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43話 契約

 駅馬車の後部に傭兵と、御者を縛ったまま載せた。なかなか起きない商人のおじさんと家族連れの人らをなんとか起こして、奴らが凶賊の類であると伝えると、どこか納得したような反応が帰って来た。

「昔から駅馬車をやってた爺さんが居なくなって、引退したのかと思っていたんだがな」

高齢だったので代変わりしたのだろう、と商人のおじさんは思っていたらしい。だが、実際今回この駅馬車を初めて使ってあの御者といい、傭兵らしき男たちの態度に不審を抱いていたそうだ。警戒していたのに、このザマだったよと商人は落ち込んでいた。

「お嬢さんが、これほどの凄腕じゃなければ、もう命はなかっただろうありがとう」

と頭を下げられた。


「お嬢さんに起こして貰ったとき、なかなか頭がハッキリしなかった。もしかしたら夜にあの振舞われたお茶に薬が入っていたのかもな」

と震えている奥さんたちを心配しながら家族連れの男性も言う。


 実はトレドの街にちょっと前に移住したはずの弟夫婦を尋ねてトレドに行ったが、誰に聞いても所在が判らずに空振りとなってスリアに戻る所だったらしい。ちなみにこのお茶は俺もすすめられたが飲まなかった。散々勧められても飲まない俺に舌打ちしていたが、あれが薬入りだとしたら小娘なんて薬無しでもどうにでもなると思っていたんだろうな。


「トレドに向かうときも、この馬車に乗っていた。あの時に襲われていたらと思うとゾッとする。本当にありがとう」

と家族と共に感謝された。とは言っても、俺も偶然にアイツの独り言みたいなのを聞いていなければ守れなかったかもしれない。

「運が良かっただけです。とりあえず街を目指したいんですが」


 商人の人が、こんな4頭立ての馬車は扱ったことはないけど、と断わった上で街に向かってもらうことができた。あの顔が焼け爛れた少女も毛布をかけたまま、馬車に乗せる。彼女は必死に仕事すると言っていた。これがあの子の自己防衛だったのだろうと思うと胸が張り裂けそうになり。叫び声をあげたくなる自分の心を抑えるのが大変だった。


 揺れる馬車の中で、少女は賊のアジトに侵入したときに助けてきた子だと皆には伝えた。アジトは賊が暴れたときに火を放ちもう命ある人は居なかったと。彼女のみが生還した人だと伝えると、弟夫婦の行方を気にしていた男性は、痛ましそうな顔をしたが何も言わなかった。

 奥さんが、心配して少女に近づくと、人の気配をさっした少女が身を起こす。ハラっとかけていた毛布がはだけて、その姿を見た奥さんは短く悲鳴をあげたが、毛布を掛けなおして何もしなくていいと声を掛けながら泣いていた。


 スリアの街には、夕方前には到着することができた。薬の影響がまだ残っていたのか、皆疲れたような顔をしていてたが、流石にここについてちょっと心が緩んだようだ。

いつもと御者の違う駅馬車を不思議に思って寄ってきたスリアの街の衛兵たちに、御者ら3人を引き渡し、あらましを伝えると、俺は衛兵たちの駐留している建物に呼ばれる。さまざまな確認だろうな。

 商人の人と、家族連れは引渡しが終わった時点で俺に感謝をして去って行った。夫婦と商人が共同でお礼をというので、断わろうとしたが金貨や大銀貨などが交じった重い銭入れを強引に手渡そうとする。彼らとしても、それを渡さなければ、この場を動けないのだと思って、最後には受け取った。


 招かれた部屋で、スリアの街の衛兵の長をしている男の人に、もう一度、今回の件のあらましを伝えていく。

「協力に感謝する、彼らに過去の罪状があり、手配があればキミの方にギルドを通して褒章がでるのだろうが……」

多分、その情報は出てこないのだろう。今回の件、アジトの中の報告をしたとき。この衛兵長は心底悔しそうな顔をしていた。そして、部屋の片隅のイスに毛布をかぶったまま、座らされている少女の方を見ながら、

「あの遺失物は、早急に帝国に返却しなければならない」

と苦虫を噛み潰したかのような表情で信じられないことを言い出した。

「遺失……物……なんですか?」

その言葉の内包する意味に頭が沸騰しそうになりながら、できるだけ冷静に声を出したつもりだった。あまり成功できたわけではないようで、衛兵長に察せられてしまった。


「憤りは理解できる、我々もそれについては同意だ。ただ彼女は帝国の魔法に於いて管理されてしまっている。帝国の法に則れば、持ち主の居ない奴隷は帝国の所有物で、国有財産なんだそうだ、胸糞の悪い話だがな。それを帝国の意向を無視して逃がした所で彼女は決して自由にはなれない。あの首に刻まれた魔法の文様が彼女を縛る、そういう事なんだ」


