51話 因果
その夜は、旅の聖職者が泊まる部屋を借りて眠ることになった。巡礼みたいなものなのかなあ、と神父さんに聞いてみると修行の聖職者たちが聖地をめざすんだそうだ、聖地ってどこなんだろ?
「聖地はアセルス王国の王都にございます」
アセルスって建国からそこまで歴史なさそうなんだけど。そこに聖地があるってのはどうなんだろう。
「かの地で邪まなるモノたちとの決戦の際に、善の神シルフィスさまがこの地に降り立たれてました。そして、かの国の王と精霊に力をお貸しくださり、その戦の後に姿を隠したといわれている地があるのです」
ご存知でしょうが……、と前フリされたけど知らないからね? こっちが神の使い、ってのはまあ間違っていないんだけどね。シルフィスさんじゃなくて、その上司のエリアさんの手下みたいなもんだから。
そのシルフィス神の使いだと神父さんは信じきっているので、その俺が何にも知らないってのは思ってもいないみたいだ。聞けば教えてくれるけど、聞かないことは知っていると思って喋ってくれない。微妙にやりにくい。しかも質問すると、試されているのですね!! みたいに目を輝かすのはやめていただきたい。
気になっていた帝国の動向などはあまり耳に入ってこないようで、詳しい話を聞けなかった。
街で我が物顔でやりたい放題っぽいあいつらは何を拠り所に他国で暴れているのか聞いてみたら、
「帝国の租借地にいる帝国の民たちは、彼らの法律でしか裁けません。こちらが正道であると訴えても、彼らが罰せられるのは稀です。かえって訴えることで目を付けられて報復をされるのを恐れている状態なのです、嘆かわしいことですが」
彼らも光の神シルフィスの下で平等である民のはずなのにと嘆息する神父さん。お風呂のあと、ユリアナがチョーカーを外していて、魔法紋が見えて奴隷だと知ったときにちょっと痛ましそうな顔をしていたがユリアナについては神父は何も言わなかった。
本人がまったくそんな気配を見せない程、明るく元気な様子なのがかえって俺としてもちょっと考えるところがあるんだが。ユリアナがチョーカー付けているのは俺が人目があるときは付けていてと言っているからで、彼女は俺の奴隷であることを隠すどころか、声を大にして喜んで伝えたいというのだから、悩ましい所だ、はぁ。
ちなみに今ユリアナは楽しそうにエアーマットの足踏みポンプを手で使って空気を入れている。これももうこちらの世界の寝具では物足りないだろうと用意された物だ。いや、手じゃなくて足で踏めばいいのにって言ったら
「ご主人さまの寝られる空気に足をかけるなんてできません」
というナゾの反論を受けた。いや空気なんて……、まあ楽しそうだからいいけど。その膨らんでいくエアーマットの上でもうすでにごろごろして楽しんでいるフローリア。ってあれ? そういえばあまりウェストバックから出てきてなかったけど、今頃でてきたのか。
「おとこのこはらんぼうだから、やー」
聞いてみたらそういうことらしい、そう言えば今までも小さい男の子の前では出てきてなかったか。
その後、膨らんだエアーマットに川の字になって眠った。リスティたちが遊びにきていたから、一緒にねる事に対する抵抗は薄れてきたようだ。俺だけこのマットに寝ろとか言われたら、さすがに申し訳ない。ただ自分の奴隷という立場の女性と床を共にするということになれてはいけないと思うのだが……。
朝起きると、マットの上に寝ていたのは俺とフローリアだけだった。まだ寝ているフローリアをウェストポーチに移した。ウェストポーチ内は空間拡張をかけてあるので以前よりかなりゆったりしている。まあ、いろんなフローリアのお宝たちが詰まっているのだけどね。
いそいそとエアマットから空気を抜いてたたみながら、ユリアナはどこに行ったのか建物の中を探っていく。ってもう昼近くか、ユリアナも起こしてくれていいのにと思うんだが、言い付けておかない限り、ずっと寝かせておいてくれる。その間に完璧に家事を済ませて、朝食を用意してくれているのだ。本当にマジで、ダメな方向で調教されている気がします。
「あれ、居ないな?」
久々に独り言なんて口にしてしまった。最近はいつも身の回りに彼女が居るから独り言にならないんだよね。軽く身支度をして、2階にあった部屋から降りていく。すると階下から声を掛けられた。
「おお、ユキさん、起きられましたか。あのお嬢さんがまだ寝ていらっしゃると聞いていましたので……」
と途中からなんか言葉にならない感じにあってる。ってああ、そうか髪まとめてない状態だからか。
腰あたりまである髪をそのまま後ろに流しているのは、確かにあの女神さまに見えなくもないだろう。俺もそう思う。昨日の夜、冷静に考えてみたが確かに関連があってもおかしくないもんなあ。
あのエリア神は、俺は死んだ俺はあの神域で受肉して、この地に降り立つと言っていた。その肉ってのが女神が地上におりる為の体って可能性がある。って考えたらストンと腑に落ちた感じがした。って事は、あのTVでも見たことがあったあの荒武者っぽいじじいもこの体だったのか。なんか怖い絵が想像できたわ。ちなみに髪は自分でいじるのが大変なほど伸びてしまったのと、ユリアナが自分の仕事だと楽しげにしているから。
