8話 マッパな誓い
「ユッキー、もういっちゃう、いっちゃうよぅ」
とは言われても、これ難しい。相手が小さい上のに動きにくい、くっ。
「あはは、いっちゃった。ばいばーい」と手を振っている妖精さん。さらば、腹を満たす予定だったお魚さん。俺は流れていく魚を見送った。
何をやっているかというと、有体に言えば川で魚を取っている。目的は言うまでもなく食料調達、そして停止魔法の運用実験だ。
まずは時間停止という命綱の信頼性と使い勝手を確認しておかないとね。なんらかの敵性体と相対したときに詰みになるのは困る。妖精さんに害意があったら、あの出会いですでに俺は終わってたというね。
時間停止の使用は成功。俺が力を行使とした地点を中心とした空間が球状に固定できた。直径1mくらいの球体を作り出し、消費されたマナは全体の30分の1くらいか。全力なら半径15m内の無生物、生物を固定できるのだろうか。そのエリアに内包するマナ総量も関係してきそうだ。
ちなみにその球体に魚は囚われていたが、停止した水から取り出せなかった。固定した物体は、もとは流体でも物理干渉を拒むようだ。ちなみに、石で削れるか試したところ、石の方が砕けた。
物理干渉不能なのにぶつけた衝撃が石に戻ってきて砕けたのはベクトルの反転かな?。光は透過してるんだけどね。元の世界の物理法則と比べても仕方ないか、まあ頭の片隅に置いておこう。
固定した水ごと川からあげようかと思ったけど、重すぎてだめだった。それで、術に込めるマナの量を変化させることで、固定するエリアを調節することが出来た。俺が干渉しないかぎり、時間停止を掛けた物体は重力からすら切り離される。この魚を取り上げようと水球に干渉すると、周囲からの水量などからの
干渉が開始されて流れていってしまう。どんぶらこと。
そうしてころころと魚In水ボールが流れていってしまった訳だ。肉体能力が跳ね上がっているが、流れのきつい川の水中では自由自在とはいかない。着衣水泳マジ大変。
で、冒頭にもどるとね。
そうこう試行錯誤するうちに魚は3匹確保できた。妖精さんに乾いた枝を集めてくるようにお願いしたら、凄い勢いで集まった。あのコはやはり力持ちだった。彼女の体で一抱えもありそうな枯れ木を抱えて
悠々と飛行する姿を見てやはりとちょっと納得した。
もしかして俺を持っても飛べるかも…とか思ったが、あのちっちゃい手で掴んでもらった所が悲惨なことになりそう。俺の重みに耐えられなくてちぎれる自分の肉とか想像したくない。
やっぱりこの世界、見た目はあまり判断の役に立たないっぽいね、まあ俺も現状では見た目ただのガキだが。
100円ライターで枯れ草に火を付けると妖精ちゃんがキャーキャー騒いでた。火は苦手なんだろうか。と思ったら、火に当たって喜んでるから違うっぽい。なんでも楽しいんだな、あのコ。
タバコは吸わない俺だが、北を走るドライバーにライターは必需品だ。寒冷地では車のキーが凍りついて開かなくなるという悲しい事が起こるのだ。飯休憩後に気分良く車に帰ったら、鍵が凍ってたときの車に悲しさは、当事者しか判らないだろう。知らないほうが良いけどね。
パチパチと木の爆ぜる音、カッターで枝を落としてつくった串に、魚をさして炙る。
ああ、たき火ってのはなんでこんなに男の心を鷲づかみにするのだろうか。マジ不思議。
周りはすっかりと暗くなってきた。妖精さんに帰らないの?と聞くと、小首をかしげて不思議な顔をされた。ん。そういえば。
「ちなみに…、今更だけど名前は?」と尋ねてみる。
「?? ユッキーつけてくれるんでしょ?」
あれ、なんか認識のそごがあるな。
「俺がつけるの? 君に?」
「パートナーにつけてもらうのよ」って満面の笑みである。パートナー?
「よーせーおーに運命を待ちなさいっていわれたのよ」
「生まれてからずっと待ってたの。がうがうぽいぽいしながら」
がうがう? 彼女は幾日もあの森で待ってたらしい。十日以上数えられないみたいなのでいっぱい、だそうだ。
「まだ来ないのかな、今日も来ないのかなとおもったら、どーんってキラキラ落ちてきたのよ」
それで俺の所にすっ飛んできたと。
「そしたらね、いいにおいがしてね、うまうまあまあまだったの。運命なの!」
三角糖はですてにーだったらしい。まあ美味しいから仕方ないね。
「だからね、名前、つけて?」
名前か、つけるのはやぶさかでないのだが。俺はネーミングセンス皆無だ。ゲームなんかもすぐデフォルトネームで決めてしまうのが無難だと思っている。
そしてピンッときた。
「じゃあ、フローリア…とか」
ドラクロのヒロインの名前だ、青髪のお淑やかな女の子。幼なじみ? ああ、それポイで。
「私、フローリア。フローリアなの!」体から銀色の光がキラキラと溢れだしている。名前ってのは彼女らにとってそんなに大事な物なのだろうか。
「フローリアは、ユッキーとエンゲージなの!」
とキラキラと光を撒き散らしながら舞っている。
ん、エンゲージ…って、結婚!? 唐突な展開に途惑っている俺の目の前にふわりと飛んできたフローリアが、ちゅっと頬へ軽くキスしていった。
これでパートナーなのーと空中でダンスしているフローリア。たき火の光をバックに七色の羽が羽ばたく幻想的な風景を眺める。
俺はそんな風景を前に、小指も入らないんじゃ……とかかなりダメな事を考えていた。