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52話 応報

「では、あの子たちが帝国の船に乗せられてしまったというのですか」

 周りを孤児の少年少女に囲まれた神父さんは愕然とした表情を浮かべる。無理もないだろう、もう一般市民では手が出せない所に連れ込まれてしまっているし、抗議するにしても、クライセンの議会を通してもなしのつぶての帝国が言い分を聞くとは思えない。


「私が彼女たちをあの船から助け出します。ただ」

「助けていただけるのですか、ユキさん」

神父の、そして孤児たちの涙を泣きはらした目が俺に集中する。


「ただ、捕まっている子供たちは他の街に逃がそうと思います。一度捕まった彼女たちが、このクエリアの街に居ると言う事が判ったら面倒な事になるでしょう」

「その逃がす先……、というのは聞かないほうがいいのでしょうか?」

ああ、いやまだ俺も交渉してないだけなんで、多分大丈夫だと思うんだけど。彼女の元に送れば、平和に過ごしていけると思う。

「ここから離れた場所ですので、多分帝国の目には留まらないと思います。信頼できる相手に頼む予定ですので、それに時間がたてばまたココに戻ってくることもできると思います」


 ただ、この子たちのリーダーみたいな存在だった子が二人居なくなって大丈夫なんだろうか。

「ミルねーちゃんを逃がしてあげて」

「おれらもみんなでお手伝いがんばるから」

神父さんとともに、その子らの頭を撫でながら、

「まかせといて、みんな助けてあげる。ついでにあの帝国兵もちょっと懲らしめておくから」

と約束した。


 さて、まずは交渉しないと。俺は、遠く南の地、グレイスに居るだろう彼女の元にゲートを開こうと意識を集中する。明確なイメージ……場所……、俺はグレイスの館に向けてゲートを開いた。まだ向こう側は確認していないが、パスは通ったのを確認した。

俺は子供が通れる位のゲートを作り出して、前に買い換えて使わなくなっていたナップザックの口に固定した。これで持ち運びはオッケーっと。

 さてどこに繋がったかなあ、とゲートの両端を開いて手を差し込む。空中から手が湧き出したら騒がれるかもしれないけど、緊急事態なので許してほしい。手をゲートに入れながら、空間認識でゲートの向こう側の状況を確認しよう。あれ、なんかふにふにとした感触が……まさかこれは……。

「えっと、ユキさん……こんな所でお会いできて嬉しいのですが出来たら顔を見せていただけませんか?」

って、ジュリエッタのふにふにをふにふにしていた。何を言ってるか判らないかもしれないけど、俺もどうしてこうなったのやらよく判らない。


 あ、そうか場所を把握した。そうだよね、グレイス邸でもっとも印象に強い場所ってここだよね……、

「……やあ、こんなところからこんにちわジュリエッタ……、なんでこんな時間にお風呂に?」

そこは昼間だと言うのにお湯をたたえたグレイス家の浴室だった。幸か不幸かジュリエッタ付きである。

「ユキさん、お久しぶりです。今旅先からちょうど戻ってきた所で、汗を流しておりました。でも手が空中からでてきたのでびっくりしましたけど、ユキさんの手だっていうのは見てすぐ判りましたが……」

あー、それで自らインターセプトに来たと……、なんというアグレッシブなお嬢さんだ。しかも手を抱きこんで離してくれないんですが。以前、うちに泊まった時に、時空魔法を使うことは教えてあった。でないと旅についてくるみたいな意気込みを見せていたので、ゲート開けるようになったら逢いに行くってジュリエッタにも約束してあったんだ。


