78話 シロネコ亭、始動
「あー、お隣りに引っ越しますって先に挨拶しておいて良かったわー」
なんて笑いながら、二階に設置した姿見で、あれこれポーズをとっている由香里ねーさん。
なんか合わなくなったーとか言って、俺の前で平然と下着直したりするのは止めて欲しい。俺は容姿の所為か、由香里ねーさんの中で男のカテゴリーから外されてしまったのを実感してしまう……
遅まきながら起きてきたリスティやルエラは、由香里ねーさんから挨拶されて驚くのだった。一夜で隣に寝てた人が30代くらいからティーンになってしまったら普通驚くか。特にルエラにはまだ詳しい話をしてないしな。まあ彼女が吹聴しなそうなのは判ってるんだけどね。
「これがマナの活性化と言うやつか。伝承では聞いていたがここまで急激な変化と思わんかったわ」
とリスティは伝承の勇者降臨と比べているが、多分今回は違うと思う。
由香里ねーさんは俺が開いたゲートの側にいたために漏れたマナを浴び、さらにマナの固まりみたいなフローリアと長く過ごしていたからだと思う。
兄貴もこっちに遊びに来ると、すぐにこうなると教えておかないとなあ。
朝ごはんは、ユリアナが作ってくれた日本風の朝ごはんだった。炊き立てのご飯に、スリアの街で干して時間停止保存しておいた一夜干しを焼いていただく。他の人に教えられるようにと、ルエラはまだ慣れないハシと格闘中だ。俺が研修に行っている間に、先輩でみごとにハシを使いこなすリスティが指導してくれたらしい。
ちなみに先生のリスティは、納豆をご満悦で食べている。ユリアナも俺に出すぶんはいいけど、自分では絶対あれには手を出さないというのにあの雑食エルフさんは幸せそうに醤油をかけてかき混ぜていた。あ、ユリアナがちょっと離れた。
ちなみに、この世界の人々の使う食器は主にスプーンとナイフだ。下のお好み焼きも木のスプーンで食べてもらう予定になってる。ワリバシを使えるならそのまま燃やして処分できるし、片付けもラクでいいのだがなあ。まあ自分がやらないからいいや、洗い物が溜まるようなら娼館のチビどもの仕事になるらしいからね。皿は普通に使われてる木の皿だ、向うの世界から紙皿を持ち込もうかと思ったけど、もしかしたら騒ぎになる可能性を考えて止めた。
「おはようございまーす」「まーす」
と一階の勝手口の前から声がする、娼館の子供達が通勤してきたらしい。もう娼館ではルエラは食事当番からは完全に外れ、今は次の年長のメイファとシュリがメインとなってご飯を用意しているとの事だ。もしお腹がすいたら、ここに手伝いにくればまかないは幾らでも出すと言ってあるんだけどね。ここも彼女らの場所になってくれればいいと思う。
今日手伝いに来ていたのは、メイファとミツハだった。あっちの掃除が終わったら年少組もだれか来るらしいとルエラが教えてくれた。
「この子たちがそうなの?」
もう勝手知ったる感じで由香里ねーさんが、2人を2階に連れて来た。知らない人が急に出てきて、抱きかかえられたら焦るわな。ていうか女の子2人とか普通に持ち歩いちゃだめでしょ。
「あー、驚いてるみたいだから降ろしてあげて」
「え、あーごめんごめん。可愛かったからつい」
ついで2人も抱えちゃだめです。
2人は降ろされると、由香里ねーさんの顔を見つめている。
「マリアより綺麗な人なんて居たんだ」
「これメイクしてないよ、ナチュラルボーン美人だよ、ありえないよ」
……そうなのか? 俺は由香里ねーさん確かに見慣れてる分はあるけど、そこまで美人なのか?
いや美人ってカテゴリど真ん中にいるのは判るんだけど。性格を知ってる分マイナス評価しちゃってるんだろうか?
「やだ、そんなに褒めても何もでないよ?」
って言いながらポケットから飴ちゃんだして、メイファたちに渡してる。おばちゃんか!
