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50話 夕餉

「……えっと」

礼拝堂に休める場所があります、と神父さん言ったよね? そう聞いたはずなんだが。神職の人がウソつくのって良くないと思います、と憤りすらむなしくなるこの状況。

「おねえちゃんたちの服きれいね」

「すげえー、女神さま動けたのかよ」

「ばかね、これは写し身ってやつよ。ってあれ触れる!!」

 神父さんに招かれ、礼拝堂の裏手にあった四方を建物に囲まれている中庭。その中庭の先にあるこじんまりとした建物のドアを開けたとたん、中からどわーっと現れた子供たちに俺とユリアナは囲まれていた。最初は神父かと思って飛びついてきたらしく、人違いにちょっと途惑っていたが、神父が

「大事なお客さまなので、けっして失礼がないように」

と困ったように口にするころにはいろいろともみくちゃにされていた。

 

 俺やユリアナの服に触れたり、垂れたおさげに触れたいのか飛び跳ねている子供。スカートを指でつまんで下から中を覗こうとしていたマセガキにデコピン入れつつ、神父さんに聞く。

「……あの、この子達は?」

「化け物などによって、家族を失った孤児たちです、この裏に彼らを住まわせている家があるのですがいつもはこの時間になると皆で食事するので呼びにきてくれたらしくて……」

すいません、と神父は頭を下げた。ああ、この状況は彼にとっても想定外だったのか、まあ仕方ないかねえ。今更失礼しましたって居なくなれる雰囲気じゃない。


 神父さんが俺らを招こうとしていた館の方ではなく、結局孤児たちが住んでいる家の方に案内されて、そちらで夕食を頂くことになった。俺は大きなテーブルに座らされて、お誕生席で待たされている。

 いや、周りで小さい子が皿運んだり、テーブル拭いたりしてるのを座ってみてないといけないとかすげーこれ居心地悪いんですが……。年長の女の子たちはお客さんが来たと、料理を増やすんだと作業中で、そこにいつの間にかユリアナも混ざっていた。用意されているパンや作られているスープらしきモノをチェックしている。さて、うちのシェフはどんな判定を……、ってちょっと悩んでるな。


 すっかり俺の胃袋を掴んでいるユリアナさん。スリアの街に連れて行ったときにはろくに立ち歩けなかった彼女が、動き始めたとおもったら始めたのが家事だった。見る間にあの木こり小屋みたいな家が綺麗になっていくのは魔法の様だったもんなあ。それ以上にびっくりしたのが料理で、俺の好みを判っているかのような感じで、味付けを外したことが無い。俺の世界の調味料とかも初見で使いこなすので、なにか不思議パワーを感じなくもない。


 そんなユリアナがちょっと申し訳なさそうな顔で、てててと俺に寄って来る。しかし、寄ってきても、ちょっと言い出せないで俺の前で黙り込む。この顔をするときは判る、彼女が我がままだと思っている事を言い出せない時だ。その頭を撫でながら俺はユリアナに語りかける。

「自由にやっていいよ。招待された側だけど、こっちからのお礼の先渡しだと思えばいいんじゃないかな?」

といったら、まだちょっと悩んでいるようだった。

「ユリアナの料理は美味しいって、みんなに自慢したいなー」

ってちょっとおどけるように言ったら、踏ん切りがついたのか小さく頷くと、ユリアナは自分のカバンを開けていろいろなモノを取り出して、周囲の女の子たちに指示を始めた。


 ユリアナの背負ってるカバンは、スリアの町にある家の物置きに空間ゲートで繋がっている次元カバンになっている。そこから出してくるモノを俺はつぎつぎと時間停止を解除してあげていく。俺の時間停止は認識外にあるものは制御できない。が、空間ゲートごしでもそこに認識が繋がればその場所の術は維持できた。これは旅に出る前に試してきたので間違いない。これまで根無し草だったから確かめられなかったけどね。


 突如はじまった料理の大改造にちょっと神父さんが驚いている。俺を待たせてしまっていると思ってたみたいだから仕方ないか。

「あー、すいません。うちの方で勝手始めちゃって、用意していただいてたのに」

「いえ……。私も子供たちに飢えは与えてないと自信がありますが、満足させているかと聞かれたら少し心苦しい所があります。人々の善意や都市からの援助でまかなっているもので……」

寄付などで賄えているのだろうが、それでも贅沢はさせて上げられないという所か。


 かくして、ユリアナの陣頭指揮によって魔改造された晩餐が俺らの前に並ぶ。メインは野菜のスープらしき物から牛乳などでクリームシチューに大改造されたものだろうか。ボイルしてならべられたあらびきソーセージにマヨで和えられたポテトサラダや、パンには切れ目が入れられて間にハムやチーズなどが挟まれている。その色取りに驚いていた神父さんだったが、気を取り直して告げる。

「それでは、シルティス神と、ユキさんに感謝して皆いただきましょう」


 それからはもう戦争だった。こちらにも牛は居るが、庶民の口に入るのはまれで、さらに牛乳なんて保存の問題から殆ど農村でのみ消費されているようなものらしい。なので、このクリームシチューの味わいに子供たちは大騒ぎし、日本直輸入のあらびきソーセージでケンカしつつ、パンやサラダもあっという間に消費されていった。ユリアナはおかわりの配膳などにぱたぱたと走り回っていた。あー君も歓待される側なんですが、まあ楽しそうにやってるからいいけどさ。

