4話 静止したトイレの中で
さきほどまで居た神域と同じくらいの広さの真ん中にぽつんと置かれた世界に誇るT0T0(ティーゼロティーゼロ)、メイドインジャポンの極み、ウォシュレット付き便座。その暖かな便座の上に腰掛けながら、俺は勢いでここに持ち込んだホログラムボードを弄る。
「あの、トイレ貸してください!!」
「女神は○んこなんてしませんっっ」
「なんで時間の止まってるここで催すんですかっ」
「いざ行くとなったら緊張して……良いんですか世界の救い手がいきなり漏らしても」
となどというやり取りの末、女神さまは神域にドアを作り出し
「そのドアの先に創りましたから……」と疲れたようにおっしゃった。とすかさず俺はホログラムボードを抱えて、ここに篭ったのだった。
ドアにカギだけでなく、服を掛けるフックまで付けてくれるとか申し訳ない。
もちろん尿意なんてなく。女神さまの視界から離れたかったのだ。ちょっとだけやましかったので。
彼女は誠実そうだから、トイレに入ったら監視しないだろうと思ったのだ。悪いなー俺。
実はスキルを選んでいる時にホログラムボードを弄っていて思ったのだ、これ表示だけじゃなくてかなりの多用途ツールなんじゃないかと。表示は止まっているが日付や時間らしき数字が出ていたりするし。
案の定いろいろ試していると出来る事がわかって来た。位置座標を指定しての千里眼や、指定した世界の現在の時間軸までのアカシックレコード検索など。できるのは多種多様に渡る事は判ったが、余り触れない事にした。女神さまに迷惑を掛けることになりそうだから。
今、やってるのはさっき掛けた迷惑のロスタイムだからノーカンだからね!
実は時空魔法を選ぼうとしたときに、想定している事がひとつあった。それは空間を渡る事が出来るんじゃないかと。
女神さまの世界に行くのは、あれだけの美人に頼まれたし、もう前の世界では死んじまってるから文句は無い。でも、元の世界に未練が無いわけじゃない。
ホログラムボードを操作して、地球の地表を調べていく。
ボード上に映し出される、わが故郷。その地図を移動させて、我が家へと近づけていく。なんか高起動なドローン操作しているみたいで楽しいなこれ。
兄夫婦と同居させてもらっていた家が見えてきた。ちょっと涙でそうになった。俺が死んでから何日立ってるのかはわからないが、ドアに忌中の張り紙があった。葬式上げてくれたんだなあ。
兄貴ごめんな、最後まで迷惑かけて。
そのまま2階の窓をすり抜けた。もう帰れないと思っていた自室へ。テーブルの上に俺の遺影があった。仏間ないから仮置きなのだろうか。
写真は俺がピースしているものだった。俺が生前に「俺の遺影はこれにしてねイェーイ!!」なんていった冗談が、マジでそこあった。これ痛いわ、すげー心に痛い。
そして机の本棚に綺麗に整頓されたエロ本が並べてありました……。隠してあったはずなのに。由香里姉さん……マジで涙でました……。
由香里姉さんは兄貴の嫁さんで俺の幼い頃から付き合っていたのを知っていた。ずっと可愛がってもらっていた。正直初恋の君でした。破れるの確定だったけどね。二人の結婚は両手を挙げて歓迎したし、祝福した。
でも、子供できなかったんだよね。不妊治療はしていたけど、残念ながら実を結ばなかった。
子供が生まれたらこの家を出て自活するという話をしていたが、かえってその話をしづらくなり、ずっと同居させてもらっていた。
とと、思い出に浸っていても仕方ない、する事をしよう。
したかったのは空間座標のマーキングだ。時空魔法に空間を開く系統の魔法があるのだがそれに必要なのが、視認もしくは明確なイメージ、そして絶対位置からの正確な空間座標位置だ。
4次元座標のとんでもない桁数の数値だが、場所の明確なイメージと共に脳に刻み込むことが出来た。これも時空魔法の一環なのだろう。
ちなみにこの0位置に何があるのか一瞬考えたが怖くなって考えるのを止めた。猫も泣かずば撃たれまいってヤツだ。触らないに越したことは無い。
今の実力ではこの場所に帰ってくることは出来ないけど、きっと戻ってきてみせる。
そしていつか必ず……あのエロ本たちをまた隠さないとね……。
さあ、旅立ちの時間だ。俺はトイレの水を何と無く流し、ドアを開いて神域に……。
「……幸弘さん。ズボンはいてください」
あ、こりゃ失礼。