その後、美味しそうに飴を舐める彼女たちの制服を由香里ねーさんは合わせながら調整してくれた。ルエラを表に出さない分、彼女らを店の中で目立たせようと遠征に出る前に作ってもらえるように頼んであった物だ。ちょっと和風テイストの女中さんスタイルだ。これもあまり見ない装束だし、この子らも結構可愛いからいい看板娘になってくれるだろう。
将来的に、店でいい人に見初められて、どこかに嫁に行くのもいいかもね、なんて取らぬ狸すぎるか、まだ。
「それじゃあ、最終のシミュレーション始めるか」
ルエラはその言葉に静かに頷いた。平時3人プラス洗い物くらいで回せるのかどうか、店内のテーブルは4つ、それぞれ4人掛け。カウンターに7席。
「私、あれ読めないんだけどさ、メニューってひとつしかないの?」
と壁に木の板に書かれたメニューを見て、由香里ねーさんからの質問。ああ、文字は読めないのか。俺の完全言語能力とは違うんだな。ちなみにランドタートルのお好み焼きのみを最初はメニューにしてある。将来的に鉄板で作れる料理は増やしていってもいいだろうけど。
「うん、オコノミヤキ1枚1銀貨って書いてある」
俺はお好み焼きといったはずなんだけど、オコノミヤキという単語になってしまっていた。こちらの世界に無いから上手く翻訳されなかったのかもしれない。世界でここしかないオンリーワンだし、まあいいよね。
1枚1銀貨は、原価からするとかなりボッタレベルなんだけど、まあ原価に俺の特殊能力料金を加算してないってのもあるが。1皿1銀貨で子供達でも清算しやすいのと、売れなかったらその時考えようというお財布具合が良すぎて適当に決めた値段だから。
「飲み物ださないの?」
……あ、完全に忘れてたわ。最初マリアさんと相談したときは、小さな屋台で想定してスケールアップした話だったから店として必要なものとかすっぽり抜け落ちてた。
「あはは、やっぱ忘れてたか。雄介さん心配してたから多分連絡すればすぐビアサーバもってきてくれるよ、グラスつきで」
あっちの酒をここで提供しちゃっていいんだろうか……、麦もこっちにあるし、エールもあるのは知ってるからビールくらいなら何とかなるか? しかし今からこっちで用意するとなるとまた準備期間が延びてしまう。ここは背に腹は代えられないか。
結局兄貴に頼むことにした。決め手は
「ゆっくんの好きな○リンの生飲めるよ?」
という由香里ねーさんの悪魔の誘いだった。すぐにゲートで日本に戻り、兄貴の携帯に連絡を入れた。1、2時間もしないで倉庫の方に届けてくれるという話だ。話が通ってたとは言えありがたい。
俺はその間に、2階の手直しにきた棟梁に頼んで、2階の棚のあたりから電源コードを通す穴と、キッチンの導線を邪魔しないようにビアサーバーを設置する場所と、大量のジョッキを置いておくための棚を用意していく、明日には開店したいと思っていたから突貫作業だ。
「あーお嬢さん、ビールサーバーの設置に来たんですが、お父さんかお母さんは居られるかな?」
「えっと、両親は出かけてるんで、すべて倉庫の方に入れておいてもらえますか?」
「あのセッティングとかあるんですけど」
「大丈夫、バイトでやったことあるんで大体判りますから」
そんな失言をして、営業車ですっ飛んできたお兄さんを驚かしてしまった一幕もあったのだが。なんとか無事に俺はキ○ンのビアサーバーを手に入れることができた。サーバーはレンタル契約せず、買い取らせてもらって、炭酸ガスとビールは随時納入してもらう予定だ。こうなると二階にゲートがあるのがちょっと大変になってしまうな。由香里ねーさんが居たらホイホイ運んでくれそうだけど、それもそのうち考えよう。まあ一日で何回も交換するものでもないしな。
「ご主人さま、楽しそう」
「なんか変な笑いをしておるな、しかしこのグラスは綺麗だの。盗まれたりせんか心配じゃな」
セッティングをひーこら終えて、炭酸ガスの調整などに手間取って綺麗な泡が出なかったり。なんどかあちらの世界にいってぐぐっては調整して、やっと綺麗な泡と金色のコントラストが出来上がったらなんかリスティに突っ込まれたように変な笑いが出てしまった。
ああ、目の前にあるこのグラスを飲み干したい……。
「ゆっくんは今はホスト側だからダメだよー。これはルエラさんだけじゃなくてメイファとミツハも出来るようになってね。ルエラさんは最終的に交換まで出来るようにならないとだめだけど」
と、俺の目の前でうわばみねーさんの喉に吸い込まれいった…… あああ。
このグラスを扱うのが怖いと言われたけど、俺の世界では消耗品だ。いくらでも補充がきくから心配せず割ってくれ、と目の前で床に叩き付けて砕いたら半泣きになっていた。
彼女たちの中では、とっても買えないレベルの物という認識だったらしい。ガラスはまだ流通は少ないがあることにはあるらしいからどうも価値が高いらしい。
いや、でも最初に片付け方から知っといたほうがいいだろう、手で持ったら危ないとか教えておかないといけないしね、彼女らにはない知識だから。
今日は彼女らに衣装を着せて、俺達を相手に接客の練習をしているので、いつものように店の外には様子を見に来る人々で一杯だった。まあドアに近日開店と書いて張ってあるし、みなため息をついて去っていくのだが。そのドアがばっと開かれて、俺たちはちょっと驚いた。まさか乗り込んでくるのが居るのは思わなかった…… と見たらそれは見覚えのある2人だった。
「ってやっぱりここか、ユキおまえいつになったらギルド来るんだよ? 2人で待ってても来ないから迎えに来たぞ」
「あの……おじゃまします……」
入ってきたのは、リックとメイムちゃんだった。あっと、こっちに忙殺されててギルドに行く用事とか完全に忘れてたわ。
「よく判ったね、ボクがここに居るって」
「えっと、リックくんがユキさんがこっちにいるって歩き出して、そうしたらここの看板を見たんでもしかしてと思ったらリックくんがドアを……」
「俺なんとなくだけど、ユキがどっちに居るか判るようになっちまったからな……、なあ、この匂い何なんだ? みんなこの店の前で凄い気にしてたけど」
ああ、看板見れば判るのか。あのマークはこの世界では俺のトレードマークになってしまったからなあ。ってリックが俺の位置が判るってさらっと言ってるけど、リスティみたいにリンクが繋がっちゃったんだろうか?
まあ、その辺りの検証も後でいいか、今は腹ペコ風な2人にお客さんになってもらおう。
「今開店のテスト中なんだ、待たせたお詫びにサービスするから食べていってみてよ」
「いいのか? 正直すげー腹減ってたんだよ」
「ユキさんの料理なら美味しそうですね、私もいただきます」
と、2人を客にして接客テストを再開した。ご自由にお使いくださいと壷に入れてあったカツオ節の香りにメイムちゃんが目を輝かせて暴走したり、リックが3枚をペロリと食べたり、いろいろあったがなんとか明日には開店に漕ぎつけられそうだ。




