63話 新しい朝
人の気配を感じて、そちらの方に身体を向けて目を開くともう普通の服に着替えているルエラが立っていた。
「おはようございます。ユキヒロさん、お体お拭きしますね」
と床に置いてあったまだ湯気を立てている大き目の桶にタオルを浸し、それを絞って俺の体を拭いてくれる。上半身から少しづつ、何回もお湯ですすぎながら丁寧に拭いてくれる。
「ふふふ、本当に綺麗な肌ですね、ユキヒロさん」
「ボクはルエラのような白い肌好きだよ、とても綺麗だと思う」
と、つい言葉が口から零れてしまった。ボクとか何年ぶりに口にしたのか判らないくらいだが、なんか自然に口にでてしまった。彼女はその言葉にちょっと頬を染めながらも、身体を拭き続け、ついにマイサンの辺りまで来る。
昨日の夜、あれだけルエラに刺激してもらっても彼はうなだれたままだが、その刺激を受けているときに、なんとなく判った。どこからか流れ込んでいるとマリアさんが言っていたマナが、俺の中からサンを元気にしようとしているマナの流れを阻害しているのだと。
くそ、なにか呪いか何かが掛かってるんだろうか、あの夜から俺なんか呪われるような事したっけと思い出そうとしてみるが、なにも思い浮かばなかった。
そのダメサンを、ルエラが壊れ物を扱うように優しく触れ、拭き始めようとした時だった。
「おはようございます、ユキ様。そろそろ起きて着替えないとギルドとの約束に……」
ユリアナはいつもの様に頭を下げながら室内に入ってきて、こちらに目を向けたままその動きを止めた。
「あ、ユリアナ……これは……」
これは、ユリアナになんと説明すれば良いんだ、と頭がフリーズ仕掛ける。そして、ユリアナの瞳にみるみる涙が溜まっていく。そして、その閉じられていた口が開かれた。
「ずるいです、ずるいです!! まだ私には拭かせてくれないのに……ルエラさんずるいです」
と泣き出してしまった。そっちか……
ルエラは、そんなユリアナを招き寄せると涙を拭いてやると、もう一枚桶に掛けてあったタオルを彼女に渡す。
「ごめんなさい、ユリアナちゃん。きちんとしたやり方を教えてあげるから一緒にやりましょう」
と言うと泣いたユリアナはもう微笑んだ。そして嬉しそうに俺の下半身ににじり寄って来る。そんなに嬉しいのかねキミは……。確かにずっとお風呂でも着替えでも触れさせなかったけどさあ。
そして、ルエラはユリアナにお手本を見せ、それをルエラが嬉しそうにマネをする。そんな流れが始まった。ユリアナの小さい手がおっかなびっくりサンに触れる。思わず俺もびくっと力が入ってしまい、サンがぴくりと動く。
「わ、動きました。なんかかわいいです」
Oh……ユリアナサンアナタモデスカ……。
「ここはデリケートだから優しくね、強くもったりしたらダメよ?」
「この裏には汗や汚れがたまりやすいそうだから、優しく拭くこと」
と、念入りに、じっくりと二人掛かりで拭かれてしまった。サンが元気だったら、もうタマらん状態になりそうな、でもそうならないという地獄のような天国のような時間を俺は過ごした。天井を涙目で見つめながら。
「あの、なんでユキヒロさんは男の人の格好をなされないんですか?」
と、ユリアナの用意してくれた今日着る服に着替えていると、そうルエラに問われた。
「あー、なりゆきというか。女の子の姿で居るほうが都合のいいことがあってね……」
とミステリアスに逃げる。本当は公文書の登録違いの問題だったり、服製作担当の由香里ねーさんが可愛くないのは嫌と却下されるという問題であったりするのだが。ちなみに下着の下にサポーターまで用意してくれたりしている、なのでパンチラしても安心だ。俺の心が砕ける以外は。
「なので、ルエラ。人前ではユキって呼んでもらえると助かる」
「はい、わかりましたユキさん。ところで脱がれた服とか洗濯するなら私がしましょうか?」
と、脱いでたたまれた昨日着ていた服に目を向けるルエラ。
「ああ、それの洗濯はちょっと特殊なんでね。専門で任せている人が居るんだ」
まあ、由香里ねーさんの事なんだが。こっちの洗濯板でごしごしされるのはちょっと宜しくない。
「そうなんですか。これでも私、しっかり花嫁修業は仕込まれてますので。必要でしたら言ってくださいね?」
そんな仕込んでおいて、両親は彼女を投げ捨てたのか。もしかして嫁ぎ先決まってたとか? と、そんな疑問を持ち、ついルエラにたずねてしまった。
「実はこの街を訪れた帝国の貴族さまで、冒険者をされているフリード様への輿入れをうちの両親決めていました…… なんでも私が両親の店を手伝っている所を見て、気に入られたそうです。凄い急な話だったんですけど私はその使いの方しかお会いしてないので、フリード様を存じてないのですが」
そして彼女は両親にその貴族に売られたのか、それか強引に買われたのだろう。と、考えると顔にキズを付けられたって話が気になる、そして、その後彼女を追い出したっていう両親の話も……。うわ、なんか胡散臭い話になってきたな。
