72話 帰る場所
見張りをルイさんとフォルドに交代し、メイムちゃんと俺は同じテントの中で休むことになったが、あの焚き火での会話以降お互いにお休み以外の言葉は発しなかった。
俺も疲れていたのか、そのまま眠ってしまい、朝方リックにテントの外から声を掛けられて目を覚ました。
「今日は早めに出発するから、そろそろ起きて準備しろってさ。起きたかユキ、メイム?」
「ああ、リックありがと。準備するわー」
と答えて、俺はちょっと落ち込んでいた。あの上半身付き大蜘蛛のマナを吸収したときのように、こんなテントでメイムちゃんの近くで、サンが元気になっちゃったらどうしよう!! なんて寝る前はそんな未来図を心配していたのだが。それが杞憂だったと元気のないサンが教えてくれたから。昔読んだ格闘漫画のトレーナーの台詞をサンに聞かせてやりたい。ヘイボーイ、立って戦いなさいと……。
まだうにゅうにゅ言っているメイムちゃんに声を掛けて、俺はテントから這い出した。目の前で、リックがまたゆっくりと大剣をなぞるように動かし、鍛錬しているようだ。
「お、出てきたかユキ。えっと、ちょっと見てくれよ」
と、少し離れた所に連れて行かれ、細い潅木の前でリックが目を閉じる。ん、まだ遠いんじゃないか? と思ったがリックが剣を横なぎに払うと白い光が剣先から溢れ、少し離れていた潅木も音もなく切れて倒れた。うわ、なんだそれかっこいい。リックは左手で鼻の上を擦りながら、ちょっと嬉しそうな顔だ。
「あの場では言わなかったけどさ、ユキと剣を突き刺したとき、あのオーガからすげー力が流れ込んできたんだ。そしたらさ、身体に力が満ち溢れてこんなことも出来るようになった」
と剣から白い光が漏れ、力がみなぎっているのが判る。先日みた剣舞よりも、するどくそして軽やかに大剣を持って舞ってみせてくれた。
「俺さ、まだ未熟だけど。ユキ、いや勇者の剣になれるようにもっともっと強くなる。……だから待っててくれよな」
俺は予想外の展開に面食らって何も言葉を発せられなかった。あの行動に、そんな意図はまったくなかったのに。俺が力を分けたと目をキラキラしているこの少年剣士の思いが重い……。
「……ああ、期待してるよ」
「まかせろ!! 俺が魔王だろうと全部ぶったぎってやるからよ」
といって気持ちいい笑顔を向けてくる。もうリックが勇者でいいんじゃないかな……。オレはガラじゃないのは判ってるし。
撤収準備を終えた俺達は急ぎイパナに帰ることになった。
「慌しいことになったが、あとは帰還するのみだ。申し訳ないが行きの時のペースというわけには行かないからな、できるかぎり早くイパナに戻れるように皆も協力して欲しい」
というカーネルさんの言葉に、オーガの件があったので、了承して帰路を急ぐことになった。もう居ないとは思うが、あれがゴブリン並に襲ってくるとしたら脅威だからな。オレもよくよく森の中に引き込んで戦わなかったのを後悔した。一度あいつらの戦いを見た今なら、森の中なら木々を使ってノーダメージで倒せたと思う。
イパナへの帰路は、カーネルさんの宣言通り、野営も最低限そして明るいうちは常に移動という強行軍となった。人の足での移動なので、それほど早くなったという感じもしないのだが、これもギルドへのできるだけ早い報告をするための行動なので誰も文句は言わなかった。いや、あそこから離れたいという気持ちも素直にあったかもしれないけど。
リックなんかは次は一対一でぶった切ると息巻いていたが、いやそれはまだ気が早いんじゃないかと思ったがその意気やよしということにしておく。まあ多分将来的にっていう修行込みの目標だろうし。
イパナの街に帰ってきたのは、予定より半日ほど早い研修7日目のお昼前だった。本来なら夜について解散という予定だったので、3日の行程で半日早められれば上等と思う。
イパナのギルドに付くと、皆、最初にあつまった部屋で待つように言われる。俺はいつものペースより遅いくらいだったので平然としていたが、他の皆はイスに座って割とぐったりしている。
ドアが開き、エリンのおっさんでも飛び込んでくるのかと思ったら、予想外の姿がそこにあった。
「皆さん、お茶をどうぞ」
と、入ってきたのは白メイド服のユリアナだった。また今日はえらいカップが乗ってるのに微動だにしないお盆を右手に持ちながら、俺の顔を見ると嬉しそうな顔になったが、またおすまし顔に戻って皆にお茶を配っていった。皆、お茶を飲み、一緒に渡されたクッキーに齧りついて目を輝かせている、今日はオ○オか。メイムちゃんもそのほろ苦さと甘さのハーモニーに笑顔になっていた。
