80話 稼動限界
「この前の件といい、お前にはしっかりとした褒賞を出したかったんだが」
と、まだぶちぶち言っているギルマスのエリンのおっさん。いや、俺の都合だからここは押し通させてもらうよ。
「魔石を除いたオーガの素材は買い取って、あの演習メンバーに分配と……、普通の冒険者なら自分の取り分を多くするのが普通なんだがな」
ちなみに魔石はジュリエッタに預かってもらった、俺がここで手に取ったらまた消えてしまって騒動になりかねない。演習メンバーには口止めもして貰えるようにお願いすることにした。あのメンバーなら事情を説明すれば素直に口をつぐんでくれるだろう。ただもう1日経ってるからすこし漏れてるかもしれないが、まあそれは仕方ない。
リックとメイムちゃんはその分配分すらも要らないと固辞しかけたが、これは俺が説得して受け取らせた。形はどうあれ、リックとメイムちゃんはオーガを相手に共に戦った戦友だ。ないがしろにはしたくない。まあ、これから何かと縁はありそうだしね。
「まあ、グレイスがパトロンにいるなら金にも困ってないんだろうがなぁ。イパナはまたお前にデカい借りを作っちまったな」
いや、特に援助されて……、まあいいやそこの辺り説明しだすと長くなりそうだ。今は何よりも店に戻りたい。
ホント1、2時間もしないうちに2本の15リットルのビール樽が無くなりそうとかありえない。どこのビアガーデンだよって話だよ。樽の交換は俺の後ろで見ていたユリアナが覚えてくれていたらしい、あの娘はなんかチートもってる気がするな。空間把握で様子を見ると、綺麗に2割の泡を湛えたビールジョッキを量産している。職人か! というか飲みたいわそれ。
しかし、もう70杯近く売れてしまってるのだ。お好み焼きはそこまで回転の早い食べ物じゃないから、一人ひとりがガバガバ飲んでいるんだろう。あ、トイレの増設も考えないといけないかもしれない、……頭痛くなってきた。
というわけで、今回のオーガの件は終了となった。というか終わりにさせてもらった。
「あの、これからお時間ありましたら少しお茶でも飲みながらお話しませんか?」
と、抱きついてきたジュリエッタにナンパされたが、それどころじゃない。というか話終わって会議室出たとたんに態度かえて抱きついてくるから、みんな目を丸くして驚いてるぞ。
「ああ、ごめんジュリエッタ。実はお店が急に開店することになって酷い事になってるんだ。なんで早く帰らないといけない」
「そうなんですか、それは仕方ありませんね。まだ私もあの店の料理をいただいてませんので、おうかがいします」
いやー多分それどころじゃないんじゃないかなあ……、俺はリックとメイムちゃんに帰ることを伝えた。
「そうか、俺はしばらくこの街の付近で修練を積む予定だから、なにかあったら声掛けてくれよな」
「……私は迷宮都市に向います。ユキさん、ありがとうございました」
とさらっとメイムちゃんに別れを告げられた。俺は慌てて、バックの中から小さい鞘に収まったナイフを取り出して、メイムちゃんの小さな手に握らせる。あのグレイスの街でハゲおっさんから買ってからずっと使っていたナイフだ。
「えっと? これは」
「お守りだと思って持っててよ。一応業物だから手放さないでくれると嬉しいな」
「……ありがとう」
ちょっと断わりかけられたが、強引に押し付けた。あのオーガの肌も切ろうと思えば切れちゃう刃をかなり薄く研いだ俺の時間停止込みのナイフだ。鞘も時間停止してるから切れないけど、他のものならさっくり切れちゃうだろう。時間停止を解いたらパッキリと折れてしまうのだけどね。
そうしてリックはギルドの依頼を見に行き、メイムちゃんはギルドの前でぺこりと頭を下げると南に向って歩き出した。その姿が人波に消えるまで見送って、俺は踵を返して我が家というか戦場に向かう事にする。なんかジュリエッタの視線が痛い気がするが、気にしない。
「わ、これは……凄いです」
ギルドから出て、近づくにつれて見えてきた店の前の光景に驚きの声をあげるジュリエッタ。すっと、クミさんが剣の柄に手を寄せジュリエッタをかばえる位置に移動していたくらい、そこは異様だった。
浅黒い肌をした小柄なドワーフたち、ヒゲが無いのが女性だろうか? がずらっと並んでいる。しかも無言で店の入り口をじっと見ているのはちょっと怖い。
「ユキさんのお料理は美味しいですから、人気が出るのは判りますけど。なんか違うというか血走ってますね」
「……酒を出したんだ」
ああ、とジュリエッタが納得の声をあげた。
「ユキさんのお酒ですか、それはドワーフさんたちも集まるでしょうね」
「やっぱりドワーフは酒好きなのか」
