った。


「はい。自分も勝手をして息子には迷惑をかけたから、あなた様にもヴェッラの名に縛られず自由に生きていただきたいと。常々そう―――」


「嘘だ!」


 私の言葉を遮り、ステファン様がテーブルを叩いた。

 大きな音がして、舶来産の薄いカップが耳障りな音を立てる。

 そしてすぐさま、用心棒として雇っているジンが部屋に飛び込んできた。

 どうやら私を心配して、ずっと部屋の外で待機していたものらしい。


「お嬢、無事か!?」


 驚く私をよそに、彼はステファン様に厳しいまなざしをむける。


「テメェ……大変な時に帰りもしないで、今更難癖つけてきやがって! お嬢がいなきゃ、この商会はどうなっていたと……っ」


「止めてジン!」


 私は慌てて、ジンとステファン様の間に割って入った。

 ジンの長所は職務に忠実なことだが、時としてそれは短所にもなり得ると知っていからだ。


「ステファン様、とにかく今日はお引き取りを。他にお聞きになりたいことがあれば、いくらでもいらしていただいて結構ですから」


 なんとかジンをなだめつつ、私はステファン様を部屋の外に促す。

 彼の表情にははっきり困惑が浮かんでいたが、怒り心頭のジンの手前そうするより他なかった。




  

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