そしてオレの所まで来ると、お茶を置いて、そのままお盆を抱いてこちらを見つめている。俺は、いつものようにユリアナの頭を撫でながら、
「ただいま、ユリアナ」
と言うと、ぽたぽたと涙を零しはじめた。あの出会い以降、こんなに離れた事なかったもんな。他の皆の前で声をあげて泣くわけにはいかないと行った感じのユリアナの頭を抱き寄せると静かに嗚咽を始める。ちょっと前から気になっていたユリアナの俺への依存、不安定な状態だったユリアナだから仕方ないと思っていたが、これも正常な状態ではないんだよなあ……。
みな泣き始めたユリアナを気付いてはいても、俺に任せてくれるのだろう気付かない振りをしてくれている。短い道中ではあったけど、みな気のいい人たちでよかった。
「じゃあ、リスティが教えてくれたんだ?」
「ご主人さまがもうすぐ帰ってくるよって。だからユズさんに頼んでまってたの」
歳相応な喋り方に戻ってしまったユリアナの頭を撫でながら話を聞いてあげていると、カーネルさん、そしてユズさんを従えたエリンのおっさんが入ってきた。
「あー、皆聞け」
とカーネルさんが部屋の雰囲気を正すように声をあげると、エリンのおっさんがそれに割り込んで話し始めた。
「研修はもう終了だ。皆ご苦労だった、そのままラクにしてくれていい。想定外のトラブルもあったようだし、それに関する報告もカーネルから受けている……大変だったな」
と、ユリアナを抱いたままの俺の方を見て、頭を掻いているが。
「オーガ討伐組は話を聞かせてもらいたい。が、今日はもう疲れているだろう後日ギルドの方に来てくれ。褒賞などに関してもその時にさせてもらう」
お前は大変だろうしなみたいな目で見られたが、俺とユリアナの関係はどう思われているのかちょっと悩ましい所だが、まあ厚意はありがたく受け取っておこう。
「では、みな新しいギルドカードを受け取って解散だ。研修担当を受けておきながら、不甲斐ない教官ですまなかったな」
そして、年長組は、カーネルさんに頭を下げ、ユズさんにギルドカードを受け取ると俺の方に来て、何も言わずに頭にぽんと手を置いて部屋を出て行った。ん、気を使ってくれてありがと。
リックは軽く手を上げ、メイムちゃんは俺に深くお辞儀してから部屋を出て行った。
「じゃあ、ボクたちも帰ろうか?」
「うん、じゃなかった、はいユキさま」
と泣き止んだユリアナを立たせる。そういえばルイさんが壁際に袋を置いていったが、これはまさか……。袋の中を調べようと近づいたら、嫌なにおいがしたので速攻時間停止を掛けて、バックに放り込んだ。ルイさん、こんなヤバい匂いするもの普通に持ち歩いてたのかよ……マジ恐ろしい人だ。つかこれどうすればいいのよ……。
そして出口で待っていてくれた笑顔のユズさんに新しいギルドカードを手渡される。前とは違う色になったギルドカードを手にした。これでEランクユキちゃんか……、なんか思ったより大変だったな。
「お待ちしてましたわ、ユキさん」
と、出たところで急に声を掛けられてそちらを向くと、ジュリエッタが軽くスカートの裾をつまんで挨拶していた。緩やかなウェーブの金髪がふわっと揺れて、本当にジュリエッタはこういうのが様になるなあと思う。
「久しぶりだね、どうやってここを?」
「その辺りの話は後ほどで宜しいでしょう? 皆待っておられますよ」
どうやらリスティが居るのを知っているようだ。あれもしかしてルエラの事も……
「まだご挨拶してない方がおられるので、紹介していただけるんですよね?」
と可愛らしく微笑む。これは知ってるんだね……、俺は逃げ出したい衝動に駆られたが、ユリアナが引っ付いている右腕とは逆の左腕に抱きつかれてしまった。
「さて、参りましょうか」
……あれ?
「なんかジュリエッタ、少し大きくなった?」
「はい日々成長しておりますから。いつでも頂いてくださいね」
と言って強く左腕に抱きつく。いやそっちじゃなくて背の方なんだけど
俺達のこんな様を見て、後ろに控えていたユズさんが上を向いて首とんとんしてる姿が認識に映った。やっぱりダメだ、この犬耳お姉さん。
説明が悩ましいが、やはりまずは帰ろう。俺達はギルドの中を抜けて、大通りに進む。ものすごい視線を集めてるけど、もうどうにでもなりやがれ。




