46話 冬のアラシ
それは、冬の雪の降るある日に訪れた。
「ご主人さま、今日の夕ご飯はどうしましょうか、……ご主人さま?」
返事をしない俺が気になって、キッチンでメニューを考えていたらしいユリアナがこっちの部屋を覗いているが、それに構っている余裕はなかった。
雪が積もりすぎてスリアの漁師街から来る人たちが大変すぎないように、俺が雪かきをしてあるうちへの唯一の通路。その雪が積もって少し歩きづらそうな道を、2つの人影が登ってくる。田舎の山道にはふさわしくないその姿。ああ、見覚えありまくりのその影はグレイスの首長令嬢のジュリエッタさんと、おつきの確かクミさんだろう。クミさんは前もみた剣を佩いているが、認識を拡げても他の兵や護衛は見当たらなかった。
「ごしゅじんさま!? ごしゅじんさまっ!?」
ってユリアナがぐらぐらと俺を揺さぶっている、大丈夫だってとぽんと頭に手をおいてやったら落ち着いた。いや、ちょっと考え事してただけなのに。ユリアナは心配性だなぁ、と頭を撫でてあげると目を閉じて嬉しそうにしてる、その柔らかな触り心地に何時までも触っていたくなる、ってそれ所じゃなかった、逃げ……。ドアノッカー代わりにつけて置いたベルがちりちりと鳴らされていた。どうやらタイムオーバーだ。
「えっと……どうぞ」
ドアを開けて、二人に話しかける。羽織っていたコートから雪を払っていたから、ウチに入ってくるのかと思ったら、その場に立ったまま、まっすぐに俺の顔を見つめている。
どう対処したらいいか考えがまとまってないうちの再会。あーこういうときはあれか先に謝ってしまおうか。
「あの「まことに申し訳ありませんでした、ユキさま」」
深く頭を下げる、ジュリエッタ。あれ、怒って…ない?
「ホストの身でありながら、あのような失礼を働いてしまって……本当にすいませんでした」
頭を上げないジュリエッタ。
「命の恩人のユキさんを招いたというのに……本当に……」
ぽた、ぽたと涙が雪の上に落ちていく。まさか怒られると思ったら、謝罪にきてマジ泣きされるとか。想定外すぎた。ユリアナも俺の後ろでいきなり訪れて泣いているジュリエッタに驚いている。あわあわしていたら奥の部屋から救世主がきてくれた。
「じゅり? 泣かなくていいのよ、ゆっきー怒ってないよ?」
とジュリエッタの肩にフローリアが降り立って、優しくぽむぽむしている。あれ、なんかこっちに目配せしてる? ああ、俺も優しくしろってことね。ちょっと気が回ってなかったわ。
俺はジュリエッタの肩に手を置いてなるべく優しく話しかける。
「ジュリエッタ? 怒ってないよ。あの時まで男だって黙っていたからさ、それがバレたら怒られると思ってさ」
「っ!!」
俺の胸に飛び込んできて子供の様に泣きじゃくるジュリエッタ。彼女が泣き止んだのは、俺の胸に飛び込んできてしばらくした後だった。とりあえず開けっ放しだと寒いので、部屋の中にはいってもらう。すっかり雪が降り積もっても微動だにしなかったクミさんにも部屋に入ってもらった。あのまま動かないとかプロメイドさんは凄いな。
山道を歩いてきて冷えたであろう彼女たちに、ミルクココアをユリアナに用意してもらった。カップから何から持ち込みだ。この作業場を魔改造して作った診療所もどきの応接間から見えない部屋においてある電気ポットがあるからお湯もすぐ用意できる。
「暖かい……、この様な飲み物はじめて飲みますけど、甘くて美味しいですね」
ってまだちょっと泣き笑いな笑顔を見せてくれた。ちょっと落ち着いてくれたかな?
