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01 義息、突然の帰宅

 ステラ・ロア・ヴェッラ。十八歳。

 夫は五十歳年上の六十八歳。

 彼が天に召されて、私は若くして未亡人になりました。

 そして今、突然帰ってきた義理の息子に、家を追い出されそうです。

 うーん困った。

 どうしましょう?



  ***



 私の旦那様。

 オスカー・ロア・ヴェッラ男爵は、土地の名士で国内有数のお金持ちだ。

 元は平民だったのに、金を積んで強引に爵位までお買いになったつわもので、地元からは立志伝中の人だと尊敬を集めている。

 なのでその死後には、縁のある客人が続々と彼を悼むために訪れた。

 厳密には悼むためだけではないけれど、それはさておき。

 私は家令を任せているヴェルナーと一緒に、いらっしゃったお客様の接待と残された荘園、及び商会の運営。更には遺産相続のための根回しなどあれやこれやに駆けずり回った。

 悲しみはあったが、覚悟もしていた。

 そもそも私たちの結婚は、彼の死を見越したものだったから。

 そしてそれらも何とか落ち着いてきたある日、旦那様が亡くなられた命日を目の前にして、今度は王都から旦那様の血を引く息子―――私の義理の息子にあたるステファン様がお帰りになられたのだ。

 金の髪に、晴れた空のように淡い青の目。

 その顔立ちは亡くなったお母様の肖像によく似ていらっしゃる。

 因みに御年ニ十二歳。私の四つ年上ということになる。


「荷物をまとめて、とっとと出て行ってもらおうか」


 玄関ホールで出迎えたら開口一番、投げつけられた言葉は厳しいものだった。


「しかし……」


「口答えするつもりか!? 金目当てで老い先短い父を誑し込んだ女狐め」


 その言葉はきっと、オスカー様に嫁いでから何度投げつけられたか分からない言葉だった。

 今更辛くもなんともないが、相手が義理の息子となるとやはり心苦しいものがある。いつもさりげなく庇ってくださったオスカー様は、もういないのだ。

 どうにか弁解しようとすると、突然私の視線が遮られた。

 目の前には見慣れたベストの背中。


「奥様への暴言はお控えになってください。ステファン様」


 黒い髪、ステファン様とは違って深い海のような群青色の目。

 家令としてはまだ年若いヴェルナーは、旦那様がお亡くなりになる前の年に亡くなった、前の家令の実の息子でステファン様とは乳兄弟であると聞いている。


「お前までその女の味方につくのか、見損なったぞ!」


 そう言い捨てると、ステファン様は肩を怒らせて、屋敷から出て行ってしまわれた。

 私は慌てて追いかけようとしたが、ヴェルナーに遮られる。


「あいつは俺が説得します。奥様は屋敷でお休みになっていてください」


 そう言って、今度は彼がステファン様を追いかけて行ってしまった。

 何度もこの日のことを想定していたはずなのに、実際迎えてみると何もできない自分が情けなかった。



  ***



 私は孤児だ。

 両親の顔も名前も知らない。

 けれど私は、決して不幸ではなかった。

 服と食事を与えられ、あまつさえ教育まで受けることができたからだ。

 なぜかって?

 それは私が育ったのが、オスカー様がおつくりになられた孤児院だからだ。

 彼は商人の中では珍しく篤志家で、特に身寄りをなくした子供の保護に力を入れていた。

 そしてその孤児院では、子供達はみな平等に読み書きや数字の計算を学ぶことができた。

 少し躾は厳しかったが、世間のことが分かるようになった今では、なんて恵まれた環境だったのだろうかと思い知る。

 なにせ私たちの住む国は、圧倒的に識字率が低いのだから。

 けれどオスカー様はただ善意で、それらの活動を行っていたわけではなかった。

 育った子供達は己の商会で働かせるか、或いは国に仕官させる。

 そうすることで、彼は有用な人材と有益な情報を、同時に得ることができたのだ。

 我が夫ながら、恐ろしい人である。

 私はその中でも算術が得意で、経営にも興味があった。

 なので小さい頃からオスカー様に見込まれ、商会に奉公に通い、女だてらに様々なことを学んでいた。

 すると晩年、己の死期が近いと悟ったオスカー様は、突然私を妻として娶ると言い出したのだ。

 周囲は(勿論私も)驚いたが、そこにはちゃんと理由があった。

 彼はそうすることで、己の死後に起こるであろう混乱に備えようとしたのだ。

 それはオスカー様の死後、その遺産を食い荒らそうとする親類や国から財産を守り、商会や孤児院、そして荘園を存続させること。

 私とオスカー様の間には、だから厳密には夫婦関係はない。

 けれど私は今でもオスカー様を敬愛しているし、生まれ育ったこの土地を愛している。

 そういうわけで、突然帰ってきた義理の息子に、屋敷を追い出されるわけにはいかないのだった。



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