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48話 春の日に

「本当に出て行ってしまうの? ユキ先生」

「ええ、すいません。いろいろとしないといけないことがあるんです」

 あれだけ積もっていた雪もすでに解け、さまざまな新芽が山を色づきはじめていた。風の寒さも和らぎ、もうすでに季節はすっかりと春となっていた。


 本当ならユリアナの体調もすっかりと健康に戻っていたので、もう少し早くに旅立てる予定だったのだが、今目の前にいる漁師の若奥さんのマキハさんと、その腕の中に抱かれた彼女の娘のヒカリ。彼女たちがもう大丈夫だって思えるまで見守っていたのが旅立ちが遅くなった原因のひとつだ。

 雪の降っていたあの日、「おれの嫁と子供が死んじまう、先生助けてくれ」と夜更けにマキハさんの旦那のミゲルに起こされてからの数時間はもう忘れようとしても忘れられない。


「産婆とかできませんから!! 無理ですから!!」

と固辞するも、街の産婆もお手上げでどうしようもなくなって俺を頼ってきたと目の前で泣くミゲルに負けて、その様子を見に行った。

「ばあさん、ユキ先生つれてきた!!」

助産婦の人は、ウチに腰が痛いって前に来てたおばあさんか。俺を目にして疲れきっていた表情にちょっと生気がさした感じがする。

「もう一日掛かっていてな、逆子だとは思うのだがどうにも生まれてこないんじゃ。ユキちゃん、こっちじゃ」

と招かれた先、部屋の奥の暖かく火が炊かれた部屋で、女の人が粗い息を吐きながらベットに横たわっていた。

「マキハ、魔法使いのユキちゃんが来てくれたから、もう少しの辛抱じゃ」

そう、おばあさんが声を掛けると、苦しそうな表情を浮かべたままこちらを見て、ちょっと微笑んで、また苦悶の表情を浮かべる。まだ若いお母さんだ、都内だとアウトになりそうな妊婦さんか。聞いたように長い陣痛にかなり弱ってしまっているように見える。


 その手を握ってあげながら、俺はおばあさんに告げる。

「えっと、魔法の秘儀で調べてみます、門外不出なもので、少し一人にさせてください。あと、ちょっとだけでも休んでください」

「ありがとう、頼むよ……。ちょっとだけ休ませてもらおうかね」

といって、部屋を出て行ってくれた。念のため、他の部屋の時間を停止してオブザーバーを呼び入れる。また俺のうちに遊びにきていた通い妻系の人だ。

「と、アテにしてもらってもわらわもこういう経験はないのじゃが……ユキも手をだしてくれないしの」

と肩にフローリアを乗せたリスティを呼んだ。時間停止しかない俺に比べたら、彼女の方がよっぽど状況に対応できるのではないかと思うんだが。

 いきなり現れたエルフと精霊にびっくりするマキハさん、あ、彼女の時間止めるの忘れてた。リスティは俺とは反対側に周り、彼女の手を握って安心させる。

「心配はいらん、このユキは見た目と違ってこの世界でも有数な魔法使いなのじゃ。お主も、お主の子も救ってくれよう。この精霊もお主の子の生まれるのを祝福に来たのじゃ」

「もうすぐでてこれるのよ?」

とお腹に優しく頬を寄せているフローリアを見て、安心したような笑みを見せる。あー、怖いけど俺も覚悟を決めるしかないか。ゴブリン解体以外したことないのに……。


「さすがにあれと同じく考えるのは失礼じゃろ!! っとと、妊婦の前で声を荒げさせるな。マキハと言ったか娘よ、我の魔法を受け入れよ、次目覚めたときには赤子はお前の腕に抱かれている筈じゃ」

そう言って、リスティは小さく頷いたマキハさんに魔法を掛けていく。俺のイメージが伝わったとすれば深い眠りの魔法だ。

 俺は意を決して、彼女のお腹に掛かっていた布をはがして、腹部に手をあてる。彼女の下腹部も見えているが、そちらに目を向けている余裕は無かった、これからすることを考えると。

「だいじょうぶだよ、ゆっきー」

とフローリアが俺の肩に乗って俺に力を貸してくれる。ミスしたって取り戻せる。

 俺は彼女の腹部にナイフを切りいれた。時間停止を掛けたナイフはバターの様に彼女のお腹を切り裂いていく、太い血管とかヤバそうなモノを切ってしまったら部分的に停止を掛ける。判っているけど、怖い。生きている人間にナイフを入れるとか常識的にアリエナイ。パニックになりそうな頭に震えそうな手をなんとかコントロールして作業を進める。


