66話 居場所
「ユキさん、お待ちしておりました」
と、娼館の前で待っていたルエラに出迎えられる。中に入ると、そろそろ食事の時間らしく子供達が用意を始めていたので、ユリアナとルエラの2人はそちらに合流しキッチンの方へ向った。
カウンターの奥に置かれたスツールに、マリアさんが座って待っていた。その目で促されるままに、俺は昨日ルエラと眠った2階の部屋へと向った。
「あんたさ、ルエラをどこまでたらしこんだの?」
「いや、されるがままになってただけで特には何もアクションしてないと思うんだけど」
「ルエラはね、今まで誰にも何も言われなくても、ここの仕事を手伝ってたんだ。皆が嫌がるようなことでも熱心にね。それが今日になってみればもう仕事は手に付かないわ、ため息ばかりだわで。いつもなら手伝ってたここの夕食すらあんたらが帰ってくるまでノータッチだったからね」
娼館の前で待っていたルエラの、俺の姿を見る前の迷子の子猫のような怯えた様子と、俺を見つけた後の安心しきったような笑顔を俺は空間認識で把握してすこし気に掛かっていたんだ。
思い当たるのは依存か。もう失ったと諦めていたルエラの場所をルエラからアプローチしてきたとは言え受け入れてしまった俺。光が無かったところに光がさせば、人はどうしてもそちらに向ってあるいてしまうだろう。
「……居場所、作ってあげないといけなそうですね。あ、そこでマリアさんにちょっとお願いがあるんですけど」
と俺は思いついた案をマリアさんと相談し、食事の準備が出来て呼び出されるまで話を煮詰めていった。
夜は、ベットを二つくっつけて3人で寝ることにした。ユリアナはいつものエアマットをぷかぷかと膨らませ、ルエラはユリアナのぷかぷかしながらの指導の元、俺の着替えを手伝ってくれる。
手伝ってくれるのはもうユリアナで諦めたから良いんだけど、合間にさわさわと片手でサンに触れるのはイケナイ。ユリアナの前でそういう行為は禁止だと、あとで言っておかなきゃなあ。
なんとか寝る仕度が終わり、俺達は川の字になって眠ることにした。真ん中が俺で、左右にルエラとユリアナが眠る。ユリアナがトイレに離れた隙に、ルエラにしっかりと言い聞かせて今日はそういう事はなしである。ちょっと寂しそうな顔をしていたが、頬にキスをしてあげたらにこにこと寝始めた。が、ユリアナがじーっと俺を見つめて眠らないので、諦めて額にキスしてあげるとユリアナも眠りに付くのだが……、これまさか常態化しないだろうな? 俺はちょっと先行きに不安を覚えながら目を閉じた。
朝起きると、朝食の時にマリアさんがコンタクトを取ってきた。
「話はついた、どうする?」
「もうですか、昨日の今日で早いですね。もちろんお願いします、仮設できればいいです、支払いはどうします?」
「私が声掛けて動いてくれたから、後で大丈夫よ。予算は先の通りでいけそう」
ユリアナとルエラもそこにいたが、元の話がわかっていないので頭にハテナマークが浮いている感じだが、まあ直前までは黙っておこう。
次の日のお昼すぎ、俺はヒマそうな子供達を数人つかまえ、ダイニングに集まっていた。
「それでは本日の夕食の準備を始めたいと思います。ユリアナ、メニューはアレな?」
「アレ? ですか。あ、はい判りました。メインの具はどうしますか?」
ユリアナさんは本当に察しが良過ぎて助かる。しかし性的な方面で、無知を貫いているのは、もしかして俺がそう在って欲しいからとか思ってるからなのかとか怖い考えになりかけたのでやめた。
「具材は、ここらで手に入りやすいもの、市場で適当に野菜とあわせて集めてきてくれ。あ、何人か子供連れてってね」
「了解です、ユキさま。じゃあ買出し部隊行きます、メイファ、シュリ、ミツハ行きましょう」
と、ユリアナは3人指名して連れて行った。うむ、ワリと子供の扱い上手いよなあ、ユリアナ。スリアの街でも子供たちのリーダー格になってたし。
「ユキさん、わたし達はどうしたらいいですか?」
「じゃあ、これの皮を向いてルエラ摩り下ろして? あとの子たちはこの壷に水を井戸から運んできてね?」
「ユキさん、これ……山で取れるお芋ですよね? この時期とれましたっけ」
「それは今は秘密。知ってるってことは扱い大丈夫だよね?」
「はい、おまかせください」
ルエラは山芋の皮を剥いておろし金ですりおろし始めた。俺はキッチンの方に
『じゃあ、由香里ねーさん、貰うね』
『そんな大きい鉄板通るのに、まだ私は通れないのかな? ゆっくん』
『由香里ねーさんが、この板くらいぺったんこになれば通れるよ?』
というと、由香里ねーさんは自分の胸を見ている。いやそうじゃない。ゲートの広さ自体は変わってない、それを平らに変形させて鉄板を通しただけなんだよ。
『じゃあ、頼まれてたタレとかのお好みセットはここに置いておくね。ゆっくんのせいでうちのメニューもそれになっちゃいそうだよ。雄介さんがなんか張り切ってるし』
と、ずっしりと重い鉄板を俺は由香里ねーさんから受け取った。あれ? 今由香里ねーさんこれ自分で運んできてなかったっけ?
