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62話 初めての

 例のルージュと対面した酒場の裏手あたりが、マリアたちが暮らしているエリアらしい。あの酒場も実質的に彼女達のものなんだそうだ。あそこで街に出る前に一服したり、皆と顔を合わせてから街にでるというのか彼女たちのルールなんだと、道中マリアさんが教えてくれた。

「あそこで会話して軽く飲み食いすればね、あの子たちの体調も判るし、根の深いケンカも起こりづらくなるのさ。さあ、ここさ」

と裏道にあった大きな扉の館に案内された。古いが、しっかりとした木造の建物だ。扉を開けると、広いフロアになっており、左手にカウンター。そして奥と階段の上に小部屋が並んでいる。

「昔の娼館の跡さ。今はうちらの家みたいなもんだけどね。ほら、お前達出てこないでもう寝な!」

3、4歳くらいから12,3歳の子らしき女の子ばかりがフロアの手すりや、ドアの隙間からこちらを覗いている。マリアさんに叱られるとみな部屋に飛び込んで戻っていった。

「……あの子たちは?」

「わたしらのグループの娘たちさ、何人かは街に置き去りにされた子とかだけどね。間違っても買ったりはしてないよ」

「男の子はいないの?」

「男の子は働き手になるからね、貰い手が多いのさ。残る子もある程度働ける歳になったら出ていってしまうからね」

 その言葉の逆を返せば、女の子の貰い手が少ないと言うことか。元の世界だと、女の子ばかり里親が決まるとどこかで聞いた覚えがあったのだが、こちらではそうでもないようだ。さっき見た子達も年頃になったら街に出るのだろうか。


「なんとなく顔で考えてることはわかるけど、ムリに仕事をさせてる子なんて居ないわよ?」

「いや、それは判るよ。あの通りにいたおねーさんたちに影は無かったから」

と言うと、ちょっと誇らしげにマリアさんは笑った。

「この館だって、あたしらの姉さんたちが奴隷使った娼館を追い出して、買い取ったんだからね」


 そんな話をしていると奥の部屋のドアが開いて、長い藍色の髪を後ろで編みこんだ少女が姿を現した。あの時より血色が良くなっているが、俺が治してあげたルエラちゃんか。あの時は良く見てなかったけど、色白で大人しそうな線の細い可愛い子だな。

「あ、あのユキヒロさんですよね? 後から姉さんたちに聞きました、助けていただいて本当にありがとうございました。顔のキズも……本当に……」

と彼女の瞳が滲み、ぽろぽろと涙を零す。あー、これがもう少し子供っぽい子なら、頭を撫でてあげる所なんだが、このくらいの歳の子に目の前で泣かれるとどうしていいのか困ってしまう。

「ほら、ユキヒロが困ってるわよ。恩人困らせてどうするの? ルエラ」

と、マリアさんが助け舟を出してくれると、長い袖でぐしぐしと涙を拭きはじめるルエラ。

「打算込みでやったことだから、そんなに感謝してくれなくていいよ。そんなまっすぐな目で見つめられると困る」

とちょっと冗談めかして言ったら、泣き笑いの笑顔を見せてくれた。

「それでもです、本当にありがとう。ユキヒロさん」


 明日はちょっと早いので、春宵でも行くと言ったら部屋が余っているのでここで寝ていきなよとマリアさんに引きとめられた。ルエラも是非泊まって行って欲しいと懇願するので、根負けして泊まる事になった、そんな夜更け。

 俺の泊まる部屋として貸し与えられた部屋のドアの前に少女がずっと立っているのが判ってしまう、その緊張した息遣いも。マリアさんが、お嬢ちゃんはこっちね。とユリアナを別の部屋に寝かせたあたりでこうなるような気はしてたんだ……けど、この先どうするべきなのか俺は迷っていた。

