23話 空から降れば
城砦都市を西端として拡がるクラウセン大平原だっけ?その街道を襲うグレイウルフの群れを探すのは、そう苦労しなかった。
軍を動かしたら、他の所を集団で襲ったいう話から考えて、ヤツらは群れで移動している事が判る。しかも、かなり統率の取れた状態で。やっぱり統率しているボスが居ると考えておいたほうがいいだろう。
一昨日の夜、城砦都市から北に伸びる街道でジュリエッタたち城砦都市の一行を喰らい尽くした。ジュリエッタの馬車だけは俺が助けることができたけど。少なくともあの時点では奴らはあそこに居たのだ。そのボスが頭良いのなら、そこに討伐軍を送られると思うはず。報復を考える可能性もあったが、それはないだろうなと思う。ヤツラは倒された仲間の遺体を見たはずだ。その異様な死に様にケモノながら警戒していておかしくない。実際に戦って奴らの巧妙さは見て取れたしね。まあ一蹴したけど。
さて名探偵俺の追跡のは……。
「ゆっきー、がうがうあっちにいるよ」と北東を指差すフローリア。君、そんな能力あったっけ? 聞いてないですよ?
「これ触ってるとなんとなく判るの」とモノクルに触れている。あー、俺に使えなかったモノクルの力をフローリアは引き出せるらしい。なんか納得いかない、リコールを要求するよ女神さま!!
そして俺はひらひらとグリーンのドレスのスソをはためかせながら、北東に向かってひた走っている。空中を。右靴を時間停止して、物理干渉を遮断、空中に足場が出来る。左靴の時間停止を解除しつつ、蹴り出す。そして左靴を前に。そしてまた左靴の時間停止して右を蹴り出す。空気を固定できればこんなややこしい事考えないで走れるんだが…。
最初は一歩づつ考えながらやってもこけそうになったり、空中で逆チューリップになるとか恐ろしいことにもなった。俺と空中を駆けるのが楽しげなフローリアに何度か助けられながら、進んでいるうちにだんだんと慣れてきた。なんで地上を走らないかって?
問題は城砦都市を出た日の夜更けから降り続く雨だった。 成人用3LLのジャンパーは、この小娘の背格好ではちょっとした雨具だ。ファスナー閉めたら殆どぬれないで済む。雨も弾いてくれるしね。
ただ、降り続いている雨のせいで道も脇の草むらもぬかるんでおり、そんな所歩いたらドロだらけになってしまう。そうしたら、折角のドレスが汚れるじゃないか!!
あれ、ボク、アタマガオカシクナッテキタヨ。
眼下の街道に荷馬車で移動している商人がいるな。まちがっても上を見るんじゃないぞ。そして世にも恐ろしい光景を見ることになるぞっ。そして俺も泣くぞ!!。
そんなこんなでしばらく移動していると、
「ユッキー、あれ」と眼下を指し示される。そこには、濡れ鼠になりながら移動している濡れ狼どもが見えた。雨宿りする場も無いから強行移動か。いや場所はあるのかも知れないけど移動を優先したんだな。先導している一際大きな狼の姿を見ながらほくそ笑む。
マナ総量は多いな。かなりの化け物だわ。ちょっと見ただけでも、時間停止がヤツに通じない事は判った。どれくらい力を蓄えればあれ程の存在になるのか。でも残念。俺にとって今日は最高のコンディションだった。
足を蹴り出す角度を変えて急降下。その大きな狼の前に躍り出た。
「はろー狼さん。緑ずきんっ惨状っ」
目の前におどけて現れた俺に驚く狼の群れ。その場に緊張が走る。デカ狼はグルゥと低い警戒の唸りをあげてこちらを見つめる。俺の後ろに回りこもうと、走りこむ手下狼たち。しかし俺はそいつらの眼前の雨を固定してやる。それは雨の散弾となって彼らの顔に食い込んだ。苦痛の声をあげて転がる狼たち。無事な狼は残り20匹くらいかな?
デカ狼がガウッと吼えると、手下どもは動かなくなった。ほう理解が早いね。でもそうなるとどうすると思う? 俺は周囲の雨粒を空間ごと全て固定する。俺の周りの少しの空間を除いて。
俺はフンフンと鼻歌まじりにヤリを組み立てはじめる。空が明るくなってきて雨がそろそろ止みそうだ。手早くやっていくか。悔しそうな唸り声を上げているボス狼を尻目に、雨粒に囲まれて動けない狼を、一頭一頭仕留めていった。雨が小降りになってきたころ、狼はもはやボスと残り数頭となっていた。
ヤツは最後に相打ち覚悟で俺にかかってくるだろうと読んでいた。雨粒程度では彼は死なないだろう。だがヤツも、自分が動けば俺は距離を取って戦い、最悪逃げられると判っているはずだ。だから狙うのは一撃必殺。そして小ぶりになった雨もヤツに味方する。その時をヤツは待っている筈だ。
最後のザコに止めを刺して、俺はボス狼に向き合った。
「お待たせ。じゃあお前も送ってやるよ。来世は善になってこいよ?」
と周りの雨粒の時間停止を解除する。ヤツの四肢に力が篭るのが判る。
俺は長槍をヤツの中心線に向けてあわせて空を蹴る。ヤツもその機を読んで俺に飛びかかろうとする。だがその足はすでに動かなかった。
「動けると思ったか? なんでお前みたいなおっかないのを最後にしたと思ってんだよ。
お前の爪が大地に食い込むのを待ってたんだ」
俺はすでにヤツの立っている地面に時間停止を掛けていた。ぬかるんだ地面にはその重みでボス狼の爪が深く沈みこんでいた。おれはそれが十分沈むのを待っていたんだ。雨粒を警戒して動きを止めていたから判らなかったみたいだな。最初から流血覚悟で動かれていたら苦戦してたかもしれない。そうなったら空中からどーんどーんする予定だった。
そしてヤツは内心この槍を見下していたはずだ。あの槍では貫けないと。しかし槍はずぶずぶとヤツの体を貫き、長年生きた化け狼の命を刈り取った。
「そしてこれが俺の無敵の水矛だ。ワレニツラヌケヌモノナシ!って奴だな」
穂先には鉄の穂よりも薄く鋭い水の刃を固定していた。うす曇のあかりの下では、これは視認できなかっただろうな。まあ、これも効かなかったらどーんの予定だったがね。
正直頭の良い敵に、この不良品まがいの槍を見せたら油断を誘えるかなとか思ってた。
ハゲのおっさんすまんな! でもここに突き刺しといておくからきっと売れるぞ。
さて、今度はどっちに行こうかね。手でパッとジャンパーの水玉を弾き雲を貫く虹の掛かった空の下、俺はまた駆け出した。




