53話 元気
「おはよう」
今朝も出会える事ができた彼に挨拶する。少し俯き加減で答える事のない彼。気付いたら、ここ最近はずっとこんな感じな気がする。
彼にとって楽しいことが無いわけでは無いだろう。いろいろと刺激的な経験をしているのだが、彼はそれに反応を示さない。あれ? そういえば彼が最近一番元気だったのって、いつだったろう。もしかしてもう半年前くらいのエルフの里以来なのか?
「おはようございます、ご主人さま?」
外で朝ごはんの支度などをしていたらしいユリアナが、俺がまだ横たわっていたテントの中を覗き込んできていた。俺はパンツのゴムをパチンと戻して挨拶する。
「おはよう、ユリアナ」
「はい、おはようございます。下着気になられますか? また交換しますか?」
って昨日もお風呂入って代えてるし、そこは大丈夫なんだ。俺は自分のはいてるパンツを見てたんじゃないんだ……その中身を心配していただけでね。そんな事は彼女には告げられないが。
ヘタな事言って、私が!! とかいうウスイホン的展開になりそうなのは困る。といってもそういう知識はユリアナにはなさそうだが。アナ以下の件だって誤魔化すのに一苦労だったんだ。まあ、どちらにせよYESユリアナ、NOタッチで行きたいと思う。もし、万が一将来的に彼女とそういう関係を視野にいれて交際するとしても、それは奴隷と主人という関係を壊してからじゃないといけないと思う。
あの夜、帝国の船を沈めてから2日経った。俺は、クエリアの港には戻らずにそのまま海面を歩いて、東岸から森を抜けクラウセン大平原の東端を渡るクエリアから迷宮都市アルガードへと続く街道を進んでいる。街道沿いにはさまざまな花が咲いて、忙しそうに蜂やフローリアが蜜を集めている。
神父にはあの礼拝所を離れるときに、失敗したり問題が起きたときは連絡するという普通ならありえないような約束をして出てきたが、
「あなたが子供たちを助けると言ってくださったという、これ以上の安心はありません」
と100%の信頼度ゲージを軽く振り切ってそうな言葉を受けていたので、そのまま街に戻らず街道を南下中だ。流石に船を沈めるとまでは言ってなかったのでちょっとは心配させてるかもしれない。
あのクズ帝国兵どもは助かったのかどうか確認する気もなかったので認識を飛ばしていなかったので判らないが。助かったとしても彼らのこれからはキツいものになるだろう。浸水場所に一番近くにいたのに何もできなかった無能は、あの帝国の財産であるさまざまな物品、そしてあの船を失った帝国に優遇されると思えないからな。獣人種だというだけで下にみる帝国人が、ミスした人間に寛容とは思えない。孤児たちの人生を軽んじようとしたその傲慢は、その地位を失って思い知るがいいのさ。
今までこの世界を見てきて判った魔法や道具の現状から考えて、この世界の普通の人間がサルベージするのは無理だろう。あ、でも猫人族やら豚人族やらのいろんな人種がいるこの世界なら、まだ見たことないけど人魚的な人もいるのだろうか。居るとしたら魚人なのか人魚なのか、俺的には貝殻ビキニの後者を推したいところであるが。まあ居たとしてもサルベージに掛かる労力はそんな軽いものじゃないだろう。
この街道をもうちょっと東に進むと、帝国との国境になる巨大な長城が続いているらしいが、帝国に姿を見られたり刺激するのは避けたいのでこのまま南進することにした。そういう訳で、今は二日目のテント泊で迎えた朝、俺は微妙な目覚めをしてしまった訳だ。小川のそばにテントを設営していたので、川の水で顔を洗って目を覚ますかと川のそばに向った。
なおまだシャッキリとしないのはあの悩みのせいだな、兄貴に相談するのも違うしなあ。治癒院に行って相談するにも、この体でEDかも? なんて言ったらどんなことになるか想像もつかない。
本当に、この体じゃなにが原因かハッキリしないのがなあ、と川に映る自分の姿にもにょる。女神様も本当に難儀な事をしてくれた。
ユリアナが用意してくれた暖めたスープと、パンという朝食を頂きながらも考え事を続けていると、ふと気付くと、食事の手を止めたユリアナの視線に気付く。
「ご主人さま、どこかお加減悪いのですか?」
とユリアナに心配されてしまった。その深い藍色の髪の毛を撫でながら、
「大丈夫、ちょっと考え事してただけだよ」
と猫の子のように目を細めて撫でられるがままのユリアナを見る。
食生活が良くなった性か、あのやせ細っていた体も次第に女の子らしい体になってきているが、まだ子供なんだよなあ。というか俺の周りに居る子がユリアナを筆頭に子供ばっかりだ。ジュリエッタもまだまだ可愛いって形容詞の方が似合うし。
あ、のじゃ子さんはユリアナとどっこいなんで。とか考えると速攻彼女からキーキー怒ってるイメージが伝わってくる。どうも相手の事を考える想いっていうのが伝わりやすいみたいだ。いや怒ってるけど、あの里にいたクローネさんを始めとした大人のエルフさんたちを見たら将来は決まってるようなものだろうに。
そうか、もしかしたら大人っぽい色気成分が足りてないのかもしれない。そんな成分を補充できれば、あの朝でも元気の無い彼も蘇ってくれるかもしれない。思い返せば、そういう衝動を受けるような女性と出会ってないような気がする。ちょっと年上というと森のイルカ亭のルカさんが思い出されるが、ルカさんは神さまだったのでそんな感情沸きようもなかった。
しかし、簡単に大人成分が補充できそうなおれの机の本棚は残念ながら封印されている。あそこには俺が長年の人生で溜め込んだ想いが詰まっているというのに。
「ゆっくんが用事があるときにすぐ判るように」
という理由で設置されたセンサーで察知されてしまう……。いや、これ俺が存在を隠していたときに準備されていたもので、フローリアが由香里ねーさんを起こさなければこれで捕まえる気だったらしい、兄貴の発案だったらしいが。いや、もう判ってるんだからつけなくても良さそうなものだったが、インターホン代わりでいいでしょ? とか言われた。
俺が部屋に手をだすとてろてろてろりんとチャイムがなるらしい。お陰で机の本棚に並べられたお宝たちを回収することすらできないというね。フローリアのDVDプレイヤーは更なるアンタッチャブルなので触れてはいけない。
とりあえず、不安を振り払うように、カラ元気でも詰め込んでおかないと、またユリアナに心配されてしまう。俺はいそいでごはんを食べ終わると身支度を開始した。
街道を俺とユリアナのペースで南下していけば、明日くらいには中継都市の一つであるイパナの街に付けるだろう。トレド程ではないが、宿場町として栄えているのでその手の店もあったりするだろう。元の世界でも最古の職業と言われたあれがこの世界に無いわけはない。
そうだ、俺は異世界デビューを果たさなければならない。俺はダメな決意を新たにするのだった。その前に立ちふさがる大きな壁から目を逸らしながら。