「これが……神の味ですか……」

と神父さんが涙を流さんばかりでしたが、違います。単に食い物にうるさい国民性が生んだ文化ですよ、それもモノによってはまだ日が浅いというね。


 騒乱が終わり、ユリアナがお茶を入れてくれたのを飲みながら神父さんと話す。

「ユキさんは何を為さりにこのクエリアの街にいらしたのですか?」

「えっと、観光です。いろいろ見て回りたいと思って旅をしている途中です」

と正直に答える。世直し旅行という説もないでもないが、ここの所開店休業中だ。冬のスリアは平和そのものでゴブリンのゴの字も聞かなかった。

「そういえば、最近は化け物の話とかあまり聞きませんが、ここらあたりでは見ませんよね?」

「そうですね、前の季節にグレイウルフが暴れていたという話のあと、一般にはそういう話がでてきてませんね」

一般には? ってことはどこか一般じゃないところがあるのか。

「迷宮都市はご存知ですよね、あそこの迷宮にでる化け物が強くなっているのでは? と言われてます」

 あの神が創ったっていうウワサの迷宮か。その迷宮になぜか沸いてくる化け物から得られる魔石や宝物などを目当てにして、冒険者やヤクザ者が集まって迷宮を中心とした街が出来上がってたらしいね。俺もいつか行って見たいってトールが言っていたのを思い出す。まあ迷宮都市はもともとこれから向おうと思っていた場所だしちょうどいい。


「あのユキさま、お風呂そろそろ用意しますか?」

ってあー、そんな時間か。って旅に出たらしばらくガマンしようかと思ってたんだが、ユリアナには言ってなかったか。彼女の中での俺へのお世話ルーチンにお風呂が組み込まれてしまっているらしい。

「すいません、うちにはお風呂はないんです」

と神父さんが謝るが、ユリアナにはそれを意に介さない。

「あの中庭、貸していただけますか?」

あー確かにあそこなら人目にはつかなそうだけど、いいのだろうか。と悩んでいるうちに有無を言わさない感じのユリアナに神父さんが負けて了承がでてしまった……。

 旅するなら必要でしょ! って由香里ねーさんがキャンプ用品店で仕入れてきた組み立て式のポータブルバスタブを使う気なんだろう。あれ狭いし、一人で入ってるのアホみたいだからこうなったらヤケだ。

 野営にでも使え、と兄が用意してきた広いビニールシートの端を子供たちに持たせて時間停止を掛ける、これで湯船完成と。兄が何を想定して用意してくれたのか判らないがありがたく使わせてもらう。つまんだ形のまま動かなくなったシートを不思議そうにみる面々。


「たぶん魔道具?」

と言い張って作業を進め、ユリアナが水魔法で中に水を貯める。みるみる溜まっていく水に歓声をあげる子供たち、この魔法ももしかして普通じゃないんだろうか……比較対象知らんからなあ。

 次にユリアナは用意しておいた丸い石を火の魔法を掛けて熱していく。そろそろかな? と思ったらユリアナに目配せされたのでその石を掴んで水に放り込む。女の子が悲鳴をあげている、ああごめんまたやってしまった。大丈夫、燃えてませんよ? と手のひらを見せたら安心していた。


 俺のお世話マイスターの人が湯船の熱さを調整してOKが出た。これで超即席露天風呂の完成、脱衣所も体洗うところもないけどまあ、仕方ないよね。いつの間にか、孤児たちのイニシアティブを完全に握っているユリアナが、男の子はあと、女の子は先って仕切っている。しぶしぶと奥の家に入っていく男の子たち。じゃあ俺も後組で、と思ったらユリアナに捕まった。

「ごし、ユキさまは男の子には刺激が強いのでダメです」


 あー、この状況の方が俺には刺激が強いんですが、ユリアナさん。周りはひさびさのお風呂にきゃあきゃあと喜んでいる女の子たちだ。周りが肌色成分強すぎるんですよ。そして後ろには褐色のユリアナがその手に石鹸をつけてゆるゆると洗ってくれている。自分の体を洗うのすら許してくれない、というか洗ったら悲しがるというこの状況はどうしてくれよう。ただ、前だけは自分で洗っているけどね。

「いつになったら前も洗わせてもらえますか?」

っていつも悲しそうに聞かれるけど、サンの扱いは俺に任せてもらいたい。ただでさえ、この女性的な体に対して異物感あふれているマイサンが取れる日が近いのではないかという危惧があるのだ。人の手は触れさせたくない。マジ怖い。リスティに弄られたときだって割とマジ泣きしそうになったくらいだ。

 ちなみに彼女は俺が男であることは知っている、というより契約する前から判ってたみたいだ。目を塞がれていた彼女は、声を掛けた俺を男だと認識していたみたい。


 女の子たちが入り終わったあと、一度お湯をすてて、また新しいお湯を作り出して男の子たちをいれてあげることにした。男の子たちは神父さんも引っ張ってきていたが、女神さまの前で脱ぐとはと

やたら恐縮していたので席をはずす事にした。俺は男だよ!!ってカミングアウトする事も考えたが、ついさっきまで女の子たちとお風呂を一緒にしていたことを思い出して、踏みとどまった。


 なんかだんだんと手が届かないくらい墓穴が深くなっていってる気がする。ちょっとへこんだ。


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