54話 夜の街へ
「ご、ご主人さま、ちょ、ちょっと怖いです」
薄暗い夕暮れの空の下、俺は街道の上空をユリアナを抱えて南に向けて走っていた。
正確な地図を見たことなかったので、距離を読み違えていたらしく、次の日の夕方ではイパナの街にたどり着くことが出来なかった。イパナとはもうさほど離れていない所までは、来れていたのだがもう街に近いせいもあってか、左右の道沿いにはイパナで消費されるものを作っているらしい畑が並んでいる。この辺りで野営するのもなんだし、とユリアナを抱えて超速移動を始めたのだ。けっして早くおねーさんの居る店に行きたくて焦っているわけではない。うん、焦ってない。
程なく夕日が落ちきる前に、眼下の街道の先に町並みが見えてくる。俺は一気に高度を落として、イパナの街を見下ろす丘の上に降り立った。北と南の大都市の中間にある交易都市であり、かって帝国が壁でその国境を塞ぐまでは東に向う人々もここで翼を休める場所だったらしい。トレドの町並みより、ちょっと建物に歴史を感じる気がする。
さて、街に入って宿屋でもまずは探そうか、と思ったらユリアナがついてこない。あれ? って思ってみてみると内股でぷるぷると泣きそうな顔をしている、というかちょっと泣いてる。
あー、俺はやらかしてしまったことを判ってしまい、ごめんってユリアナの頭を撫でる。
「ご主人さま……怖かったです……怖かったです」
あー、配慮が足りなかったわ。そうね、俺は意識して急降下したからわかってたけど、彼女からすれば始めての数百メートル単位の高さからの急に起こったフリーフォールだ。たとえ、俺に対して全幅の信頼を持っていてくれたとしても怖いものは怖いわね……。悲鳴をあげなかったまでは頑張ったが、それ以上は耐えられなかったのか。彼女の代わりに怒っているフローリアをなだめ、俺はぐずるユリアナの着替えを済ませてから街に入った。
もう日が落ちそうな街は、入る前に思っていた以上に活気に満ち溢れていた。夜も近いというのに閉まらない店や、串にさした肉や野菜をあぶり、いい匂いを上げている屋台。それを片手に今日しけこむ宿を探す男たち。この猥雑とした雰囲気は嫌いじゃない。
道端に一定間隔で設置された、魔道具らしい街灯に光を灯して回っている魔法使いっぽいローブをまとったお姉さん。何の気なしにその明かりを灯す作業を見つめていると、ふと目があった。
「どうしたの? お嬢さんたち。明かりを灯すのが珍しい?」
ローブの中からのぞく化粧っけは無いけど整った容姿に、力強いブルーの瞳に見つめられてちょっとドキドキしてしまった、お姉さんと言ったけど生前の俺くらいの歳よりちょっと下くらいの20代半ばって所かな。
「はい、こんなに多くの明かりの魔道具とか見たことなかったんで」
「そうだね、この街はアルガードに近いから、魔石の供給が多くて値段もそこまでしないから数が多いの。明かりがついてたほうがみんなお金おとしてくれるしね」
と言ってにぎやかな通りの人々を、ふいに見つめている。ちょっとその目に映る感情は深くて読み取れなかった。
「ところで、子供2人だけなのかい?」
「はい、2人で旅している途中です。それなんでどこかオススメの宿屋さんとかありませんか?」
と聞いてみた。すると彼女はちょっと中空を見つめて考えたあと、
「じゃあその角を曲がった先にある、春宵って宿屋がいいかな。あそこは部屋にカギもきちんと掛かるし」
と、通りの先にある角を指差して教えてくれる。
「ありがとうございます、じゃあ行ってみますね」
「ああ、マリアがオススメしたって言っておいて。私の紹介だって言えば無下にはしないと思うから、私も客紹介したって後から恩を売れるしね」
といって微笑んだ。俺とユリアナはマリアさん? にお礼を行ってその宿屋に行ってみることにした。道を歩きながら、美味しそうな屋台を見つけてはいろいろと買い食いしつつ、ゆっくりと街を歩いていく。
