67話 事故紹介
「ああ? 2階に風呂作るって本気で言ってるのか?」
「出来ませんか?」
と大工の棟梁にお願いしてみる。見た目コワモテだが、マリアさんの頼みでこの急な仕事を請け負ってくれた評判の棟梁。ちなみにマリアさんに筆おろしされるまでDTだったらしい、おう同志よっって思ったけど、まだDTだったわ、俺は。
ほれた弱みではないが、今回のルエラの話を聞いて格安で受けてくれたらしい、らしいってのは正確な金額をマリアさんが教えてくれないんだよね。
「俺は出来る出来ないをいってるじゃねえ、お前らが住むなら大変だろ? って言ってるんだよ」
俺の後ろで、間取りや店の導線を確認しているユリアナとルエラ。他の大工さんの仕事のジャマをしないようにとは言っておいたが、なんか可愛がられてるし問題ないのかもしれない。
「大丈夫です。魔法でなんとかしますから」
「ああ、魔法使いなのか、なら判った。排水を下水に流せるようにすればいいんだな?」
「それでお願いします」
明日には、研修に入ってしまうのである程度目鼻を付けて置きたかったので作業を見に来たんだが、彼女らとこの棟梁に任せたら大丈夫そうだな。
1F部分の元のルエラの家の部分も改装して料理店にして、2Fを増設して居住エリアにすることにした。なるべく生活エリアに人目が入って欲しくないからね。
なので生活エリアの完成まではちょっと掛かりそうだ。研修から帰ってくるまでに、ある程度できてる感じだといいんだが。
研修を翌日に控え、俺たちはマリアの娼館のいつもの部屋で向き合っていた。
「じゃあ、明日からボクは研修に出かけるけど、その間にして欲しいことがある」
「「はい」」
ユリアナとルエラの声が重なる。
例の壷に入れた○タフクソースをルエラに渡す。
「これ、あのタレだけど、これを使わずに出来るだけ近いものを作り上げて欲しい。もちろんスグじゃなくていい。ボクが帰るまでに作れなんてムリな事は言わないからね」
タレの深みを知っているルエラたちが、俺の要望にちょっと驚いて眉を困らせていたので、焦っていない事を伝える。
もちろん店のスタートはこの○タフクさんで始めるつもりなんだけど、できたらこの世界の素材でこれを作り上げて欲しい。ある程度のヒントは教えるつもりでは居るけどね、ちなみに俺は再現しろって言われてもムリだと思う。
だけどこんな事を言い出したのはルエラの為だ。彼女の料理の能力はユリアナにも劣らないと思う。だからこそ、こんなおんぶにだっこじゃ勿体無いし、彼女の為にもならないと思ったから。こちらの素材で作れば、真似る店とかが出てくるのも面白いと思う。
「料理の事考えてるときのルエラはかっこいいからさ。期待してる」
って言ったら彼女の白い肌が次第に真っ赤になってドアから逃げ出してしまった。壷を持ったまま階段を駆け下りて、キッチンに向っている。ちょ、気が早い。もう夜更けだって言うのに。
「あー、ごめんユリアナ。明日からにしなさいって止めてきて」
と言ったらユリアナは笑顔で向ってくれた。
ちなみに、また今夜も寝るときに、キスを要求されてしまい要望に負けてしまった。これは常態化ですわ……。
「じゃあ、行ってくる」
と、俺は3人に伝える。
「またこんなに便利に使うとか、本当にユキはエルフ嫁使いが酷いのじゃ……」
「ごめん、リスティしか頼れないんだよ」
主に念話的な意味で。だが、その思いは上手いこと伝わらず、リスティは白い肌を赤く染める。
「しかも7日もここに閉じこもっておれとか。……で、わらわには無いのか? 判っておるのじゃぞ? そのルエラの事も」
と、ちょっとルエラに目線を投げたあと、俺の前にしゃがみ上目づかいで見てくるリスティ。そして、頬を突き出してくる。
俺はリスティの肩を抱き寄せて、唇を重ねた。リスティの目が見開かれ、その感情がオーバーロードしてこちらにも流れ込んでくる。あはは、混乱してる。
「い、いきなりとか。あんまりじゃろ」
と真っ赤になって抗議してくるリスティの頭をぽむぽむ。
「あはは、大好きだよリスティ。じゃあ2人を頼むね」
「うにゅぅ…… 任されたのじゃ……」
しおらしくなったリスティの面倒をユリアナに任せて、俺は彼女達に手を振って冒険者ギルドへと向った。私は? みたいな目で見るルエラの視線に気付かないフリをしながら。
俺は昨日の夜交渉して、今朝リスティをこっちにゲートで迎え入れた。リスティは俺と連絡が取り合えるからマリアのねぐらに居てもらって、なにかあったら連絡を入れてもらえるように。くれぐれも自分でなんとかしなくていい、まずは連絡と言い含めておいたが、あのキスで変に奮起しないと良いが。まあ、勢いでキスした俺も悪いか。
どうでもいいことだが、あれは俺のファーストキスではない、俺の最初を奪ったのは由香里ねーさんだ。兄貴の彼女のくせに。
俺が子供の頃に可愛い服を着せられて、その姿に感極まったのか抱きついてキスされたのだ、兄貴の目の前で。あの人はほんとフリーダムすぎて困るわ。
