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55話 伝説

 日もすっかり落ちたが、魔道具の街灯に照らされたイパナの街はまだまだその熱気を失っていなかった。俺は、屋根の上に陣取り賑わっている酒場を3つほど目星をつけて会話を拾っていく。時空魔法の空間把握も、今では直径5km程度の広さに拡げられるのではあるが、拡げても見えるだけであって全部の会話を把握するのは無理だ。もう言葉が重なり合いすぎて意味不明のノイズとしか聞こえなくなってしまうからね。


 多くの隊商の男衆は、何度も通るこの街に馴染みの娘が数人居るようだ。

『この前逢いに行ったら、頬を染めていた。あれは絶対俺に惚れてる』

『ちくしょう、あの店に行ったらもう他の男に取られていた。あのコは絶対俺を待ってるはずなのに……』

 酒をあおりながら管を巻いている男たち。あー、俺もあそこに混じって酒飲みたい。しかし、今日の目的は情報収集が一つ、そして大事な用件があるからここはひとつガマンだな。しかし、具体的なそういうお店の名前が出てこないところをみると、この街におねーちゃんと遊ぶお店みたいなのはないのかね。んー、おねーさんがお酌してくれるキャバクラ的なお店は見当たるが、あの先は自由恋愛という感じなんだろうか。うわ、それはそこらの機微が判らん俺には敷居が高いなー。

 あの酒場で景気づけに酒をあおっているらしい、ういういしい男の子達の会話がちょっと気になるな。

『行くなら、あのルージュが仕切ってるっていうあの通りだって、前の隊商に居た兄貴が言ってた』

『ルージュってあの伝説の!?』

『まあ、本人には逢えなかったらしいけどな。兄貴が言うには、まずはあの通りの角で花売ってる爺さんから黄色い花を買うらしい、で、気に入った女の子が居たらその花を渡すんだと。受け取ってくれれば、あとは……ってらしいぜ』

 へーなんかすげー見た目ロマンチックな交渉だな。まあ実際は爺さんが花売った相手を覚えていれば無茶や無体ができなくなるって抑止力をかねてるんだろうか。

『花は一本買えばいいの?』

『ばーか、花一本渡しても受け取ってくれる姉さんなんて居ないぞ? 花を受け取ってもらう本数が大事なんだよ』

 はー、花一本で5銀貨。それを束にして渡してその本数で金額を決めるってわけだ。なるほど、ここらの宿の部屋の壁にランプと共についていた小さな花瓶はその花を入れるためのものだったのか。そういえば気にしてなかったが春宵の壁にもあった気がする。


『おれ、あのルージュに相手して欲しいな』

『ルージュは殆ど街に出てこないし、相手にしてもらえるのは気に入った奴だけらしいぜ。前に花を買い占める勢いで持っていた商人や他の国の貴族が断わられたって聞くし』

ルージュ、今認識しているエリアのそこらから聞こえてくる名前だ。

 曰く、伝説の娼婦であり彼女に相手をしてもらえた男は極上の夜を過ごすことになるという。ウワサに聞こえるように大金にも、容姿にもなびかず、彼女が気に入った相手のみを相手してそうなっているとしたら大した手際なのだろう。老い先短そうな爺さんが、生まれ変わったようにシャッキリして帰ってきたとか聞くと、TVの個人の感想系CMじゃあるまいし、と思ってしまうが。


『ほら、運が良かったら逢えるかもしれないし、そろそろ度胸決めていこうぜ?』

『ああ、これ飲んだら……』

とまだあどけなさが残る少年は、酒に勇気を借りるつもりなのだろう。少年は残っていた酒を一気にあおると、立ち上がった。さあ、おれをその街角まで案内してくれ。しばらく屋根に座っていて冷えたお尻を払いながら立ち上がった。


 少年たちの後を追って、イパナの街を歩く。彼らの話して居た通り街角にはちょっと場違いな花を売る爺さんがいた。好々爺風な装いであるが、その目は鋭く、花を買っていく男たちを見定めているように見える。少年らも、黄色い花束を持って角を曲がりその通りに消えていった。