「えっと、それでユキさん。ついにわたくしをさらいに来てくれたんでしょうか?」

って笑いながら話しているけど、そうじゃないのは判っているだろう。

「あー、とりあえずちょっと服着てもらえるかな? 話がしたいんだ」

とお願いした。まったく隠す気もない感じでこっちが照れてしまう。


 申し訳ないが、お風呂を中断してもらって話を聞いてもらうことになった。

「そんな事が……、ここグレイスは帝国とはあまり関わっておりませんので、そこまでのことになっているとは存じませんでした」

 帝国の横暴を聞き、沈痛そうな表情を浮かべるジュリエッタ。まあその辺りも将来的にはどうにかしたいところだが、まずは子供たちの処遇だ。

「わかりました、その子供たちはこのグレイスで保護いたします。なんでしたら、私とユキさんの養子という形でも」

 いや、そこまではしないでください。お願いします。いきなり子持ちはちょっとレベル高すぎです。あ、でも保証金とかどうしよう。今手持ちが……。

「私、首長の娘であるジュリエッタがお預かりするのですから、ご安心ください。なにより本来ユキさんに支払われるべきグレイウルフ討伐の報奨金だってあるのですよ?」

「うん、ありがとうジュリエッタ。多分子供たちを助けるのは夜半になると思うから、よろしく頼む」

「はい、心得ました。ユキさん」

あと、そろそろ手離してもらっていいかな? 真面目な会話中にドレスごしとはいえ胸に手を抱かれたままってのはかなり気恥ずかしかった。



 神父さんに子供たちはグレイスの首長に預ける旨を教えてあげたら安心していた。

「あそこでしたら、今のクラウセンのどこよりも安全でしょう。ありがとうございます。子供たちをよろしくお願いします」

と神父さん他、子供たちに見送られて俺とユリアナは夕闇の街に繰り出した。そろそろ帝国の船が出航しそうだったからね。


「で、ユリアナ? 無茶はダメだからね?」

「はい、ご主人さまのご迷惑にならないように」

 彼女は子供たちがさらわれたのは自分の責任だから連れて行って欲しいと俺に懇願してきた。本来彼女の魔法や身体スペックがあれば帝国兵なんてなんとでもなったのだろうけど、優しい彼女は帝国兵すら傷つけようとしなかったようだ。それを今は悔いている節があるので、連れて行ってあげることにした。いろんな状況を経験して、自分で考えて最適な行動を取れるようになって後悔して欲しくない。

 まあ今回に関しては、もうあいつらと関わった時点でミスだった。あいつらに見つからないようにって言っておかなかった俺の責任が一番大きいので、ユリアナに責はないんだけどな。

ユリアナに気をつけてね、とは言ったが、この居留地に問題になる存在はまったくと言っていいほど居ない。おれはユリアナを連れて、周囲の兵士たちをすべて時間停止で固定して、無人の野を歩くように帝国の居留地内を歩いていく。

「ご主人さまの魔法って、本当にすごいですね……」

 俺達が目の前を通ってるのに、まったく反応しない帝国兵の前で手をひらひらさせながら、ユリアナが驚いてる。こういう風に大規模に使っている所は見せていなかったか。スリアの街は平和だったもんなあ。まあこんなに止められるのもこの兵士たちが大した力を持ってない奴ばっかりだからだ。


 目当ての船が、桟橋に係留されているのが目に入ってきた。ってもうタラップ外し始めてる、状態で止まっていた。俺はユリアナの体を抱えて、船の甲板に飛び乗る。船員たちはイカリを上げて、出航する寸前だったようだ、ギリギリセーフだな。まあ出航してても追いつける自信はあったが、面倒ごとが少なくて済んだ。


 ん? 俺は甲板にある布がかぶせられた物体に目を引かれた。この形もしかして……布を被ってないところから覗いてみたら、黒光りする鉄製の筒。その形状は明らかに俺が知っている大砲だった。まじか、こんなもの帝国持ってるのかよ。これがあるとなると小銃の可能性も考えておいた方が良いな。妙に帝国が強気にクラウセン都市連盟に出ている理由のひとつが判った気がする。

 俺のしぐさが気になったのか、ユリアナもこの布の下を覗いて顔を青ざめさせた。

「……これ、島を焼きました。怖い道具です……」

彼女の島は帝国の船に襲われて、大砲を撃ち込まれたようだ。その光景がフラッシュバックして泣きそうになっているユリアナを撫でながら大丈夫と伝える。こんなもの海にぽいぽいだ。


 すべて時がとまった船の中を進んでいく。扉の金具を見るたびに、時間停止をかけたナイフでギリギリまで破壊しておく。これも後ほどの仕込みだ。動かない兵士たちを避けながら、俺とユリアナは最下層の船室までたどり着いた。外から太い木のつっかえ棒が金具に掛かっていて、内側からは開かないようになっていた。俺はその木を持ち上げて時間固定して、ドアを開けて船室に入る。そしてつっかえ棒の時間停止を解除して、さらに扉に時間停止を掛けて開けられないように細工した。


 自ら閉じこもったのはしばらくここで過ごすからだ。俺は船周辺に掛けていた時間停止を解除して時間を動かし始めた。物音や振動、声が聞こえ始める。

 船室の中は明かりもつけてもらえず、暗闇の中で泣いている子供たちが居た。入ってきた俺達に気付いていないようだ。携帯ランプを取り出して、明かりを灯すと、まぶしそうにしたあと、俺らの姿を見つけて子供たちは悲しそうな顔をする。

「お姉ちゃんたちもつかまっちゃったの?」

「違うよ、きみたちを助けに着たんだ。ごめんね、遅くなって」

と伝えたらまた泣き出してしまった。今度は安堵から来る涙だろう。外から泣き声を聞きつけて、

「うるせーぞ、ガキども」

と扉を蹴った男が居たが、扉には時間停止を掛けてあるので音すら伝わってこない。外で折れた脚を抱えて呻いている。他の帝国兵たちはゲラゲラ笑っているか、彼はそれどころじゃないだろうな。