「お酒といっても美味しいものにしか興味を示してくれません。グレイスにも良い武器職人の方を招きたかったのですが、地酒に良いモノがないと断わられました」
とちょっと苦笑い。
「今お邪魔するとご迷惑をお掛けしそうなので、遠慮しておきます。閉店後にでもお伺いさせていただきますね」
とジュリエッタはそう挨拶すると、クミさんとその場に立ち止まる。その気持ちはありがたく受け取らせてもらって、俺は急いで裏手の厨房の方に回る。家の裏手を囲んでいる柵から中を覗き込んでる人々がいるので、何をしているのか見てみたら、屋上の浄水タンクから裏手の洗い場に流れる水を使って子供達が半泣きでジョッキを洗浄していた。
裏手の木戸を開けて入ってきた俺の顔を見て
「これ洗うの怖いんだけど」
と泣き付かれたが、壊してもいいからと年少組に押し付けてそのまま勝手口をくぐる。さすがに全自動洗浄機なんて持ち込めないし、バイト代弾むから頑張って欲しい。
真剣な表情でお好み焼きを焼いているルエラが、ちょっとこっちに視線を向けて微笑み、そしてまた鉄板の方に顔を向けた。流れ落ちる汗に湿った髪がちょっと重そうだ、彼女もあっちの家に連れて行ってお風呂に入れてあげたいな。あ、いや一緒に入りたいわけじゃないよ、あの肌色まみれの居たたまれない感じはちょっと俺のお風呂をゆったり楽しむのとはちょっと違う。俺が求めてるのは憩いなんだ。
そして俺の小さな胸にどかんと飛び込んできたのは由香里ねーさんだった。
「ゆっくん、早くビール!!」
いや、急かすのなら抱きつかないで欲しいのだが、もう由香里ねーさんは錯乱しているようだ。階段を刻んだ野菜を入れたボールを持ったシュリが駆け下りてきた。あれキャベツじゃね? もしかして野菜も切れたのか。あれはスリアの街に作った氷室に置いてあったうちのストック野菜だろう、多分ユリアナが補充したんだろうな。
俺は抱きつく由香里ねーさんを引きずったまま二階にあがると、リスティが綺麗な音を立てながら野菜を刻んでいた。ユリアナは自分のカバンを覗き込んで、出せるものが無いか確認しているようだが。
「おう、ユキ帰ったか。盛況すぎて笑ってしまうぞ?」
「あ、ご主人さま、すいません。もう野菜がありません」
こりゃダメだな、一旦クローズするしかなさそうだ。俺はお好み焼きを売りたいのであって、ビールを売りたいわけじゃないからな。ビールの方が手間かからず利益率も良いが、それじゃあ酒場になってしまう、ルエラの居場所は彼女の料理で作られるべきだと思うから。
俺は、由香里ねーさんを振り切って階段を再び下りて、店の方に抜ける。店の中は空きのイスすらない盛況で、お客さんたちはみな美味そうにビールを飲み、そしてお好み焼きを口に運んでいた。無言でもぐもぐと食べているのは美味いからだろう。ルエラが俺の居ない一週間で作り上げたこちら風のお好み焼きは彼らの舌を満足させるものだったようだ。まあ、彼女はまだ納得していないが、そこはまあこれから精進していくのだろう。て、いうかまだ店の中にはドワーフの人たちは居ないのか。
一瞬厨房から抜けてきた俺の姿に目をとられたが、また料理や酒に戻っていった。おれはそのまま店内を抜けて、表のドアを開ける。すると、次は俺か!! みたいな目で待っている人が俺を見るがすまんね、俺は口を開く。
「えーっと、すいません。本日は在庫切れの関係でここで休憩させて頂きます」
と、俺が宣言すると周囲から落胆の声が上がった。そりゃそうね、俺だって並んでてそろそろブースかと財布用意してて新刊完売とか言われたらヘコむわ。
並んでいたおっさんたちが口を開く。
「休憩ってことは、また開けるってことか?」
ああ、ちょっと言葉の選択を間違ったかな。んー、仕入れ直しと仕込みなおし、そしてみんなの休憩とか考えるとスグってのは厳しいな。まあ、今忙しかったのは仕込みが足りなかったってのがほぼ原因だから……
「夜前くらいには、開けようと思えば開けられるかな?」
ギリギリ夕方くらいには仕入れとかは間に合うだろうけど、さっき見たらへばってたミツハたち子供組は休ませてあげないといかんからな。
すると、落胆で肩を落として立ち去る男たちと、黙ったままの残る一部の男達と、身動きすら忘れたようなドワーフたち。ちょっとじっとみつめられると怖いんですが。
「じゃあ悪いが、ここで待たせてもらおう」
と、抜けた男たちの場所に詰めなおして列形成しなおしてどっかり座り込んだ。なにが彼らをそこまで駆り立てるのか、まあ酒なんだろうけど。
俺はそそくさと、視線から逃げるように店内に逃げ込んだ。誰だ、キリ○ビールなんて置こうって思った奴は。
ってまあ俺なんだけどさ。