俺はその花屋の前で立ち止まる。

「……ここにはお嬢ちゃんに似合うような花はないぞ?」

「この黄色い花可愛いですね、幾らですか?」

と一本置いてある黄色い花を取りながら問う。売るべきか爺さんは考えたようだが、俺が長居しているせいで、花を買えてない後ろに立つ男達を見て、嘆息しながら俺に告げる。

「3銅貨だ……」

俺は爺さんに、3銅貨を渡してくるくると花を手でもてあそびながら角を曲がり、そのルージュが仕切る通りに入っていく。

「……ちょ、嬢ちゃん!!」

とまさか通りにまで入っていくと思っていなかった爺さんがあせって声を上げているが、もう遅い。俺は通りに入り込んだ。


 メインの通りより、ちょっと薄暗い街灯の下で男たちがきれいな蝶を探して歩き回っている。そして、胸元を大胆にカットしたドレスを着た綺麗なおねーさんが、男どもを誘うように通りに立っていた。

 お、あの俺に話を聞かせてくれた少年は少し年上のお姉さんに4本の花を捧げて受け取ってもらえたようだ。背伸びをして、この場に慣れなていない彼をリードして、彼女らは一つの宿に消えていった。この世界の一般家庭の生活費からしたら結構な額なような気がするが隊商は危険もあるから手当てがいいのかもしないなとか考えていると。

「あの……これ」

と目の前に黄色い花束が差し出された、一瞬思考が停止した。

おま、こんだけ綺麗なおねーさんたちが居てなんでこんな小娘(男)を選ぶかね……。いや、俺がうろうろすることで、ルージュの反応を引き出そうとして通りに入ったんだが、これは想定外だ。ってあのルージュに相手して欲しいっていってた少年じゃないか。


「あ、あのごめんなさい。私そういうんじゃなくて」

と断わろうとすると、少年はうるうるとした目で俺を見つめている。あ、やばいちょっと鳥肌が。いや、可哀想なんだが、相手してとか考えたらお互い不幸になるんだぞ!!。

「ルージュさんですよね? 一目でわかりました。お願いします、ボクを男にしてください」

って頭さげられても、男になりたいのはこっちな方な訳で……。

『おい、ルージュだってよ?』『え、あのちっこいのが!?』『嫁にしたい……』

周りに人だかりが遠巻きにできてしまっている。どうすればいいんだ……。俺が無言で途惑っているのを拒否と見たのか、少年の顔に悲しみが広がっていく。

「す、すいませんでした……」

って涙ぐみながら、俺に差し出していた手から力が抜けて、その手から黄色い花がこぼれ落ちていく。可哀想だとは思うけど、これは凸と凸が出会ってしまった不幸だ。


 振り返り走りだそうとしていた彼を女の人がその豊かな胸で受け止めた。この薄暗い街灯の下でも燃えるような美しい赤い髪を縦ロールにした女性だ。歳のころはアラサー、いやもっと若いのか。ちょっと判別できない。そしてその燃えるような髪以上に印象的なのはその人の目をひきつける容貌と、その翡翠のような眼差しだろうか。出るところはハデに出て、くぼむところは細いという男なら奮い立つような肉感的な体つき。その彼女が少年を抱きかかえて離さなかった。

「少年、いい告白だった。相手が悪かったがな」

と俺の方を睨む、ちょっと揺さぶって情報を得ようとしただけなんですよーなんていえる雰囲気じゃないな……、というかこれだけの美人に睨まれると怖いデス……。

「……君みたいな子は私がお相手してあげたいところなんだが……ミリエラ?」

と少年が落とした花を拾い集めていた少女が頷いた。さっき、少年と俺のやりとりを近くで彼を同情的に見ていた女の子だ。彼女は、少年を彼を赤い髪の美女に紹介され、やさしい笑みを見せながら少年を夜の街へと誘っていった。

「で……、あんたはこの通りに何の御用なんだい? お嬢ちゃん」

「あー、ごめんなさい。貴女に逢いたかったんだルージュさん」


 俺はルージュさんに連れられ、近くの路地を入った先の酒場でテーブルを挟んで相対していた。周りに客はおらず、この美人にこの静まった中で黙って睨まれるとかかなりキツいんだが。

「正直なところ、あんたみたいなコにうろうろされたんじゃ商売あがったりなんだ。ウチの子たちには自信があるが、あんたみたいな異物がくれば場は荒れる。そんなの判っての行動だろう?」

 んー、そこら辺はちょっと想定外だったというか、俺がそうだから皆そうだと思うと思ったというか。まさか俺みたいな見た目12、3歳の奴に構う奴なんていないと思ってたんだよね。間違っても色気なんてないし。認識で通りの状況は見ていたから、予想より高レベルのおねーさんたちが通りに立っていたのは判っていたしね。

