25話 はじめてのおつかい(魔石)
冒険者という身分を得た俺は、さらに街道を北上し、スノフという街に移動した。ユルグも悪くなかったが、居づらくなってしまったんで。
美味しい料理があるというウワサを聞いて行ったユルグでも有名な店は、ちょっと荒くれ酒場的なドレスの女の子が普通入るような店じゃなかった。
客層は悪そうだが、美味には変えられない! と店に入って、食事していた(確かに美味しかった)ら、それが面白かったのか? 隊商の人たちやら、冒険者やらに珍しい動物みたいに、これ食ってみろとか、ちやほやというか遊ばれていた。まあ、見た目ドレスのお嬢さんがもりもり食べてれば仕方ないね。
そこに、誰かにこれくらいガキでも飲んでるぜとか酒を振舞われたのが、ことの起こりで、誰かが俺のお尻に触ったとかがカタストロフの切欠だった……。
らしい、というのも、もうその辺りの記憶がないんだ。釣りはいらないとかいって金を置いて出て行ったらしいよ、壊れたカウンターに持ち合わせの銀貨を置いて。もちろん足りないが。残りは、その場に居合わせたヤツラが連帯責任で払ってくれたらしい。
そんなウワサがあの街に広がってしまったのか、依頼人に合うと青い顔をされ、行く先々で丁重にお祈りされてしまった。誰彼かまわず噛み付く猛犬扱いである。まったく、どんな噂が流れているのか。調べるのも怖くなった。
なので、俺はさくっと見切りを付け、この集落まで移動してきたのだ。もうあの街で過ごしている金もなかったというのも理由の一つだ。物価も高いし、なにより人が多く集まっててフローリアをあまり自由にしてやれなかった。彼女も割とその辺は空気を読んで、ウェストバックで静かにしてくれるのだが、入れっぱなしでいるのはかわいそうだしね。
大森林から流れてきている川と豊かな土壌で、農業を営んでいるこの街は、のんびりとした空気が流れている。まずはぽてぽてと街の中を見て回った。
街(村)を散策していた俺に剣を腰から下げた少年と、と言っても今の俺より見た目年上だが、と赤毛のロングヘアーの少女、ローブ姿の魔法使いかな?って見た目魔法使う!って感じ女の子に、初めて遭遇したかも。
そんな2人は俺に何をしてるのか聞いてきた。
「……観光?」
自警団みたいなものをしているとかで、珍しい物もないのに、そこらを見て回っている俺(少女)を不思議に思って、何をしているのか誰何してきたのだとか。
一応身分だけは冒険者なので、そう自己紹介すると
「俺はFランクだ、よろしくなニュービー」
とドヤ顔された。一個上なだけじゃん!
二人はこの街出身で、組んでいろいろ仕事をしているらしい。こんな街にもギルドがあるのか……。ちょっと判りづらい建物がギルドの出張所らしいので、厚意から案内してもらっている。
小麦を刈り終えた、隣の畑にまた小麦を撒いているのを見て、土地痩せないのか?とか風景を見ながら、つい呟いてしまう。
「そんなコトも知らないのか? 良いとこのお嬢のくせに」
とトールが絡んできた、お前に聞いてねえ。いつもフローリアがついてるから喋りかけるクセが付いただけだ。
「魔石のカケラを畑に撒くと大地に力が戻るのよ」
と教えてくれたのはソニアちゃんだ。ちょっと素朴系な女の子だ。風魔法を得意としているんだとか。
恋人なのか?とか聞いたら、ソニアは
「ち、違うよ!?」
と照れていたが、トールはそれに気づいてなさそうだ。苦労しそうだね、ソニアちゃん。
ん?
「魔石って何?」
「そこからかよ…」
トールが呆れている。その辺りのチュートリアルはまだだったんだ、仕方ないだろ。
魔石というのは、化け物の体に存在するマナの結晶みたいなもの。野生動物や人間には魔石はない。それがカルマがマイナス側の生物にはなぜかその魔石という器官が出来上がる。その器官が四肢に力を与えて、
奴らの破壊を助けるのだという。ニトロブーストみたいなものか? その石のあるなしをもって動物と化け物の区分けをするらしい。
人も邪な業を溜め過ぎると魔石が出来るらしい。ちょっとした悪事ではなくかなりの大業を背負う者にしかできないらしいが。心の獣性を魔石が増幅して体と心を変質させ、ライカンスロープに堕ちる。
人の理性を残して、邪悪に堕ちる魔人という存在も遙かな昔に見られたとか。強大な力で悪事を為す。子供が悪いことすると、魔人が仲間にしにくるぞ、と言われるのだとか。
「まあ、おとぎ話よね」
とかフラグな的な気がするのでやめてください、ソニアさん。
で、魔石というのはマナの結晶みたいなもので、魔法や武器の触媒やら、魔道具の動力やらいろいろな用途で用いられる。そして、強い化け物ほど育った魔石を持っているのだとか。それは高価で取引されるんだとか。
ん、ということは俺は今まで金に交換できうるものをぽいぽいしてきたのか……。あの化け狼とかもしかしたら一財産だったのか? なら金に困ることなかったじゃん!
