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03 義息、商会襲撃

 さて、義理の息子に追い出されそうで困ってはいても、商会の仕事は待ってはくれない。

 商人の仕事はスピードが命。

 あちらで足りないものを運んで売り、こちらで足りないものを仕入れてまた売る。

 珍しい物。高価なもの。宝飾品。山海の珍味。

 ヴェッラ商会の取り扱う商品に区切りはない。

 人でも物でも依頼があればなんでも運ぶ。

 それがオスカー様の信条でもある。

 引き継ぐ私は、それを忠実に守るだけだ。


「お嬢、以前話した材木の件なんだが……」


「お嬢さん。例の事業は赤字がかさんでおりますので、そろそろ撤退の時期かと」


 商会に勤めるみんなはなぜか、私のことをお嬢と呼ぶ。

 結婚した時に何度も奥様と呼んでくれと頼んだが、直らずにここまできてしまったのだ。

 だからと言って十八で、それも未亡人なのにお嬢さんというのもどうかと思うのだが。


「材木に関しては、今ロイに調査をお願いしているところよ。ユイス伯爵領の北部に、良質な木材があるらしいの。干し魚事業に関してはもう少し待って。何事も初めは赤字が続くものよ。けれど内地の人々に安全においしい魚を届けることができれば、必ず売れるわ。最低でも一年は待って」


 投げかけられる問題に対応しつつ、目では書類の文字を追っている。

 本当は二階に立派な執務室があるのだが、私は皆が忙しくしている一階の片隅で仕事をするのが好きだ。

 質問にすぐ答えられるし、慣れた喧騒が傍にあった方が集中できる。

 一時期二階で仕事をしたこともあったのだが、静かすぎて集中できなくてこちらに戻ってきてしまった。

 従業員たちはあきれ顔だったが、今ではすっかり慣れたのか私のことを気にせずエロ話に花を咲かせるぐらいだ。

 孤児院が第一の家なら、商会は第二の家だと思う。正直男爵家の屋敷より、潮の匂いがするこちらにいる時の方がほっとする。


 ふと、何気なく入口の方を見たら、見覚えのある人影を見つけた。


「ステファン様!」


 動揺のあまり大声を上げたので、周囲にいた従業員たちの動きが一瞬止まる。

 私は慌てて義息に駆け寄り、彼を静かな二階へと案内しようとした。

 沢山の視線が私たちに集中している。


「あ、ああ……」


 慣れない場所に戸惑っているのか、昨日の威勢はどこへやら。ステファン様は大人しく私の後をついてきた。


 ―――昨日、ヴェルナーはひどく疲れた様子で帰ってきた。

 見せてはくれないが、どうやら腹部を殴られたらしい。

 大切な従業員たちまで、殴られては大変だ。

 私の中にはそんな思いもあった。


「お待ちください。今お茶を淹れますから」


 一番いい応接室に彼を案内し、私はお茶を淹れるため一階へ戻った。

 皆忙しそうに働いているが、その背中があの男は誰だと語っている。


「私の義息のステファン様よ。皆対応に気を付けて!」


 それだけ言い残すと、私はお茶の用意をもって二階に駆け戻った。

 ぜいはあと息を切らしているのはみっともないので、深呼吸をして急いで呼吸を整える。

 少しは身だしなみも整えたかったが、今はドレスではなく動きやすいキュロット姿なのでどうしようもないと諦めた。

 コンコンとノックして、返事がしたので応接室に入る。

 ステファン様は落ち着かない様子で、綿のいっぱい詰まった舶来のソファに腰を下ろしてた。

 せめて動作ぐらいは美しくなるよう心掛けながら、音がしないようにお茶を置く。

 孤児院では女中奉公もできるよう厳しく躾けられたので、給仕にはちょっとした自信があった。

 お茶をステファン様と自分用に用意し、改めてステファン様の前に座る。

 彼には申し訳ないが上座だ。

 窓を背にしたこちらの方が、相手を威圧し交渉を有利に進めることができる。

 私はテーブルの下で拳を握った。

 一発や二発殴って気が済むのならそうしてくれて構わない。

 お金だって、元々はステファン様のものだ、いくらでもお渡しする用意はある。

 けれど孤児院は―――そしてこの商会はどうか、私から取り上げないでほしい。


「それで、今日はどのようなご用件で?」


 声が震えないように気を付けながら切り出すと、ステファン様は訝しげな顔をした。


「ああ―――いやそれより、君とはどこかで会っただろうか?」


 今度はこちらが眉を顰める番だ。

 どこかでもなにも、必ず追い出してやると宣言されたのは昨日の話。


「ええと……昨日、お会いしました。男爵家のお屋敷で」


「そうだったか。昨日は騒がしくして申し訳なかった」


「いえ……」


 どうも様子がおかしい。

 親しいヴェルナーの言葉さえ拒絶した彼が、どうして今はこんなに穏やかな様子なのだろう。

 しかしその疑問は、すぐに解決した。


「それで、ここの主人を呼んではもらえないだろうか? こちらに来ていると聞いたんだが……」


 そう。

 キュロット姿で髪を束ねた私を、彼は義母だと認識していなかっただけだった。

 

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