「相手されると思ってなかったんで、すいません」

と正直に返したら呆れられた。お前いままで鏡見て生きてこなかったのかと。しかし、参ったな。これは本来の要件とか言い出せる雰囲気じゃない。完全に好感度もマイナスに振ってるしなあ……。


 とそこに通りが騒がしくなり、少女が数人の女性に運ばれて酒場に連れ込まれた。

「姉さん、またルエラが道向こうで客取ってて……」

呻いている少女には頬に大きい切り傷があり、今は腹部を押えて呻いている。そこにあててある布に血が染み出しているところを見ると刺されたのだろうか。俺と相対していたルージュは、顔色を変えると、そのルエラと呼ばれた少女の下に駆け寄る。そしてその腹部に手を当てながらなにやら魔法を使っているようだ、もしかしたら初めて見る治癒魔法なのかもしれない。手を当てたあたりから白い光が漏れ出している。

「……ばかな子だね、客取れなくっても誰も責めやしなかったてのに……」

「ルエラ、顔傷つけられてから、皆に食わせてもらってるって落ち込んでたから」

「だからって、無理して客とればそんなの引っ掛けちまうってのに」

 ルージュさんは苦しそうなルエラと呼ばれた、まだ少女といえるような女の子の頭を撫でながら必死に魔法に力を込めているようだ。しかしルエラの荒い息遣いは止まらない。あーこれは無理そうだなあ。


「あの、よろしければ代わりましょうか?」

「あんたみたいなガキに何ができるっていうんだい?」

と今まで空気の様に扱われていたおねーさんたちに問われるが気にしない、いつもの事さ。

「そのルエラさんを治せば良いんですよね?」

というと、今の今まで集中して俺の言葉を聞き流していたルージュさんがこちらを見る。

「悪いが、あたしらは凄い治癒魔法士を連れてきたとして、払える金なんて持ってないよ? 施しならなおさらごめんだ」

彼女らのプライドか……、今失われそうな命があってもそれが先に立つってのはちょっと悲しいな。この世界の命の安さがちょっとうかがい知れる。


 まあ、もうためらってる時間もないだろ、俺は彼女の腹部に手をかざして、

「ルージュさん、手をどけて?」

「あ、あんたがやるのかい」

ともう手を施せないと判っていたのか、俺の声で手をどける。俺は即座に当ててあった布を取り、傷口を視認する。うわ、ナイフかなんかで刺されたのか結構深い刺し傷だな。とりあえず、肉体回帰で傷口をふさごう。俺は魔法を行使しようとマナを集中させていく。

 程なく魔法は完了した。もう場所を限定しての肉体回帰は自分のマナだけでも十分に使えるな。なんかこれだけで食べて行ける気がしないでもない。ただ、血を失った体力は、この魔法では戻らないから別口で回復してもらわんとね。

「終わりました」

「……は?」

周りのルージュさんはじめおねーさんたちが固まっている。

「え? 何これ傷口消えてるんだけど」

俺が持っていた布で流れていた血をぬぐったら、そこにあるのは傷つけられる前の肌だけだった。

「あー、傷を治しただけなんで。体力は戻さないといけないから体にいいもの食べさせてあげてください。あ、あとこれはサービスっと」

俺は、息が少し安定したルエラの顔に手をかざし、その顔に刻まれていた刃物の傷も消していく。

彼女たちに更なる驚きが走る。身近にルージュっていう治癒使いが居ても驚くということは、ここまでの回復はできないってことなんだろう。

 ルエラが助かったと、周りに居たおねーさんたちは彼女に抱きついて喜んでいた。傷を消してもらってよかったねえ、と涙している人も居る。あー、まだ体力減ってるはずだから無茶しないで上げて欲しいんだが。傷無くなったのみたら治ったと思っちゃうか。


「あん……、ん、挨拶が遅れたが私がこの通りを仕切ってるルージュだ。仲間を助けてもらって感謝する」

驚きから回復すると、ルージュさんは俺にたたずまいを直して向き直った。

「いえ、私も通りに迷惑かけましたし」

「私も治癒魔法をたしなんでいるが、あれほどの効果は初めて見せてもらった。正直今この目で見たものが信じられないレベルなのだが……できる限りの礼はしたいと思う」

「えっと、じゃあ話を聞いてもらえますか?」


さて、好感度は判らんがこれで少しは話を聞いてもらえる土壌ができたと思いたい。俺の本題はここからなのだ、まだイパナの街の夜は始まったばかりだ。

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