朝のギルドは初めてきたが、本当にこんなに居たんだってくらい冒険者たちが依頼版の前で、出された依頼の前で押しあいへし合いしている。
すると中から一人の男性がこちらに気付いて近づいてきた。
「妻が喜んでいた、ありがとう。お礼が言いたいから今度うちにつれて来いと大騒ぎだ」
と、ジュウド氏が笑いながら話しかけてきた。そのまま軽く挨拶して、奥に向う。
ドアの前に立っていた身体に似合わない大剣を背負った少年が話しかけてきた。
「おまえも今日の講習受けるのか? あの斬岩のジュウドと知り合い?」
と目を輝かせている。
「うん、ちょっと知り合い。この前仕事を手伝ってもらって」
「すげー、羨ましいぜ。ジュウドさん、アルガードでも有名な冒険者なんだぜ?」
と一緒に奥の部屋に向う。
「あ、俺はリックだ、よろしくな」
「ボクはユキ。研修良く知らないからよろしくね」
今日から正式にボクっ子にシフトだ。最悪バレた時に言い逃れできる要素を作り出しておかないとね。
この前会議していた部屋にはもう先客が待っていた。少し年上っぽい男女のペア、壁に寄りかかってこちらを見ている男。そして、ローブを着た俺と同い年くらいの少女だ。誰も喋らず、お互いをチェックしているようだ。リックも部屋にはいるとなんとなく喋らなくなり、用意してきた荷物を降ろしてその上に座っている。
「諸君、元気ないな。そんな事じゃ上は目指せんぞ?」
と大きな声を出しながら、体格の良いおっさんが入ってくる。エリンのおっさんが講師なのかな? とか勝手に想像してたが違うみたいだな。
「俺は、今回の研修の指導官のカーネルだ。じゃあまずは移動しよう」
と、彼に先導されてぞろぞろと進む。あれ、外にでるのか。
通用門からでてぐるっと回った所に、広い塀でかこまれたエリアがあった。訓練場かな? 奥に藁を巻いた杭などが見える。
「まずは自己紹介をしてもらおう。これから7日一緒に過ごすんだ、得体の知れない仲間じゃ信頼できんだろ。自分をアピールしてみろ」
と、訓練場の中ほどにある藁人形を指し示すカーネル氏。なるほど、それでこの訓練場な訳ね。
「じゃあ俺からな!! 俺はリックだ。剣で身を立てたい」
と背中から大剣を抜き、まっすぐに構える。しかし、藁人形には切りかからずゆっくりと大剣を振り下ろしたり、横に凪いだり、そのまま突きに転じたり。そしてまた大剣を背負った。
「俺が斬ったらぶっ壊れちまうからな」
彼の重そうな剣があの動作でぶれなかった所を見ると、それも誇張じゃないように思えた。
「俺達は、ミルとルイ。双子だ」
なるほど、見れば面立ちは良く似ている。ただしその顔立ちは男前な感じであったが。2人はそれぞれ弓と細い剣で藁人形の藁を散らした。2人の息のあったコンビネーションがウリってトコなのかな。
「フォルドだ」
と、すっと藁人形に近づくと、手に持ったナイフをその首に当てた。そしてやれやれみたいなポーズでまた壁際に戻っていく。なんだそりゃみたいな空気が漂ってるが、あれはなかなかやる男だろう。やらない男っぽい容貌なんだが。
「メイムです、炎を扱うのが得意です」
と皆に向かってペコリと頭を下げる。その深く被ったローブからちらりと覗いたのは……ネコミミ!!!! 俺は緊急で空間認識を彼女にピントを合わせて360度一部の隙も無く監視する。ちなみに下部の視点から確認したところ、ピンクの下着の上から伸びるしっぽの色から彼女は黒猫系だと思われる。ローブ脱いでくれないかなあ……、耳の生え際とか超見たいしもふもふしたいんだんだけど……。
メイムちゃんは、その杖を人形の方に向ける。人形が燃え上がるのかと思ったら、その周りに散らばっていた藁だけを燃やしたようだ。なかなかのコントロールである、素晴らしい、ハラショー。
俺はもうメイムちゃんから目が離せなかった。猫人族の里の近くまできて足止めを食っていたので俺はもう、もう……。
あれ、みんなの視線が俺に集まっている。
「おい、ユキ?」
リックの声で目が覚めた、そうか俺の番か。マジすいません、暴走してました。
「えっと、ボクはユキです。魔法使いです」
用意してあった杖を藁人形に向ける。そして杖の中に仕込んでおいた溶けた銅の時間停止を解くと杖の先端につめておいた木の栓が水蒸気に砕かれながら轟音と共に藁人形に叩き込まれる。俺は反動がここまできついと思ってなかったので、ごろごろと後ろに転がってしまった。うう、おぱんつ見られたかもしれない。だが、だれもこっちを見てなかったようだ、ラッキー。
「お前……今何したんだ?」
と恐る恐るリックが俺に尋ねる。
「……水魔法?」
「「「「うそつけ!!」」」」
皆の声がハモった。
ウッドチップみたいなもんだからと思ったが、これは確かに酷い。ずたずたに引き裂かれた藁人形を見て、俺はもうちょっとテストしておくべきだったと少し後悔した。