チュートリアルないとコレだから困る。また女神さまに恨み言が増えた。心のノートにそう刻んでおく。
案内されたギルドの出張所は、見た目農家という感じで、これは教わってなければ判らなかっただろう。
素直にソニアに感謝した。トールお前はゆるさん。ねこじゃらしみたいな草の穂で、物しらずな俺の頭をぺしぺししてた罪はとうてい許されるものではナイゾ!
「ありがとう」
と心のなかではソニアにのみ感謝すると、二人は仕事があるからと去っていった。
フローリアさん、起きてきたと思ったら、穂で私をペシるのはお止めなさい?
出張所のドアを開けてはいると、そこには誰もいなかった。カウンターには農作業中です御用があったらベルを。書かれた立て札とベル……。仕方なく、壁に貼ってある唯一の依頼を見る。
魔石急募、畑にまく予備がなくなったので緊急。
ゴブリンの魔石3個につき銀貨5枚。
ソニア、少しでいいから頼む。 依頼主、ギルド職員・ハンソン。
って私信かよ! 指名依頼ってわけじゃなさそうだが。一応話を聞こうとベルを鳴らす。遅いな…何回かならしたけど音沙汰がない。
しばらく待っているとギルドの入り口から、汗をタオルで拭きながら農夫のおじさんが入ってきた。新たな依頼が来るのかと思ったら彼がハンソンだった。
「へぇ、冒険者なのかい。といってもこのスノフじゃ依頼は殆どないんだよ」
とじゃあそれだけ?と壁の例の私信を指差すと、
「ああ、ソニアは兄貴の娘なんだよ。魔石は必要だから取ってきてくれると助かるんだが……お嬢さん大丈夫かい?」と心配される。
「はい、大丈夫です。ちなみにゴブリンの魔石ってどこにあるんですか?」
と聞くと、更に心配そうな顔をされた。
なんとか依頼を受注し、暗くなる前に集めないとね!と俺は森に入り込んだ。まだ昼間なので奴らの活動は鈍い。こっちから探してやらないと…と、空間把握を広げていくと森の奥にゴブリンの群れを発見した。森を駆けて奴らを視界に納める。
まだ気づかれていないな。俺はゴブリンどもに時間停止を掛けて停止させた。えっとそろそろペシペシやめようか、フローリアちゃん?
「来世は善に来いよ?」
一匹ずつ時間停止しつつゴブリンを絞めていく。これ端からみたら怖い光景だろうなあとか思いながら。
小さな女の子がゴブリンの首を片手で締め上げて次々殺していく様は、軽くホラーだろ、子供が見たら泣きそうだ。俺も頚椎を折る感触に泣きそうだ。槍捨ててくるんじゃなかった……。
えっと、ゴブリンなど人型に近い化け物はここに魔石があるんだっけ? と時間停止を掛けたナイフをゴブリンに差し込む。相手からの物理干渉を切ったナイフはバターを切るかのようにゴブを切りさく。うへーっと思いながら手で肋骨を押し開いてみてみても。あれ、ないじゃん? 開きにするときにすっ飛んだんだろうか…、周りを見てみるもない。
時間も無いし次の…と開いてみた。あ、あれかな? ちょうど中心線あたりに微かに光る石っぽいのが見える。手で穿り出そうとすると、あれ?無いぞ? またどこかにすっ飛んでったのか? もぐりこむ訳は無いだろうし。次のゴブリンを開く、それを取ろうとするが探っているうちに無くなってしまった。なんなん!?。
なんか俺が不器用なのか?
仕方ないので後ろで遊んでるペシペシさんに取らせる事にした。やーやー言っていたが、ご飯たべれなくなるよ? の言葉に諦めてくれた。俺も切実なんだ、許してくれ。
超絶ご不満そうな裸で血まみれフローリアはちょっと怖いな。服はゴブリンの血についたら酷いことになるので脱いでいる。そして取り出された微かに光る2cmくらいの石。これが魔石か。フローリアが取り出した魔石を俺の手の平に乗せる。
なんということでしょう!
手の平に乗せた魔石は霞の様に消えてしまったではありませんか。
「うー、ゆっきー石食べたらだめでしょ、ご飯たべれなくなっちゃうでしょ!」
かなりお怒りのフローリアにぽむぽむ叩かれるが、俺だってこんなの予想外だ。今は見て意識していたので良くわかった。俺、魔石吸収してるわ……。
中身のない小銭入れに俺が触れないように、フローリアに魔石を入れてもらった。なんとか3個になったので、これで銀貨5枚にはなるはずだ。皮袋を指でつまむようにして街に戻った。
ギルドの出張所にはあのお二人さんも待っていた。
「ゴブリン討伐に行って帰ってこないから、もう少し待って帰らなかったら様子を見に行ってもらおうと思ってたんだ」とハンソン氏。
「冒険者ですから、ゴブリンなんて余裕ですよ。で、これ魔石です」
とカウンターの上で小銭入れを開き、逆さにすると小さい魔石のカケラがぱらりと落ちて来た。オゥ……。
ハンソンさんは嘆息し、トールはゲラゲラと笑っている。ソニアさんもどう反応していいか困っているようだ。
「ゴブリンの魔石も取ってこれない冒険者とか」
ちくしょう、笑われても何も返せん…。
この後、烈火の如く怒るであろうフローリアをどう宥めたものか。俺はまた泣きそうだった。