 明日、朝早くに早馬車を出してクエリアの港にある帝国の租借地へと運ぶという。

「化け物の出現報告が増え、衛兵たちの仕事も忙殺されている。その中で、あの帝国との摩擦を起こす訳にはいかないんだ……。納得してくれとは言わないが、現状を理解してくれ」

悔しいが自分の立場では何もできない、と言外に伝えられた気がする。

「じゃあ、私も連れて行ってくださいクエリアに」

「彼女の世話をできる者がいないから、協力してくれるなら助かる」

とあっさりと了承された。


 明日の出発まで使ってくれ、と言われた衛兵の宿舎の一室で、用意してもらったお湯とタオルで彼女の汚れを落としていく。糞尿にまみれていた彼女はいくら拭いても綺麗にならなかった。しばらく拭いていたら、もともと彼女が褐色の肌の少女だったと判った。何べんもお湯を変えた。乾いてこびり付いた物が湿気を帯びて緩み、暖められて匂いがキツくなるが、そんなことは気にせず黙って彼女の体を洗い続けた。

「ナニもできないアナイカを洗っていただきありがとうございまス」となんども繰り返した。顔の傷跡をつい撫でて、

「これは誰にやられたの?」

と聞いてしまった、また腹をたてるだけだろうというのに。

「顔は、姉だったアナが油を掛けて焼きまシた。目がなければ見なくてスむ、ソう言ってまシた。姉だったアナは居なくなりまシた。アナイカはアナとシても使えないからと、アナイカになりまシた」

 彼女の姉は、彼女を守る為に顔を焼いたというのか……。そんな行為を妹に向けなければと思い立つ程なんて、彼女の姉はどれだけの苦しみを味わったというのだろうか。俺は言葉を失った。そして、彼女に抱きついて泣いた。ごめん、もっと早く来れなくてごめんと。そんなのは傲慢だって頭の片隅で冷静な部分が告げていたが、そんな逃げを口にすることしかできなかった。



 次の朝、彼女は簡素な服を着せられ、また毛布をかぶせられて馬車に乗せられた。俺はその横に座る。衛兵たちが何か言っていたが、耳に入ってこなかった。

 馬車が走りだし、その景色は、折角の初めての地だというのになんの感情ももたらさなかった。彼女も今日は俺がそばにいても何も言い出さなかった。命令しない相手だと理解したのかもしれない。


 クエリアの街に着いたようだ。街の入り口で衛兵たちが言葉を交わして、そのまま街に入る。俺の身分とかも伝えてくれたのか、何も聞かれなかった。そのまま街を進み、港の一部にある高い壁に囲まれたエリアに到着した。その門の前で衛兵と、帝国の兵らしい男が居丈高に振舞っているのが判る。兵士に目配せされ、彼女の手を取って馬車を降りた。

 帝国兵が彼女のまとっていた毛布を取り払う。彼女の焼け爛れた顔を見て、周りで見ていた帝国兵たちは顔しかめ、中には吐き気を催したのかその場を立ち去ったものもいた。

「わざわざこんなゴミを届けてくれてご苦労様だな。この国の兵士はよっぽどヒマと見える」

とこの場にいた帝国兵のリーダーらしき男がはき捨てるように言った。一緒に来ていた衛兵たちは一瞬怒気をあげかけるが、悔しそうに下を向く。


「ま、こんなものでも我らが帝国の財産だ。ゴミ拾い感謝する」

「その子はどうなるんですか?」

と俺は聞いてしまう、こんな奴らが彼女にすることなんて判りきってはいたが。

「まあ、こんなもの使い様が無さそうだし便所にでも叩き込んで、便器でも磨かせておくか。おい連れて行け」

「待ってください、ここまで連れてきたの私なんですが。報酬とかないんですか?」

と聞くと、俺の貧相な体を見回しながら、下品に笑って告げる。

「こんなゴミで報酬を? お前だったら幾らでも稼げるだろう」

はー、心を落ち着けろ。ここで爆発してもなにも良い事はない。


「ゴミだって言うなら、この子私に売ってください」

「……こんなゴミでも帝国の資産だ。安くは売れん」

俺は、持っていた金の殆どをカバンから出して近くのテーブルの上にぶちまける。

「これで買えないくらいですか?」

 想像以上だったのか、まわりの兵たちがどよめく。帝国兵のリーダーらしいクズは何か思いついたのか、さらに嫌らしい笑みを浮かべながら近くの兵に耳打ちしていた。

「小娘の割には金持ちじゃないか。まあいい、売ってやろう。今、契約魔法を使えるものを呼んだ。しばらく待て」


 しばらくすると、契約魔法の使い手だという黒いローブを着た魔法使いがやってきて、何事か言葉を交わしている。まあ実は空間認識でその会話も拾っていたが、相手のマナの量を見て大丈夫だと判断した。

