65話 報酬と成果と
イパナの冒険者ギルドに戻ったのは、予定よりちょっとだけ早い時間だった。まあ、その代わりワリとユズさんがへろへろになってしまっているのだが、彼女が出来るだけ早く戻りたいという要望だったので仕方がない所だ。
ギルドのドアを開けると、中には結構な冒険者らしき人々がカウンターの順番待ちをしているようだ。ユズさんが居ないので、カウンターはひとつ空きがありお陰で渋滞をおこしているらしい。
「はぁ、やっと着きましたね。ユキさん、そして皆さんもこちらへどうぞ、また奥の部屋の方で話しましょう」
とユズさんに奥の部屋に誘われると、周囲から失望の舌打ちが聞こえた。どうやらユズさんが帰ってきたから回転が早くなると思っていたらしい、すまんね。
そしてギルド内の混雑をすり抜けながら奥に進もうとすると、やはり人目が集中しているのが判る。目標は俺のバックだな、まあ仕方ないことだが。
『……あれか? あんな小娘どうにでもなるんじゃないか?』
『やめとけ、昨日裏手でひでぇ目にあった奴等が居る。あれは見た目どおりじゃねえらしい』
『あれがシロネコユキか……』
おっと、どこから伝え聞いたか知らないが、その名前で呼ぶのはNG。危険なアレが目を覚ます可能性が高いからマジヤメテ。自分でも訳わかんないのだがアレはコントロールが効かないんだ。しかもおっそろしい事平然とやるしな。俺ならあんなケリはできない、自分がヒュンとなるわ。
奥の部屋に入ると、昨日アルガードにすっ飛んでいったはずのおっさんが部屋のテーブルに座って待っていた。確かエリンとか言ったっけ? それを見てユズさんが眉をしかめて声をあげる。
「マスター、行儀わるいですよ? ってもうお帰りになったんですか?」
「おう、行きの馬は潰しちまったから後で購入の予算組んでおいてくれ。アルガードに返さなきゃならん。そして、ユキさんご苦労さま…… とヤロー2人はおつかれさん、お前らは解散してくれてもいいぞ?」
「俺達はひとからげかよ、いや用事はないし。これだけの話をココまで知ってハブられるのはつまんねーだろ、聞かせてもらうぜ」
とフィルさんはニヤけながら、ジュウドさんは静かに頷いた。
「まあ、そうなるわな。まあ座ってくれ、茶は出ないけどな」
と、言われエリンのおっさんもテーブルを降りて、イスに座った。
俺達もそれにならい、イスに座っていく。ユリアナが、俺のスカートの裾をつまみつつアイコンタクトを送ってきたので頷いてOKを出した。ユリアナは俺に頷き返すと、ぽつぽつとユズさんに話し掛けた後、部屋から出て行った。
「あー、あのお嬢ちゃんは良いのか、でお前らの反応からして間違いはなかったんだな?」
とユリアナの素性を知っているエリンのおっさんは彼女の行動をスルーして、ユズさんたちに目を向ける。その表情からは、さきほどまでの緩い雰囲気は消えていた。
「ええ、マスター。ミリ草希少種があるのは確認しました。ミリ草のコロニーにおいて、希少種が繁殖しているのを確認しました。こちらが簡素ですがスケッチになります」
と、ユズさんが紙に書いたコロニーの絵を渡す。
「ってなんだこりゃ、えらい綺麗な紙と見たことのない画材だが」
「そちらはユキさんから提供された画材を使用しました……断わったんですけど強引に……」
なんか人聞き悪いわそれ、あのいつもの樹皮紙に木炭でスケッチしていたのを見て、俺が紙と色えんぴつを貸しただけなんだけど。
「……ユキさん、これエルフ紙とかですよね? こんなのに絵を書くとかユズお前すげーな」
とエリンさんは呆れ果てている。まあエルフ紙は出回らないのが有名だから、市価なんて存在しないらしいしね。
「あー、私エルフと仲良いんで。持ってても使わないですし気にしないで下さい」
「気にしないでくれって……エルフと仲が良いとかいう話も気になるんだが。あー判ったとりあえずこちらを先に進めよう。最悪おまえの給料から引くからなユズ」
とユズさんの顔に縦線が入っているからやめたげて。いやスケッチ上手いから、勿体無いなーと思っただけなんだ。まあユズさんも書くまではイヤイヤいってたけど、描きはじめたらノリノリで楽しんで描いてたもんな。
「話が盛大にそれたが、この絵の通りだとするならやはり凄い発見だな。これは正式にギルドから褒賞金を出させてもらう事になります、ユキさん」
と真面目な顔に戻り、こちらを見つめながら話すエリン氏。冒険者組もまーそうだわなとうんうんと頷いている。
「で、この情報をギルドの方で買い取らせて頂きたい。申し訳ないが、あそこでの採取も控えてくれるとありがたい。こちらの方は強制力はありませんが」