「ちなみに、今ご両親は?」
「私が家を追い出されたあと、うちがやっていた料理店が火事に…… 様子をこっそり見に行ったんですけど、両親の姿はありませんでした。周りの人に聞いてもどこにいったか判らないって……」
と少し悲しげに答える。彼女の家は、通りでも評判の料理店だったそうだ。
「なので、料理の方にも少し自信はあります。あ、朝の用意もしてありますので、ユキさん、ユリアナちゃん、どうぞ下の階のダイニングまで来てください」
「ルエラさん、このスープ美味しいです」
「ユリアナちゃんのこのサラダのドレッシング、凄く美味しいんだけど」
「それはご主人さまに教えていただいたものです」
「ユキさんって料理まで出来るんですか、凄いです」
「はい、ご主人さまは凄いんです。天使さまです」
ルエラは給仕係をしたかったのか、私は後で…… と固辞したので、またユリアナが食べれなくなるからと丸め込んだ。そうしたら二人で楽しく会話しながら食事を進めている。なんかよくわからないけど不思議と凄くウマがあってる感じだ。ユリアナさんには俺は天使じゃないと何度も言ってるのだが、これだけは譲れないらしい。どうも彼女の島での記憶になにかありそうだんだがねえ。
「ところで、これからルエラはどうしたいの?」
「本当は、ユキさんに付いていきたいんですけど。私は旅が出来ないのでここで待っていていいですか?」
彼女の肌は日に弱く、太陽の下に数時間もいると火ぶくれに近くなってしまうという。白いのも大変なんだなあ、元の世界に良い手が無いか兄貴にでも調べて貰うか。
って嫁に迎えるような考えになってしまっているが、ルエラのキズを俺は治してしまったから。そうすると彼女はまたトラブルに巻き込まれる可能性が高い。どうにか保護というか彼女が生きやすい方法を考えておかないとなあ。とりあえず、待ってる以外に何かしたい事はないのかな?
「……強いて言えば、お料理がしたいです。ここの皆にも美味しいって言ってもらえると凄い嬉しいし、楽しいんです」
「うん、じゃあ考えておく。ギルドの用事を済ませたらまた寄るから。あと、なるべく表通りとか人目の多いところに行かないようにね」
「はい、わかりました。お帰りをお待ちしてます。ユキさん」
笑顔で見送ってくれる。
元娼館のドアを開けて外に出ると、そこにはいつものローブを着たマリアさんが立っていた。
「昨日はお楽しみだったね」
と、ニヤニヤと笑っている。ちくしょう、判ってるくせに。
「ええ、ルエラがとても良くしてくれましたよ」
「……良いコなんだ、できたら大事にしてやってくれ」
ってなんでここでも嫁に出すみたいな扱いなんだよ。しかしマリアさんの表情には冗談の気配はなかった。
ギルドの方に歩きながら、マリアさんと話す。一応認識を拡げているが、声を拾えるような位置にいるのはユリアナくらいだろう。
「ルエラのご両親は?」
「多分、思った通りだろうさ。あのコは両親に捨てられたっていうけど、あの店の二人がそんな事する訳無いんだ。……あたいらみたいな子にまかない分けてくれるような優しい人たちだった」
やはり殺されたのだろうか。そしてそれにはルエラの強引な輿入れと、それを邪魔しようとした人間。そのどちらかの悪意が、彼女の家族に降りかかったのかもしらない。胸糞わるい話だ。
「あのコ、両親にぶたれて捨てられたって泣いてウチの館の前にうずくまってたんだ。自分らが居なくなっても心配しないように、徹底的に嫌われるように仕向けたんだろうね」
とマリアさんは遠くの空を見つめる。
ああ、ユリアナとルエラは似たもの同士なんだな。境遇や、その環境も。
うん、そうだな。まだ腹を決めかねていたけど、ユリアナを抱きこんで、ルエラさんを突き放すなんて真似は俺にはできそうにない。と、ふとした疑問が沸いてきた……。
「あのマリアさん? ちょっと聞きたいんだけど。結婚って……」
「ん、ルエラを大事にしてくれるなら」
「何人まで許されるんですかね……」
「あ? ……でも、だってユリアナちゃんは奴隷でしょ? って、もしかして他にも居るの?」
「はい……、あと2人ほど……」
あと精霊ちゃんもいるけど、あれはノーカンでいいだろう。もう結魂済だし、入らないし。
「えっと、その子たちの立場は知らないけど、内縁とか……」
「都市長の娘と、エルフの姫です……」
マリアさんの目が見開き、まわりを見渡している。いや確かに人に聞かせられない話なんだけどさ。人払いというか回りに人が居ないから話したんだ。
「あんた可愛い顔してなかなか凄いわね……、アレが元気だったらさぞ、そこらじゅうに種を撒き散らしそうね。むしろ治らないほうがいいんじゃないかしら」
とゴミ虫を見るような目で見られ、かなり酷い事を言われた。いや、あれもそれも結果であって、動機じゃなかったんだ……。ギルドにたどり着くまでの時間は、ずっと誤解を解くのに費やされたのだった。




