35話 邂逅
森の奥の方に高い木が見えてきた。分かれる前にトールたちに聞いてはいたが、トレドとタイセツはそれほど離れていなかった。大人の足で半日も森の中を歩けば着くくらいだろう。なんでこんな森の中を拓いて街作ったんだろうなあ。そこらの木材で作られたであろう木の家が立ち並んでいる。
なんかトレドよりも栄えてない感じがするな。街の門の前で並んでいる人の列に並びながら見渡す。主要産業はやっぱり林業なのかな。でもトレドからココまでくる道すがら、周囲に認識を飛ばして観察していると森で切った木は、なかなか豊かな水をたたえた川を下って運ばれていた。あの川の先はトレドの方だろう。そんな事をぼんやりと考えていたら、俺の番が回ってきた。軽装の兵士が話しかけてくる。
「お嬢さん、タイセツにようこそ。このタイセツになんの用事かな?」街に入るのに3銀貨必要と言われたので渡しながら答える。グレイスに比べてお安いな、ここの場所柄だろうか。
「えっと観光です。エルフさんが見てみたくて」
エルフは殆ど街に出てこないからあまり逢えないんだとはイルカ亭で聞いてきたが一応ね。その辺りも調べるからウソはなるべく少ない方がいいだろう。
「あー確かにすらっとしてカッコいいもんなあ、でも今ちょっとゴタゴタしてるから会えるかどうかは約束できないぞ?」
「ゴタゴタって、何です?」と聞いてみたが、
「あー話掛けたところすまないが、ちょっとそのあたり微妙な話でな。俺らの口からは言えないんだ」と謝られた。まあ自分で調べるかね。
門を入りタイセツの回りをみてみたが、森ガバガバだな。申し訳柵が付いてるのは門の周辺くらいだった。あそこは単に街道から出入りする商人とかを管理する門なのか。これは周囲が安全ってことなんだろうか。ルカさんが不穏なこといってたけど、大丈夫なのかね?
とりあえず門の近くにあった宿屋に寝場所を確保した。夜ご飯付きで、銀貨7枚。もと木こりかってくらい体格のいいご主人だった。夕飯には戻ります、と出かける。まずは情報収集かな。
メインストリートにあった小さなログハウスみたいな冒険者ギルドを訪れてみる。
「ようこそ冒険者ギルド、タイセツ支部へ。お嬢さん、すいませんが今は…」とカウンターに暇そうに座っていた職員が話しかけてきた。周りを見る人いないし依頼も出てないようだ。俺はG級ユキちゃんのギルドカードを提示してみる。
「あー、ギルド員だったのかい。実は、今この辺りの依頼は殆ど無いんだ。今、エルフたちが森に入るな、ってうるさいもんだから、仕事にならなくてね」
「森に入るなって?」
「今、森の方、といってもエルフの集落の方で大型の化け物が出るらしいんだ。だから危ないから入るなっていって騒ぐんだ。まあそれだけでも無いんだが」表向きの理由っぽいな、つついてみるが教えてくれん。ここは……。
「エルフの人に仕事で逢えるかもって来たんですけど、ダメなんでしょうか」ちょっと下から目線で職員さんを見つめる。口元を摘むんで、息を止める。で口を開けないまま欠伸をするとなんということでしょう。うるるっとした目が出来上がるのです。やりすぎるとホロリと涙がこぼれてしまうが、これはこれで攻撃力が高い。
「あー、えっとこれはあまり口外して欲しくないんだが、エルフ側から上の方に問い合わせが来てな。ちょっと前にエルフの子供たちが、人間に誘いだされたっていうんだ」
エルフの子供たちは薬を嗅がされて意識を失っていたらしい、連れ出される前に人間は逃げたそうだが、そこを危うく化け物に襲われたんだそうだ。
あーどこかで見たような光景だね。
なるほど、それで疑心暗鬼になったエルフは人間を森から排除したのか。
「もちろんタイセツの方でも調べたが、そんな人間は見当たらなくてねえ」
「エルフの子供たち攫って、その人なにするつもりだったんでしょう」
職員のおじさんは言いづらそうにしながら、
