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閑話 グレイスサイドストーリー

 父が城外から戻ってきた、そうクミに伝えられた。ジュリエッタは迎えに出なくてはと思い、立ちあがろうとしたが、書斎の椅子に括りつけられたかのように体は動かなかった。職務をしていた訳でも、本を読んでいた訳でもない。ただ椅子に座っているだけだ。


 目の前のテーブルの上には彼の残していった衣服が置いてあった。不思議な材質の刃物らしき道具と、どう縫製されたのか見当もつかない、と街一番の布職人や針子がお手上げとなって館に戻ってきた服。それらを残して彼は消えてしまった。ジュリエッタは彼が置いていった服を抱きしめ、また静かに涙を流した。



「決して見つからないと、いや、そんなものあるわけないと思っていた物が、見つかったんです。……でも、それは幻のように消えてしまいました」


 あの日、事の顛末を父アレインに尋ねられ、ジュリエッタはそう答えた。4年前にアレインの妻は、ほかの都市からの帰り道で、グレイウルフに襲われて、命を失った。妻をうしなった悲しみにくれるアレインの前でも気丈に振る舞い、ジュリエッタは決して人前で涙を見せることはなかった。仲のよかった母が亡くなったというのに。

 悲しそうな父の為に、涙をこらえることができるジュリエッタ。その彼女が人前であることも忘れ泣いている姿を見て、すこしため息をつき、アレインは優しく彼女の肩を抱いた。


「ちょっと失敗してしまったね、ジュリエッタ、焦りすぎだよ。彼女、あ、いや彼はあんなに臆病に警戒していたんだ。踏み込むのが早すぎた」


 アレインはユキを見て、話したときに胸襟を開いていないのは判っていたそうだ。決して敵にはなりようのない人となりだが、ただ味方になってくれるかは判らないと。街になじみやすいように顔役などを呼んで、彼の居場所を作っておけば、そこに人との縁ができ、それが彼の心を何らかの形でこの街に繋ぎとめてくれるのではないか。そう思ったそうだ。そうすればいつか彼はこの街の味方になってくれるだろうと。

 そして、呼んでもいない愚鈍が勝手に来て台無しにしてくれた、と憤慨もしていた。彼らは近いうちに修行や交流などという名目で、城外に放逐すると息巻いた。


 グレイス、この城壁をまもってきた一族だ。しかし由緒とか血筋とかそういったものを誇るつもりはない。代々、力なき者たちの為に力を、と力あるものを積極的に一族に招きいれ、この都市を守る剣となるべく代を繋いできた一族だ。


 ジュリエッタの母は、剣を握る力こそなかったが、精力的に都市間を駆け回り強そうな傭兵や、有望な若者などにスカウトをかけて、この都市を守る力になろうとしていた。そんな旅の中、凄腕の剣士だったアレインと恋に落ち、やがて二人の間にジュリエッタが生まれた。


 ジュリエッタもその母に憧れ、父との馴れ初めを聞いて育った。自分もいつかは……と思っていたが、その小さな夢の前には、いつのまにか果てしなく高い障害が出来ていた。男性恐怖症だ。

 ジュリエッタは、自分の容姿が人並みには優れているのは判ってはいた。周囲の注目をあびることはなれていた。しかし、それが思春期を迎える頃から、男性からの欲望をもった視線や息遣いがどうにも耐えられなってきてしまった。はっきり言えば怖かった。


 ジュリエッタは、野望をもつ男にとって、長という座を得るイスであり、かつ旨そうな肉であった、その二つの欲望を満たせるというとても上物な肉だ。あの若い守備隊長も隙さえあらばジュリエッタに声を掛けてきた。自分が次の首長だと吹聴しているとのウワサもあった。

 ますます増していく嫌悪。嫌悪はいつしか肉体的な拒絶反応となった、何度も吐いた。悪夢に眠れない夜を過ごすことも多かった。そんな彼女の状態を知り、両親は館から男性を排除してくれた。母が子供の時から家に仕えてくれていた執事にも、母が頭を下げて謝って職を辞してもらっていた。涙をながしながら。


 そんな中、母が化け物に殺され、兄弟ができる可能性もなくなってしまった。いつかこの身をあの下卑た欲望の前に晒さないといけない。本当に怖い。しかし、この街を守ろうとして死んだ母の想いを捨てて逃げることもできない。そんなどうしようもない板ばさみにジュリエッタは身動きが取れなくなっていた。


 それを忘れようと、父の手伝いをしようと他の街にでかけた矢先、獣に襲われた。馬車に迫るグレイウルフたち、彼らの牙に打ち減らされていく兵士たちを見ながら、あの者たちに喰われるのと、あの下卑た欲望をもつ男たちに食われるのはどっちがラクだろうか。そんな逃避をしていたとき、現れたのだ、天使が。