 ドアノブに手を掛けようとして、またひとつ息を吐き、ためらっている彼女の姿を空間認識で見ながら思う。彼女のその様は、風俗に行こうとして断念した俺の姿を彷彿とさせる。あの時俺は、拒絶されたらどうしよう、失敗したらどうしようと思い悩んで、結局扉を潜ることはなかった。

 今そこにあるドアに時間停止を掛けて寝てしまえば、何も無く明日を迎えることになるだろう。でもその選択を取るべきか、俺は決めかねてしまっていた。


 拒絶する勇気すら持ち合わせなかったチキンな俺に対して、彼女は深く深呼吸すると、ドアノブを掴み、静かにドアを開けて踏み込んできた。

「ユキヒロさん、まだ起きていらっしゃいますか?」

後ろ手でドアを閉めながら、静かな声で彼女は俺に問う。

「……うん、どうしたんだい? ルエラさん」

「ちょっとだけ、話を聞いていただけますか? 私は、通りすがりの変な人に顔にキズをつけてしまい、これでは嫁の貰い手もないと毎日叩かれて、あげくに親に捨てられました」

もうキズのない頬に手をあてて、彼女はまた話し始める。


「食べるのにも困って街にうずくまっていた私を助けてくれたのが、マリア姉さんでした。私も恩返ししたいと、いろいろ勉強して。でも私はお客さんが取れませんでした。白くてキズがあってキモち悪いって。みんなの迷惑にならないようにって別の通りに行って、でも石を投げられたり」

 白くて、キズがあると気持ち悪いって……俺は普通に可愛いと思ったが。病気やケガをしてる相手への生理的嫌悪がまだこの世界は強いのかねえ。


「やっと取れたと思ったお客さんだと思った人は、私の顔に気づいてなかったみたいです。急に怒って刃物で切られました。それでダメだと思ったんです。私の居場所はもう無いんだと」

 そしてまっすぐにこちらを見つめながら、部屋の魔道具の明かりに照らされるより赤く頬を染めながら、その薄い服が薄い身体の上を滑り落ちる。隠そうともしない彼女の身体がさらけだされる。その瞳から一粒涙が零れて床に染みこんだ。


「起きたとき、キズが消えた私は夢かと思いました。死んで天国に行ったのかもとも思いましたが違いました。そして、マリア姉さんからユキヒロさんに治してもらった事を聞きました。ユキヒロさんの……マリア姉さんへの相談も聞いてしまいました」


 俺は、返事どころか声ひとつあげられずに彼女の瞳に囚われていた。俺が越えられなかった壁を乗り越えてきた彼女の心の強さに打ちのめされていたのかもしれない。

「……ですから、私がんばりますから…… 使ってもらえませんか? 私を…… 貰ってくださいませんか……」

俺が小さく頷くと、張り詰めていた彼女の表情が緩む。瞳からまた一粒涙が零れたが、彼女は嬉しそうに微笑みながらベットへと近づいてくるのだった。



 結論から言うと、俺のサンはピクりとも役に立たなかった。心因性なものだとしたら自分を殴りたいくらいに、ルエラは心から優しげに献身してくれたのだが。


 余談だが、彼女がサンを見たとき、つい零した

「かわいい」

って言葉がかなり効いたのを追記しておく。

「あの、かわいいっていうのは、あの私、今まで見たこと無くてですね男の人の、練習も木型でしたし。綺麗で可愛いユキヒロさんに付いているのが、なんか可愛らしかったんでつい……」

とダウン攻撃まで仕掛けられてほぼ逝き掛けました。


 行為をすることは出来なかったが、ルエラの表情に影はなかった。

「私、折角ユキヒロさんにキズ治して貰えたのに、お仕事できなくなっちゃいましたね。私、まだユキヒロさんに差し上げられてないですし」

とベットで微笑むルエラ。


 こうなるのはドアを閉じなかった時点である程度、覚悟の上ではあった。が、リスティやジュリエッタに彼女の事はなんと説明していいのか。答えは朝までに出そうも無かった。


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