「んー、船でここから連れだすつもりだったんじゃないかな……奴隷とか」と言いよどんだ。奴隷なんてこの世界にいたんだ、そんな人みたことないけど。
「ああ、このクラウセンには、ほとんど居ないよ。居るのは外の国から来た人間や貴族が連れているのくらいだろう……表向きにはね」
ギルド職員ともなれば知らなくてもいいことまで知っているのか、ちょっと苦々しい顔をしている。国によっては人族以外はすべて虐げられていたりする場所もあるとか。あーそれちょっとよろしくないな。心にメモっておこう。
「まあ、そんなわけでね。森での討伐もできないし、野草とかの採取依頼もできなくてウチのギルドは今開店休業に近い感じなんだよ。所属していたやつらもトレドとかに移動してるしね」
だからキミにも仕事がないよ、と謝ってくれる。
「いえ、話してくれてありがとう」とギルドを離れた。じゃあこれはエルフの森へ入る申請は通らないかんじかな、まあ一応聞いてみるか。
結果は見事に不可だった。よく下調べしないで行ったのも悪いが、こちらからエルフの森に入れるのは本当に限られた人間だけらしい。エルフにその技術を認められた工芸家とか、魔法の深奥に触れ学ぶべく訪れる魔法学者とか、ここの領主が代替わりの時に挨拶にいくくらい。ここ数年は一人も居ないらしい。マイッタネ。おれは領主の門番に軽く追い払われた。説明してくれただけマシか。
俺は少し開かれた丘の切り株に座って、由香里ねーさんのおにぎりを食べながら考える。ちなみに由香里ねーさんにはゲートを通して会話できるのは数日に一回と伝えてある。マナ的にムリとミスリードさせたが、本当は俺が毎日ねーさんに捕まったら、いつもポケットと話してる変な人になっちゃうから。専業主婦で家事効率の良いねーさんはやたらと時間を余らせてるからな、付き合ってたら旅ができなくなる。
丘には素焼きの窯が転々と立っていて、ほそぼそと煙を上げていた。陶器かなんかのツボを付くっているようだ。外に乾燥させる為か、たくさんのツボが並んでいた。たしかに、周りは木だらけだし、いい土がとれるならば良い立地なのかもしれない。すれ違った商人がたくさん詰んでたのはこれだったのかな。フローリアが窯からたなびく煙を珍しそうに見ていた。
あー、しかしやっぱり正攻法の進入はムリか。じゃあ侵入の方にシフトしなくちゃいけないかな。やっぱりまずはフラットな自分の目で見たいもんな。あのフラット胸さんに見つかったら大変そうだから、そこは注意して行動しよう。エルフの身体能力はクローネさんを見る限り高い、それに魔法への親和性も高いっていうんだから。なんでこれで世界を席巻してないんだろう、まあそういう意識が薄いのかね。
領主の館の裏手にあるエルフの森へと続く道には、門は無く、歩哨が2人立っているだけだった。まあ、許しないがものが侵入したさいは命の保証はない。と宣言されているのであんなものでもいいのだろう。周囲を軽く確認すると、歩哨の2人を時間停止して入ろうかと思ったが。
あーやっぱりそうか、ここまで近づいたら感覚で判ってしまった。
「待っておったぞ。なかなか来ぬゆえ心配しておったわ」
奥から一人の少女が、おつき2人と共に姿を現した。俺は黙って次の言葉を待った。すると少女はだんだんと平静を失い、
「ていうか……なにがフラットじゃ!!お主なんてえぐれておるではないか!!」あ、やっぱ怒っておられますね。はい。でも俺えぐれてないよ、無いだけだし。そこにいたのは2日前に出会ったエルフの少女だった。あのおかっぱ頭の元気系エルフちゃんだ。その額には煌くティアラが付けられている、ん、あの石フローリアのキラキラ石かな?
おつきのエルフの一人が声を掛けて平静を取り戻した彼女は、コホンと咳払いした。
「エルフの森へようこそ、勇者どの」
俺のスニーキング侵入ミッションは1歩入る前に失敗してしまったようだ。