 たった1金貨という対価を得るために、グレイウルフを倒した。さっと吹き去ったつむじ風のような人。

グレイスに入るための金なのだろう、というのはジュリエッタにはすぐに思い当たった。街に入りたいならこの紋章のついた馬車に乗っていた私に交渉すればいいのに、とも思ったがそんなことは考えない真っ直ぐな人なんだろうと。


 返り血にまみれてしまっていたけど、とても綺麗な瞳をした可愛らしい人。あの人をもっと知りたいと思い、心配する父を説き伏せて門外で待っていたのだ。台上でその姿を探していた私と、目があった時のその困ったような様子がとても可愛らしかった。ジュリエッタは話せば話すほどユキに惹かれていった。


 そしてあの風呂場で、彼女が彼女ではなく、彼であったことを知る。


 報酬や名誉などを求めない姿、その嫌悪を感じない眼差し、性を超越したようなその中性的な体。照れたような可愛らしい笑顔。女性だからそう在るんだと思っていたユキ。そのユキが男性だった。

 その事実はジュリエッタに驚愕を与え、それは次第に歓喜となった。見つかるはずのなかった片羽がみつかった。彼とともにならどんな高みにでも登れるだろう。そうジュリエッタは思った。

街を守るという使命の元に長く押さえてきたジュリエッタの心。その押さえつけられた重石が外れてしまったのだ。誰が彼女を責められようか。


 気づいたときには彼はいなかった。まるで元からそこに居なかったかのように。


 彼が居なくなった、とクミに伝え、館が騒ぎになったと思ったら東の城壁の兵士から、少女が飛び降りたかもしれないと連絡が入った。その連絡は今の状況から簡単に想像できる最悪な結末であった。足元が崩れ落ちたような気分になり、ジュリエッタは心臓が止まりそうになった。だが、その城壁の下はいくら探そうが小さな靴跡すら見つからなかったのだ。


 その後、緑のドレスを着た少女が街をあるき、旅支度をしていた。そんな情報が集まった。彼は東の街道に向かったのか? しかしその先の消息はようとしてわからなかった。


 そして、数日後東からきた商人が狼たちの姿を見たという情報を持ち込んできた。アレインが確認に行ったのはその情報の確認だった。狼たちが地に横たわっており、恐ろしいので近寄らずいそいで逃げたがもしかしたら死んでいるのではないか、と。


 情報は真実だった、クレイス家の怨敵であったグレイウルフは、見たことも無い巨体の狼とともに野に屍を晒していたという。突き立てられていた槍は、この都市で買われたものだと調べもついた。商業区の鍛冶屋がそれを売ったことを証言した。


「あの娘、どうにかなっちまったのか」と心配していたそうだが、売った槍で、グレイウルフを尽く討ち取ったようだと伝えると、腰を抜かして驚いていたそうだ。


 アレインは彼女の執務室に自ら足を運び、あの日以来、火が消えたようになってしまった娘に優しく話しかけた。

「大丈夫だ、ジュリエッタ。彼はきっと怒ったりして逃げたんじゃない。ちょっとびっくりしちゃっただろう。だから、きっと逢える」

「ホントかな? ユキ…さん怒ってないかな? 私の事キライになったんじゃないかな?」

不安そうにそう尋ねるジュリエッタ。まるで子供の頃に戻ってしまった。いや、これが本来の彼女なのだろう。ずっと無理をして背伸びしていたのか。それも妻が死んで落ち込んだ自分を心配させまいとしての振る舞いだったろう。不甲斐ない自分が腹立たしくなるアレインだったが、その自分への苛立ちを表に出さないよう。気をつけながら娘に話しかける。


「ああ、ウソは言わないさ。ジュリエッタの事が嫌いになったのならわざわざグレイウルフを探して倒してくれるなんてしないだろ?」

そう答えると、

「うん…、そうかな。そうだよね。パパ」

と少女は花が咲くように微笑んだ。


 このすっかり可愛らしくなってしまった娘をもう少し、手元に置いておきたいなとアレインは思った。パパなんて呼ばれたのは本当に何時ぐらいぶりか思い出せないくらいだ。嫁にやるとか考えるなんて、まだずっと先だと思っていたのに……、と心の中でボヤキながら。


―――

ちょっと書き損ねていたヒロイン○号のジュリエッタさんの情景でした。

バックボーンは色々考えていたけど、普通の話に盛り込むのは難しかったので閑話にて失礼します。


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