『ふふふー、わたしもぱわーあっぷ中なのだよ』
と笑ってるけど、兄貴と一緒になんかトレーニングでもしてるんだろうか。マジで来る気まんまんなんだなあ。
日本から取り寄せた鉄板を、かまどの上に据え付ける。レンガとか使って上手いこと高さを調節しておく。そう、おれはお好み焼きが食べたくなったのだ、猛烈に。一昨日むかごをもりもりと食べて、発作を起こしたともいえる。
「ユキさん、すり終わって水も運んできましたけど。ってかまどがなんか凄いことになってますね」
とドアを開けて、ルエラが入ってくる。
「あ、ルエラ。この鉄の板を軽く水ぶきしてからかまどに火を入れて焼いてくれ」
「わかりました。新品のナベと同じ感じでいいんですよね」
「ユキ様、もどりました」
と、ユリアナたちが野菜と具を買って帰ってきた。
「肉が意外と安く手に入りました。あと鶏卵もかってきました」
すまん、忘れてた。ユリアナマジ感謝。
ユリアナが連れて行ったちょっと年上部隊は、野菜と肉のカット。うちに残ってた小さい組は、大きな壷に入れた小麦粉に鶏卵と山芋と水を混ぜ合わせる仕事を割り振って皆で作業を進めた。俺はタネのネバリをチェックする作業を……。ってサボってないんだ。仕事が足りなくなっただけで。
「ルエラ、今日はユリアナがやるから手順を良く見ておいてくれ」
「? はい、わかりましたユキさん、お願いしますねユリアナさん」
と、ユリアナはみなの前で流れるように作業を開始した。本当に、家事に関しては神がかってるなユリアナは。脂身で鉄板に油を引き、肉を鉄板の上で焼き、混ぜ合わせたタネを拡げて焼いていく。
程よく色づいた所で、ヘラでひっくり返して反対側も焼きを入れる。ってなんか周りの子供達の表情が暗いな。
「美味しそうな匂いがしないんだけど」
と子供組の中で一番おねーちゃんっぽいシュリがガッカリした感じでつぶやき、周りの子等もなんとなくそれに同調しているようだ。フフフ、まだココからなのだよ。ユリアナ、GOだ!!
俺の心が伝わったのかわからないが、ユリアナは壷からはけに付いたタレを綺麗に塗っていく、そして端からこぼれたソースが鉄板にじゅうと音を立てて香りを立てたとき、周りの子供たちの目が輝いたのが判った。その後ユリアナは、マヨで綺麗な格子模様を描いて用意してあった大きな皿にそれを載せたのだった。
「よし、まずは手伝ってくれたキミらからどうぞ」
と鉄ヘラで切り分けて、子供達の皿に乗せていく。みんな匂いを嗅いでたまらなくなったらしく、我先にとかぶりついた。
「はふ、はふ、何これ、何この味? 美味しい、美味しい」
「この美味しい。なに混ざってるのかわかんないけど、美味しい」
「たれ うま」
と先ほどつまんなそうに見ていたシュリたちが、熱さと美味しさに目を白黒させながら食べている。
「いっぱい作れるからあせって焼けどしないようにね? 美味しくたべれなくなっちゃうからね」
ユリアナは指示を飛ばさなくても、どんどんと焼き上げていく。俺も途中で子供達の合間を見て、食べる。青ノリと紅ショウガが無いのがちょっと寂しいが、それはおいおいかな。ユリアナの俺の好み外さない能力は遺憾なく発揮されているようで、とてもおいしく頂きました。
「そういえば、ユリアナ? この肉はなんの肉?」
「ランドタートルという草食のカメさんだそうです」
カメかー。食べたこと無いものが来た。クセがなくて程よい歯ざわりでこれはいいかもしれない。安定供給されるならよさそうだな。
しかし、この何を混ぜてもなんとなく美味くなってしまうお好み焼きはなかなかチート食品だな。いや、チートはむしろこの○タフクソースの方か。
ちなみにルエラは、ユリアナが焼き上げていくのを見ながら、端っこの方を味見しながら真剣な表情を浮かべている。ふふふ、いい傾向だな。
「これかい、あんたのやりたかったのってのは、見てくれはあまり良くないが美味いし、物珍しいってのがデカそうだね。こんな料理みたことないし」
といつの間にかマリアさんら、仕事前の娼婦のお姉さんたちも混ざってのお好みパーティとなっていた。みな少しづつ具を変えていくユリアナのお好み焼きを喜んで食べていく。これならいけそうかな?