「あの一件で怒るなんて、そんなことありえません。ユキさまは、ご自分が女性とは一言も申し上げられてませんでした。私達が勝手に女性の方だと思い込んでいたんです」
ああいう状態になって逃げの一択を取ってしまったけど、様子を見に戻るくらいはしてあげれば良かったのかな。俺の中ではどう考えても女装の変態がバレたと思ったし、追っ手をかけられるとか思ってたしなあ。
「いや、でもお風呂とか」
「あれでしたって私が勝手に入っていったんです、本当に失礼な……」
ってダメ、それまたループするからっ。
「……こちらも男性の服装なんですよね? あの時は血の印象とかが強くてあまり拝見してませんでしたが」
とクミさんが抱えていた荷物は俺が脱いで置き捨てた、あの作業着だった。それと一緒に置き忘れたカッターナイフ。
「お直しするってお預かりしたんですが、私どもの手にはおえず、洗わせて頂いただけになってしまいました。遅くなりましたが、お預かりしていたユキ様の衣装をお返しいたします」
まさかこれを返すためにわざわざこんな所まできてくれたのだろうか。テーブルの上の服をとりあえずユリアナに手渡す。こっちにお尻を向けて奥にぱたぱたと抱えて持っていくユリアナをちょっと面白そうに見つめた後、ジュリエッタは再度たたずまいを直すと、再び俺に頭を下げた。
「この度は、このクラウセン同盟に影を落としていたグレイウルフの群れを倒していただいてありがとうございました。父、そして全ての民に代わってお礼申し上げます」
そして再度こちらを見つめて、ジュリエッタは話し出す。
「本来ならばお礼をと思ったのですが、父より貴方が自分で名乗り出ないのであれば、そういう報酬を求めない方なのだろうと。かえって失礼になるだろうと申しまして身一つで参りました。ですが、なにかご協力できることがあればなんなりとお申し付けください」
とはいっても衣食住が足りているので、現状特に困ってることはないんだよなあ。
あ、ところで気になってたんだが。
「どうやって俺がここに居ることを知ったの?」
「本当のユキさんはご自分を俺っておっしゃるんですね。そのように素で話していただけると嬉しいです。あ、ユキさんの居所が判ったのはこれです」
と綺麗なハンカチに大事そうにつつまれた物を取り出して、開いてみせてくれた。
アイエエエ!?、シャシン、シャシンナンデ!!。
「こちらを旅商人の方が当家に持ち込まれまして、なんでもとても不思議な魔法の品だと言うことで購入させていただきました」
そこにあったのは、トレドの街で見本として用意されたはずが売られてしまっていた、俺がノリノリの由香里さんにポーズ撮らされた写真があった。なんかアゴに指を当てて首をかしげるとか、どこの80年代アイドルだよって感じだ。自分が見てもちょっと可愛いのがムカつく。
「ちなみにそれ幾らで購入されたんですか?」
あああああ、俺の因果は回りまわって、とんでもない金額の出費をグレイス家に強いていた。クラウセンの皆さんすいません、皆さんのお金が……。
「いいんです、宝物ですから」
ってまた綺麗にハンカチにくるんで仕舞われた。ああ、それは返していただけないのですね、はぁ。
「この絵姿で、トレドの街にいらっしゃったことが判ったあとはすぐ判りました。ユキさんどちらにいても目立ちますから、皆さん覚えてらっしゃいました」
そして、駅馬車で北へと向かったと宿屋で聞いた話から、この街の調査をしたら、この森に住んでいるナゾの美少女魔法使いの話につながったということらしい、なるほど。
「それで……あの……、先ほどの褒賞の件とは違うのですが……その」
と急にもじもじしはじめるジュリエッタ。
後ろで今まで静かに立っていたクミさんが、
「お嬢様、しっかり」
って小さな声で応援している??。
「あのですね。えっと、私、あのお風呂の時に申しましたが、男の人怖かったんです、ずっと。それがユキさんはそんなのまったく感じなくて……運命だと思ったんです。グレイス家は昔から強い人と結ばれることで家を継いできました。ですが、ユキさんに我が家に婿入りしてとまで申しません。ですので……私を貰って頂けないでしょうか」
怒ってると思ってた相手のまさかの告白。まさに剛速球ど真ん中が投げ込まれた。
「あー、結婚とかまだ考えられないんだけど……」
とバックギアを入れて後退を試みる。が、
「あの、せめて、わたくしにお情けをいただけないでしょうか……」
結婚がダメなら、抱いてくれってこんな言葉が可愛いジュリエッタからでる発言とは思えなかった。その、まさかすぎる剛速球の危険球は避ける間もなく俺の頭にぶちあたって脳がフリーズさせる。そして、ここに全俺の今ここに来て欲しくなかった人ナンバーワンの方がドアを開けて入ってきていた。
「ほう、なにやらお風呂だの聞き捨てならない話をしてるようじゃが、我のだんな様を種馬扱いとは恐れ入ったが、申し訳ないがユキの全てはわらわのものなのでな、お帰りはあちらじゃぞ?」
よりによってこの場に現れたのは自称可愛い系通い妻のリスティがドアを開けて入ってきていた。ムコじゃないし、全てをあげたつもりもないけどなあ……。
冬の嵐は今かららしい。この突如現れたブリザードの気配に、最初に逃げ出すのが最善手であったと後悔するのだった。