「ゆっきー、足、足見えた!!」

とフローリアに指し示された、その腹腔から見えたその小さな体を引っ張り出す。ヘソの緒を切って余りをお腹に戻して急いで肉体回帰で元に戻した。えっとこれは後で排出される……んだよね? 中学時代の保健体育の授業を必死に思い出そうとするも。思い出すのは女性のからだっていうページと折られた教科書のはしっこのイメージだけだった。

肉体回帰によって見る間にマキハさんのお腹はもとのままにもどった。この術なら感染症とかもありえないので術後の心配をする必要がない。

 気が抜けて座り込みながら周りの時間停止を解除する。だいたい無茶だっていうのに、医学知識もないのに人の腹切るとかサムライじゃないんだから。

「おい、ユキまだおわっとらんぞ、その子」

「ゆっきー!!」

え、そういえば、柔らかい布のうえにおいた赤ちゃんが動いてない? マキハさんの方にばかり気が向いていたけど。

「え、これどうすればいいの?」

と俺は赤ちゃんを手におろおろととまどう。時間停止をして調べるか、というかなんでそれを先にやらなかった。先にたたなかった後悔が押し寄せる。こんな経験の無い俺はどうしていいかわからない。すると、部屋にはいってきた助産婦のばあさんが赤ちゃんを俺から取り上げた。

「ゆきちゃん、貸しな」

とそのままの勢いでおしりにびしゃんと平手一発。

「ほぎゃー」

と命の始まりのうぶ声が上がった。今まであんなに生気のなかった姿が一点、まるで生気の塊のように声を上げる。その声を聞いて、安心して腰が抜けてしまった。


「しかし、あっという間にあの難産を終わらせるとは、流石ユキちゃん先生」

いや、俺だけの手柄じゃないんだけどね。リスティは産声をあげた赤ちゃんに安心すると、おばあさんに気付かれる前に姿を隠す魔法を使って出て行っていた。居てもよかったと思うんだが。

「子供たちが精霊さまを見たと言っていたが、それも本当だったんじゃなあ」

と布に包まれた赤ちゃんの頭をぽむぽむしているフローリアを見て微笑んだ。リスティが解けるようにしていったのか、魔法が解けたマキハさんがちょっと苦しそうに目を開きつつあった。うぶ声を聞いて、ワタワタしていたミゲルも部屋に入るのを許された。


「目覚めたか? マキハ。ほれ、お前らの子じゃ」

 渡されたその小さい子を胸に抱き、ぽろぽろと涙をながす小さなお母さん。その壊れそうな子を抱かされて、落としそうになって彼女に怒られている若いお父さん。

「ユキ先生、精霊さま、うちの嫁と子供をありがとうございました」

とミゲルが俺に頭をさげる。フローリアは小さいとはいえ、自分よりも大きいその子の小さい手を触れながら笑っていた。その姿を見て、マキハさんがフローリアに声を掛ける。

「あの精霊さま、この子に名前を……祝福を授けていただけませんか?」

「?? ゆっきーがつけるのよ?」

ってここでも俺に振るんですか、フローリアさん。

 あー、でも今回はあまり悩まないですんだ。その夫婦がよりそい、幸せそうな笑顔を見ていたら自然と言葉をついていた。

「ヒカリ。ヒカリちゃん、でどうでしょう?」

彼女がこの光景の様に、幸せな光の中で過ごしていけるように、そうなればいいなと思った。


 そんなヒカリちゃんとお母さんの産後を見守っていたら、ついつい春の訪れを待つどころか新緑真っ盛りな時期まで滞在してしまったのだ。栄養が足りるようにと、いろいろ持ち込んで食べてもらっていたら、産む前より太っちゃいそうだってマキハさんはちょっと困っていたけど。

 

 ちっちゃなヒカリちゃんの手に握られていた指を引き抜いたら、わんわんと泣かれてしまったが、その頭を撫でながらお別れを告げた。この街の小屋は半ば倉庫として使っていく積もりだし、まともなゲートさえ開けるようになればまたくることも出来るだろう。前に来たときにジュリエッタにはまた旅に出ると伝えてあるし、リスティに繋ぎを取れば俺の居場所がわかると聞いたら安心していた。

「また必ず、このスリアの街に遊びにきます、今までありがとう」

って言って集まってくれた人たちに別れを告げてユリアナと一緒に街道を歩き出した。これもあれもと渡された荷物で大変なことになっているが、後で整理しよう。

 そして東に向けて歩き出した。次は一度は踏み入ったがすぐもどったクエリアの街かな。

ちょっと投稿ペース頑張りすぎていたのを少しペースダウンします。

具体的には1日1回。筆が走りすぎたら2回になるかもしれません。

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