「ああ、ちなみに大工のおっさんらが張り切ってくれてね、あらかた手は入ったそうだ。見てきたらどうだい?」
タネを焼き終わって、最後の一枚をユリアナに食べさせてから、俺は片付けを子供達にお願いしてルエラ連れ出した。
「あの、ルエラ。申し訳ないんだけど、場所を知らないんで君の家に連れて行ってもらえるかい?」
ルエラは一瞬表情を曇らせるが、にこやかに了承してくれて俺達を元住んでいたという店に連れて行ってくれる。
「もう、家といってもいろいろ焼けちゃってますし。土地ももう他の人の手に渡ったとお姉さんたちに聞きました」
と、少し寂しげに教えてくれる。そんなあまり人通りのない街灯のついた裏道を、3人で歩く。
「この角を曲がった先です。そこの大通りに面した角が私の……え?」
そこには焼けた木材を全て取り払い、骨組みが見えるものの店の体をなしている建物が見える。
ルエラが思い描いていた光景はそこには無かったようだ。何かを失ったような表情のルエラ。その瞳から静かに涙が零れる。
「人の手に渡ったというのは聞いていました。でもこう見てしまうとダメです……ごめんなさい……わたし……」
「……ボクが買った」
ルエラと、それに同情して涙を流しかけていたユリアナの瞳が驚いてこちらを向く。
「ボクが買ったんだ、この土地も家屋も。で、ここにお店を立てようと思う。さっき作ったアレをここで振舞う」
ルエラをまっすぐ見つめながら。
「どうだろう、楽しそうだと思わないか? みんなが知らない料理を振舞う不思議なお店。さっきのみんなの笑顔が溢れるんだよ、楽しくないはずがないと思う」
ルエラはまだ判ってみたいだな。ユリアナはもうわかってニコニコしてるのに。
「ここでお店をやってもらおうと思う。ルエラ、出来るよね?」
ルエラの瞳がコレでもかと見開かれ、そして静かにまた涙が流れ始めた。
「……そんなの……楽しくないわけないじゃないですか……もう全部失ったと思ったのに……もう居場所なんてなくなってしまったと思ったのに……なんなんですか。ユキさんはなんなんですかっ」
と泣きながら、俺の胸に飛び込んできた。
「ボクはキミを守ると決めた。君の居場所を作るのはボクの仕事だ」
と優しく髪を撫でてあげると、ルエラは声をあげてわんわんと子供のように泣き出した。
周りの店の人はなんだなんだと外に出てくるが、声をあげて泣いているルエラを見てもらい泣きをしている店の人たちも居た。先にマリアさん経由で、ルエラの店を開くと根回ししてあった甲斐があったな。話を聞くと、身を隠したルエラを心配している人は沢山居たようだ。これだけの子がみんなから嫌われるなんてありえないよね。
まだぐすぐすと泣いているルエラをおんぶしながら、また娼館の方に戻る。あそこには住むことはまだできないからね。
「大丈夫よ、ゆっきーが守ってくれるから、もう泣かなくてもいいのよ?」
と、いつの間にかフローリアがルエラの頬に擦り寄りながらいつものぽむぽむもーどに入っていた。
ルエラもフローリアに認められたみたいだな、実は姿を見せないからちょっと心配してたんだ。もしかして泥棒ネコ!! とか言い出すんじゃないかと。
フローリアの方を見ると、俺の方にむかって笑顔を向け
「ゆっきーが好きになる人はね、私も大好きなのよ?」
といって微笑んだ。
なんだ、認めてないとかまだ怖がっていたのは俺の方だったのか。