その角を曲がると、小さな飲み屋のような店がこれでもかというくらい軒を並べている。あれ? 子供2人つれでマリアさんにオススメされたから、もっと静かな所をイメージしていたんだが。あのマリアさんの言葉を鵜呑みにしてきたけど、妙な雰囲気だ。よっぱらった旅人などに奇異の視線をあびながら俺とユリアナは道を進む。そして飲み屋街の外れにその店を見つけた。看板は春宵と書いてあり、その下には看板に一泊素泊まり8銀貨と書いてある。書いてあるんだが……これ店構えがどう見てもあれだ。連れ込み宿ってヤツじゃないんだろうか。
春宵の前で呆然とする俺。その服をつまみ周りを珍しそうに見ているユリアナ。この通りにおける俺達という異物感はひどい。もしかしたら、という望みをかけて俺は春宵に飛び込んだ。カウンターに立っていた30台半ばの店員さんの目が俺に突き刺さる、やっぱこれ……。
「あんたたちみたいな子供がこの宿になんの用なんだい?」
パイプのようなものから、タバコのような煙を漂わせながら、誰何される俺達。だよねえ、こうなるよねえ。
「……あの、マリアさんにオススメの宿屋を聞いたらここを……」
と言ったら彼女はいきなり壊顔して笑いころげはじめた。
「あんたらマリアにワケありのカップルじゃないかと思われたのさ」
とケラケラと笑いながら教えてくれるこの春宵の主人のイメルデさん。
「あの子は下手に人を見る目があるからね、その子の懐きようを見て勘違いしたんだろうさ」
と俺の衣服をつかんで離さないユリアナを指して笑う。あー、これは迷子防止というか、さっきのショックでちょっと甘えモードに入っているだけでそういう関係じゃないんだけどなあ。
「まあ、もう日も遅いし、他の宿っていうのも難しいだろうさ。マリアの紹介だし泊めてやるよ? あのコの言ったようにカギも掛かるし、ベットの寝心地は保証するよ」
と言われて、ご厄介になることにした。まあ食事は全部自前で用意できるし、寝る所さえあればいいよね? まあ今日は部屋で寝る気はないんだけどさ。
「ベットしかないですね?」
ってユリアナが案内された部屋に入って驚いていた。まあ小さなゴミ入れなどはあるけど、部屋そしてベット。というもうドシンプルなお部屋だった。ベットも当然ダブルが一つ置いてあるだけであった。俺やユリアナなら3、4人は寝れそうなサイズだ。
いろいろ買い食いをしてお腹も満ち、今日の高速移動で疲れているユリアナはもう眠そうで、ふらふらしはじめている。連れ歩くのはやめておいたほうが良さそうだな、いろんな意味で。
俺はユリアナを寝巻きに着替えさせて、先にベットに入っているように指示した。
「ご主人さまより、早く寝るなんて……」
とか言ってるけど、もう目開けてるのも辛そうだし、フローリアと一緒に待っていてくれとお願いする。
「誰が来てもカギを開けなくて良い、というか開かないようにしていくから。じゃあ」
と俺は宿屋の部屋のドアに時間停止を掛けて開かないように細工する。そして閉められていた明かり取りの窓から空中に乗り出した。空間把握でこっちを見ている人間が居ないのを確認したら、窓を閉めて、屋根の上に飛び乗った。
人目の無い屋根の上を跳ねて移動しながら、俺はこの空間認識を通りにあるさまざまな酒場などの人々の会話を拾っていく。まずは情報収集しないとね。そろそろ酒や飯を取り終わって、その手の店に行く人たちも多いようだ、あの店がいい、あのコが可愛かったなどそういう会話をしている男たちを見つけては情報を集めていった。
さんざんネットのタウンガイドで店を調べて、意を決して夜の街に出向くも、店構えに負けて、そこらの飯屋で飯食ってかえってきていた前の俺とは違うのだ、そう自分を鼓舞しながら。