しかし、階段下でひざまずくとか割と失礼なんじゃないかと思うんだが、俺は何も言わずにスカートの前を押えながら降りたら、自分の間違いに気付いたのか神父さんは赤面して立ち上がった。いや俺も悪いからごめん、赤面されるとこっちも居たたまれなくなるんだ。あせった言葉が飛び出してきそうな口の前に手を置いて謝罪をさえぎる。
「あの、静かですけど。うちのユリアナとかどこに行ったんでしょう?」
「ああ、彼女でしたらうちの子たちが昼の用意をすると言って、街の方へ連れ出してしまいました。申し訳ありません」
あーあの子供パワーに負けて連れて行かれたのか。まあ抵抗できなかったわけじゃなく、彼女も歳の近い子たちと触れ合うのは楽しそうだったしな。
「ええ、でも結構前に出て行かれましたので、そろそろ戻る頃だと思うのですが……」
ふむ、俺はユリアナが持っていているはずの次元バックの位置を探し、その方向に向けて空間認識を拡げていく。って、なんでそこにいる。彼女は町の北東、帝国の居留地の所にいた。
「えっと、神父さん、トラブルみたいです。ちょっと行って来ます」
俺は部屋に戻って、ウェストポーチを身に付けて、バックを肩に掛けて神父の家を飛び出した。礼拝堂を抜けて、駆け抜ける風が礼拝にきていたご老人を驚かせているが、すまない。あまり余裕がない。ユリアナが泣いてるんだ、ずっと俺に出逢ってからほとんど笑顔しか見せてない彼女が。
「あの子たちを返してください!!」
泣いている子供たちに囲まれながら、帝国領の入り口に立つ男に泣きながら懇願しているユリアナ。
門番に食って掛かるユリアナに、周りで泣いている子供たちに、街の人々が集まって悔しそうな表情を浮かべながら、遠巻きに集まっているようだ。俺はその人ごみをかきわけながら進んだ。
「あのガキどもは、我ら帝国兵に暴行を行なった。これは帝国の法で裁かれることになる、開放はできん。貴様は帝国の法に則った個人資産であるから目こぼしているだけだ。これ以上は財産没収ということになるぞ?」
と好色な笑みを見せて、ユリアナの姿を嘗め回すように見つめる視線の前に俺は飛び込んだ。
「えっと、私の奴隷が失礼いたしました。行くぞ、ユリアナ」
俺は取り出していた奴隷契約書を彼の目の前に開きながら、彼の視線からユリアナをさえぎった。
急に飛び込んできた俺の背中に驚き、ユリアナの表情は焦りから安堵に変わっていき、そしてそのまま背中に縋り付いて泣き出してしまう。てめーら、もうこれでギルティ確定な。とりあえずは、この場を離れよう。
このユリアナとの契約書が本物であると判って諦めたのか、
「チッ、ガキのくせに奴隷持ちか。お前も奴隷の管理はしっかりするんだな」
とツバを吐き捨てた。そういえば、こいつ前のクズ門番と違うな。あいつだったら、もう余裕で手を出してそうだったが。まあこいつはこいつでクズそうなんだが。
まあ、まずはユリアナから話を聞こうと、メイン通りからちょっと入った小道で話を聞くことにする。回りの子供たちは大丈夫だからと安心させて礼拝堂へと帰らせた。
「子供たちと、街を歩いていたらあの兵隊さんたちに声を掛けられたんです」
あんなヤツらにさんはいらんぞ、と思いながらもまだぐずっているユリアナの頭を撫でながら話を促す。
「お酒の相手をしろって、俺らについて来いって手を引っ張られたんで、嫌ですってお断わりしたら怒り出して。周りの子供たちが持っていた野菜を投げつけたら……」
あー子供たちはユリアナを守ろうとしてくれたのか、方法は悪手だったかもしれないが。
「……それで、罪人として本国に連れて行くって、野菜を投げつけた男の子たちが捕まって。ミルとかエミとか何もしていなかったコも連れて行かれてしまって……」
あー、あのご飯とか用意してくれてた年長組の女の子たちか。年少の子の暴走に巻き込まれたというより、ヤツらの下種な考えを感じて悪寒が走った。
「私はご主人さまのものだってこの魔法紋を見せたらあの場所からを追い出されたんですけど、あのコたち今日の船で帝国に送られるって……」
ぽろぽろととめどなく零れるユリアナの涙。俺は急いで、帝国の港湾エリアにある船に空間認識を走らせて、状況を確認する。忙しそうに出港準備が進められている大きなガレオン船の最下層の船室に彼女たちを発見できた。みな鎖で手足を拘束されている。
泣いている子はいるようだが、衣服の乱れもないし、流石に出航間近っぽいあの船で、そんな事をしている余裕もないんだろう、まだしばらくは大丈夫そうだな。状況は常に確認しておいて、最悪の状況になったらすっ飛んでいこう。ごめん、もう少しガマンしてくれ。
起き出してきた自動ぽむぽむ発生機のフローリアが泣いているユリアナに抱きついている。俺はあのクソどもにどう報復してやろう、そんな暗い考えに囚われそうだった俺の心を解きほぐしてくれたその光景を見て、まずは神父に状況の報告をしに礼拝所に戻ることにした。
あ、報復はするけどね。