つまり情報をギルドが金として買い取るから、あのミリ草コロニーの話を他に漏らすなってことか。まあそれについては全然OKなのだがね、あの採取の為に作った私用のシソ農園だしなあ。
「アルガードのギルドで緊急の通信会議を開いて、協議した結果もしその条件を飲んでもらえるのならば、金貨100枚で買い取らせて頂きたい。希少種の葉の市場価値からするとかなり安くなってしまうので申し訳ないのだが、こちらとしては今回のケースで動かせるギリギリのラインなんだ」
今回のミリ希少種の発見の報告を、都市連盟のギルド内で話を止めるためにあまり大きな金をギルド内で動かすと、この発見の話が広まりすぎる可能性が高くなるので、この辺が限界だという理由らしい。
「そして、本来ならミリ草希少種の発見者という冒険者として名を売れるだろう機会を奪うことになるのを本当にギルドとして申し訳なく思うのだが、こちらの功績点は169点とさせて頂きたい」
これも実際の功績からするとかなり低い数値なのだが飛び級のランクアップをしすぎるのもこの件への注目を集める可能性が高いという理由だとか。俺としてはぴったりEランクにしてくれるなら文句は無い。
が、冒険者2人組は渋い顔をしている。
「おっさん、俺らは外野みたいなもんだが。仕事の成果に対して報酬と功績は均しくならなければならないってのがギルドの理念じゃなかったのか?」
「それは俺らギルド側も腸が捻じ切れそうな所なんだがな、今回のは本当に場所が悪すぎる。何も対策ができないまま、あそこに希少種があると帝国に知れてしまえばどうなるか判らん。下手すりゃ都市同盟と帝国がそのまま全面対立なんて最悪の事態に転がりかねんのだ」
エリンのおっさんはマジで苦渋を飲んだような顔で言葉をこぼす。冒険者2人はそれはわかっているが、俺の為に怒ってくれている。あーありがたいんだけど、俺はそれでいいんだけどなあ。
とりあえず空気変えるかねー、と俺は隣の部屋で控えている彼女に声を掛ける。
「ユリアナー?」
ドアが開き、メイド服に着替えたユリアナが片手でカップとポットを載せた大きなお盆を持って入ってくる。ちょっと行儀わるいけど、うちのメイドさんはそういう教育してないから仕方ないね。あの量を持ってもゆれすらしないお盆はちょっと異常なんだが。ユリアナの笑顔で誤魔化されちゃって欲しい。
「みなさん、お茶をお持ちしました」
と皆にカップを配っていく。そしてポットから注がれるのは今日は普通の紅茶だな。ただ、ユリアナは恐ろしいことに時計も見ないのにタイミングピッタリに淹れてくる鬼才だ。というか、わざわざお気に入りの白メイド服にまで着替えたのか。そして各人の目の前には皿が置かれ、クッキーと角砂糖も配られる。ていうかそれカントリー母か、まあ好きだけどさ。
「何かと思ったら、こんな用意をしてくれていたのか。すまないねお嬢ちゃん、そしてユキさんありがとう。じゃあちょっと休憩して頂くとしようか」
「あ、目の前のお皿にある白いのは砂糖なんで、お好みで入れてください」
「え、これ砂糖なのか!? ありえないだろ、茶にこんな砂糖つかうとかどこの貴族さまだって」
「……持ち帰っていいか? 妻に食べさせてやりたい」
とジュウドさん。冒険者仲間だった奥さんが今妊娠中で家で休んでいるそうで、甘いものなら食べさせてあげたいらしい。ユリアナに目配せしてお土産を用意してもらおう。
「くっそ、茶も旨いし、この菓子もとんでもなく美味いな。ユキ、ユズなんていいから嫁に」
「フィルさん、すいませんが全力で遠慮します。あ、ジュウドさんは別にお土産用意するんで食べていってくださいね」
「……すまない」
そうして皆思い思いに茶を楽しみ、カントリー母も喜んで食べてくれる。あちらの世界では安いもんだが、こちらではそう口に入る代物じゃないから皆ちびちび食べているな。あーもうさっくりいかないとそれの美味さは判らないというのに。リスティなんて遠慮なくパクパク行くぞ? あ、あれは一応王族みたいなもんだったか。
そして、場がちょっと和んだのを見計らって、俺は冗談めかしながら話を始めた。
「あー、まあこんな風に私、小娘ですけど結構余裕があります。ですので、報酬とか功績については気にしてません。いただけるものはきちんと頂きますけど、みなさんの厚意の方が嬉しいです」
というと冒険者2人は顔を見合わせ、そしてちょっと照れている。照れる精悍そうなジュウドさんはちょっとレアだけど、こっちの方が照れるのでヤメていただきたい。
「そして、この都市連盟に友達や大切な人も沢山いますから、ここが戦火に包まれる方がよっぽど嫌ですし、困ります。ですのでギルドにこの件はお任せしますのでよろしくお願いします」