 船が出港したようで、部屋はゆるやかなゆれを感じるようになってきた。俺は彼女たちに声を潜めるように伝えて、これから先の事を伝える。

「君らにはここから私の魔法で他の街に逃げてもらう。行き先はグレイスの城砦都市」

 行ったこともない遠い場所、そして神父や皆の下にはしばらく戻れないことがわかると、皆悲しそうな顔をしたが、決して悪いようにはならない、神父さんたちにだっていつかは会えると言うと納得してくれた。もう騒がないことを約束させて、鎖を切り裂いて、彼女たちを自由にしていく。

 ジュリエッタに連絡をして、小さなゲートをひとりひとりくぐらせていく。一番年長のエミにはちょっとゲートが小さかったので、申し訳ないが、向こうからは引っ張ってもらい、こっちから手でおしりとか押し込んでムリムリ通ってもらった。

「き、きついです」

って言ってたけど、マジごめん。俺の力不足だ。


 子供たちを皆グレイスに逃がしたら、あとはしばらく待つだけだ。この辺りじゃちょっと早い。おれは空間認識で海底や周辺を確認しながら時を待つ。フローリアがDVDを出してきたのは流石にのんびりしすぎじゃないかと思うんだが。ユリアナは、まだ結わいてなかった俺の髪を結ってくれている。今日はうしろに1本にまとめた三つ編みおさげらしい。


 船体の揺れが大きくなってきた。そろそろ湾を抜けて、外洋にでたんだろうか。海底も深くなってきてるし、そろそろ大丈夫かも知れない。

さて、作業を始めるかな、と思ったらこの船室に向けて歩いてくる集団が居る。ああ、あのクズ兵士どもか。

『へへ、そろそろお土産を楽しませてもらおうか』

『まだ隷属魔法掛けてないから泣いて暴れるんじゃないすか?』

『ばか、それがいいんだろ。帝国に戻ったら安く売り払えればいいし、壊れたら捨てりゃいいさ』

残念、もうお土産は送還済だ。ヤツらがドアのつっかえ棒を外そうとしているので、棒の時間停止を解除して棒は外させてやる。

『さて、お楽しみと……、ってドア開かないぞ、歪んだのか?』

『どれ、どけてみろ。ってびくともしねえじゃねえか』

『よし、力を合わせて引っ張るぞ』

と力任せに開けようとしているのを空間認識で把握して作業を開始した。奴等が開けようとしていたドアを力任せに蹴って開いてやった。ドアの時間停止は蹴ったタイミングで解除し、金具の壊れたドア板は3人を吹き飛ばしてそのまま後ろの壁に挟み込む。そして船の外の水を固定化して、この部屋の船底に大穴を開けた。船がぶつかった振動で大きく揺れる、そしてそのタイミングで船を中心として時間停止して俺たちは部屋を抜け出した。ドアにはさまれた三人は意識を失っているようだが、うまく逃げろよ?

 通りがかり、船に積まれていた物資も迷惑料としていろいろ頂いていく。小さなタルに入った酒や保存食など。船長室を覗いたら金目のモノも見られたが、その辺りは触らないで置こう。かき集める係とか居たら不審がられるかもしれないしね。


 大きな音に驚いて船底に向おうとしたまま止まっている船員たちを避けながらデッキまで上がってきた。念のため、メインマストを固定しているロープに切れ目を入れておく。これで最悪動きが取れなくなるだろう。俺はユリアナを抱えて暗い海へと飛びこんだ。



俺は暗い海の上に立って、時間停止を解除した。今頃船底に開いた大穴から海水がなだれ込んでいるだろう。

『船底より浸水、穴が大きすぎて止まりません』

『船底を捨てろ!! ドアを閉めて隔離だ』

『ダメです、水圧でドアが弾け飛びました』

 悲鳴にも似た怒号が聞こえてくる。もう脱出用ボートで逃げるしかないだろうね。小細工をしておいた船はあの乗せていた大砲や多くの荷物、子供たちを積んでいたという事実ごと海の底に沈むだろう。

「ざまあみろ、俺のユリアナに手を出したバツだ」

その光景を見ながらついそんな事を口にしてしまった。お姫様抱っこしたままだったユリアナに見つめられてちょっと気まずい。おれは咳払いをして、ユリアナを時間停止している海面に立たせた。

「……ありがとうございます、ご主人さま」

と少し抱きついてきて、照れたように離れて微笑んだ。


「ところでご主人さま、ちょっとこれ怖いです」

ん、おれもこの真っ暗な海の真ん中で、海面に立っているのは自分の能力とは言え不安な気持ちになっていた所だ。俺は不安そうなユリアナの手を取ってライトで暗い海面の道を照らして歩き出した。


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