 帝国資産である名もない女奴隷を、ユキ個人の所有物とする旨の契約書にサインをする。この契約を交わすと、彼女は魔法により俺に従属という契約を結ばされ、意思は残るが主人への反抗や不利益となる事、逃亡などしようとすると猛烈な苦痛に襲われるらしい。生殺与奪が俺に委ねられるということだ。

 主人にも魔法的な処置が必要だと言われ、俺はその従属魔法使いに術を掛けられる。だがそんなゴミみたいな術俺に聞くわけないだろ。魔法使いは術が効果を表さないのが判って動揺していた。

「終わりましたよね? では彼女の契約をお願いします」

と睨みつけると舌打ちして、彼女に奴隷契約を設定していく。あ、今なんか触った感覚がした。リスティとのパスとも違う何かが彼女と魔法的に繋がったのが判った。

2部作成した契約書の一枚を俺が受け取り、彼女は俺のモノとなった。人を売り買いするとかありえないとは思うが、彼女をくび木から解き放つ為には必要な手順だった。そう納得することにする。


「ごシゅジんサま、よろシくおねがいシまス」焼け爛れた彼女の口から宣誓が漏れ、俺の方に頭を下げる。俺は返答せず、その焼け爛れた頭皮に手を置いた。

「これで、私のものってことでいいんですよね?」 

どこか悔しそうな帝国兵だったが、テーブルの上の契約書と貨幣の山を見て、

「ああ、どこにでも連れて行け、そんなゴミ」と吐き捨てた。


 彼女にまた毛布を掛けると、俺は衛兵たちとそこを離れた。少し離れるともうこちらには届かないと判断したのか、帝国兵たちの声が聞こえはじめる。

『おい、あいつに従属魔法を掛けるように言った筈だ。なにをやっている!!』

『間違いなく術は掛けました、発動しましたがあの小娘には効かなかったんです。なにか術を破る魔道具でも仕込んでいたんじゃないかと』

『くそ、せっかくの上玉が。あれなら上に幾らでも褒章を出させられただろうに。まあいい、あんなゴミがこれだけの金になったんだからな』


 まあ、そんなコトだろうと思った。あの金を馬の糞にでもすり変えてやろうかとか悩んだけど、まだ追っ手とか出されると彼女の状態を考えるとまずい。トレドの少年たちに心の中で頭をさげた、折角のお返しをぜんぶ吹っ飛ばしてしまったよ。

 そして、衛兵たちとも別れて、宿を取ることにした、もう夜が近い。適当に選んで入った宿で、ツインの部屋を借りる。夕ご飯も、お湯も要らないといって部屋に入った。毛布をかぶせて顔もみせなかった彼女に不審をもったようだが、通常の料金より多めに支払っておいたので何も言わないだろう。


「ごシゅジんサま、ナニシまスカ?」という彼女をベットの上に座らせて、ちょっとそのままじっとしていてと指示する。そして心を落ち着けて術を発動しようとマナを集中させていく。体中からマナを吸い出される感触がする、まだだ、まだ足りない。体中からマナを搾り出しつつ、俺は術を発動させようと心のなかで呟いた。

「肉体回帰」

失った腕など、欠損した部位を時間をさかのぼる事で元に戻す。時間回帰ほどではないが、神の技に足を踏み入れた術法。この世界には治癒の魔法を使う神官もいるらしいが数も少なく、ここまでの奇跡は起こせないらしい。って意識を逸らすな、集中だ。

しかし、手をかざした顔に変化はない。時間がたちすぎているのか、それとも力が足りないのか。

 なんだよ、神の御技に近いっていうシロモノじゃなかったのかよ、時空魔法は。ふざけんな、今使えなくてどうするんだ。ちくしょう、ちくしょう。俺は泣きながら術を行使しようと力を込める。



「だいじょうぶよ、ユッキー。泣かなくていいのよ?」

フローリアがいつの間にか、俺の肩に乗っていた。そして小さな唇で泣いているおれの涙にキスをする。

「こんなの、ぽいぽいしちゃうんだから!!」

煌く光が部屋に溢れて、俺はフローリアの羽が二枚増えたのを見た、そして今までと桁の違う奔流の様な力が俺に流れ込んできて、まるでスイッチが入ったかのように手をかざしていた少女の顔に変化が訪れた。

 焼け爛れた顔が逆再生する動画のように戻っていく、焦げて短くなっていた髪も縮れが消え、綺麗な髪に戻っていった。そしてその瞳が開かれる、部屋に溢れる光をまぶしそうにしながら、こちらを見て微笑んでいる。


「ご主人様は、天使様だったのですね?」

そんな言葉を聞いたのを最後に俺は気を失った。

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