と、おっさんとユズさんは大きく頷いた。ユズさんは急な話にちょっとクッキーが喉についてケホケホしちゃってるのが締まらないけど。
余裕があるというのは本当だ、なんか兄貴が会社やめてから異常な財力を持っている。元居た会社も一流企業だし、退職金が出たと言うのもあるんだろうけど。とりあえずお前の小遣いだ、と見せられた銀行の預金通帳のゼロの数に卒倒しかけた、マジありえない金額だって。
何やらかした? と聞いても答えてくれないし。犯罪に関わってないと良いのだが、あの兄貴は研究の為なら何やらかすかわからないのが怖い。あの金の数パーセントでも使って、あちらの世界の物を買い入れて、こちらで売れば余裕で経済破壊できるのではないかと思う。自分で世界のバランス壊してどーすんだって話なんで、流石に出来ないけど。
「ユキさん、ありがとう。ではこの件はギルドの方で責任を持って抱えさせていただきます」
とおっさんは立ち上がって俺に頭を下げた。うむ、よきにはからえ、とは言えないので俺もぺこりと頭をさげる。おっさんは頭を上げると、では急ぐので先に失礼すると部屋から出て行った。
「ユキさん、褒賞の方は白金貨にはなりませんがよろしいですか?」
とユズさんに聞かれたが、二つ返事でOKした。白金貨なんてどこで使えっていうのさ。見てみたい気もしないでもないが、使いでが悪すぎる。ユズさんは一度部屋から消えると、重そうに皮袋を持ってきて、テーブルの上に置くと金属が奏でる良い音がした。
「あ、すいません、重くて。こちらが報酬になります、ご確認ください」
「あ、いいです。信頼してますんで」
とそのまま皮袋をバックに仕舞ったら、ユリアナ以外の皆の目がこちらに集中した。
「……おもーい」
「遅えーって」
フィルさんとジュウドさんは、手土産をユリアナから受け取り、俺に礼を言って退席していった。
「何かあったら頼ってくれ」
「また美味いもんあったら分けてくれよな」
と、ジュウドさんと挨拶し、フィルさんは手でしっしと追い払うと二人は笑いながら退室していった。
「あの所でユズさん、Eランクのギルドカードは?」
「え、あ、説明してませんでしたっけ。ああ、まだでしたねすいません。EランクにはFでの規定点の他に研修を受ける必要があるんです。次は4日後の開催の予定になります」
今頃になって研修とか出てくるのか、最初にやらんもんなのかね。
「褒賞の中から引かれる雑費から費用は出されますので、参加費用は無料になります。普通に旅をする際の格好と準備をして当日朝ギルドにおいでください。当日集まって頂いて、問題がなければ7日後に終了の予定です」
うわ、研修って軽く聞いてたけどけっこうガチなのかな? にしてもなんで最初にやらないんだろうって聞いてみると、G,Fランクってのは一般男性でもこなせる仕事内容であり、受付金が安いこともあってG,Fランクの冒険者ってのはえらい一杯いるんだそうだ。各種お手伝い系は論外として、討伐依頼もG,Fならゴブリンしかないし、普通の一般知識でどうにでもなるっていう見解なんだそうだ。
で、その中でも上を目指したい人に、この先来る危険の対処や仕事のノウハウを教える研修なんだそうだ。なのでEランクに申請した人のみが受けれるということになるらしい。
「それで、ユキさん。Eランクの昇格研修を受けられるって事なんですよね? だとしたら申し訳ないのですが。ユリアナさんは参加することは出来ませんのでご了承ください」
急に話が飛んできて、ユリアナは不安そうにこちらを見つめている。
「ユリアナを冒険者にすればいいんですかね?」
「申し訳ありませんが、それもできないんです。奴隷の方の受付は現在しておりません」
とユズさんは申し訳なさそうに首を振った。そのしっぽは、しゅーんと股の間に垂れてしまっている。
「奴隷の方は帝国の術法に囚われております、その技術は帝国に秘匿されており、主人の命を聞くという制約も実際どこまで本当なのか、そしてどこまで出来るのか示されていないんです…… ですので……」
ぶっちゃけ信頼できないって事か。んー、それを聞くと早く彼女から隷属の紋様を取り払ってやりたいと思うな。そしてちらっとユリアナの方を見ると、
「……私、待ってます。ですから研修を受けてください、ユキさま」
とじっとこっちを見つめている。ああ、この目は本心だな。寂しいってのはあるだろうけど、それをガマンできちゃういい子なのだユリアナは。
「わかりました、次の研修を受けたいと思いますのでよろしくお願いします」
とユズさんに了承して手続きをお願いする。外の様子を探ると、もうそろそろ陽が落ちてくる頃のようだ。とりあえずルエラも待っているだろうし、マリアのねぐらにお邪魔しようかね。




