19話 初めての馬車
うかつな戦闘で血や肉片まみれになった服は、川で脱いで洗った。もともと水を弾くコーティングが施されていた白ネコジャンパーは、水を掛けて血を流すことができた。
残念ながら作業服はいたるところに染みができてしまった。染みだけじゃなくてなんか獣くさい。フローリアもちょっと嫌そうな顔だ。
着たきりすずめが長かったし、森歩きでそろそろボロボロだし、着替えが必要だ。それを購入するための金も……。
昨夜の押しかけ用心棒代は、都市への入城料で綺麗に消えてしまう。もう少し稼いでからにするかな、まあこの付近での身分証代わりになるらしいし、まあ、まず入城証の交付を受けるかな、と門の方に向かう。
夜はこの城砦都市に入れない。夜になると門は閉められてしまう。不便ではあるが、夜は化け物が元気に動き回るからな。防衛優先なんだろう。付近の出店もどこかに居なくなり、都市前でテントを張って休む商人と、その護衛の傭兵くらいしか居なくなる。
ならず者っぽい見かけのおっさん達がうろうろしてる所で、見た目美少女な俺が野宿する訳にもいかない。お互い不幸になるね、多分いろんな意味で。
なので、俺は余計なトラブル回避で、いつもの様に森の木の上で休んだ。ヘビも登ってこれないような高く細い枝の上に寝れば割と安心して眠れる。
下からゴブリンに弓を射られても、停止した枝葉が防いでくれる。時間停止かけた枝が硬いのと、寝返りしづらいのが唯一の難点だ。
さて列に並ぶかな、と思ったら昨日と雰囲気が違う。なにかザワついてるなと先の方をみると、兵士たちが集まっている辺りに台ができており、その上から周りを見渡し指示している少女が立っている。
あ、目が合っちゃったよ……。その横には、これまた見覚えのあるメイドさん。あー、これは失敗したか。
俺はトラブルの予感に身を隠そうとしたが遅かったらしい。彼女の指示で兵士がこちらに向かってくるのが判る。能力を使ってでも逃げるべきか?、と判断に迷っていると、兵士の一人に声を掛けられる。
「あー、逃げないで頂きたい。これは決して捕縛というわけではなく」とその言葉をついで
「そうです。きちんとお礼申し上げたいのでお待ちしておりました。昨夜ぶりです。改めてご挨拶を、私、ジュリエッタ・グレイスと申します」
やはり昨夜あの馬車に乗っていた少女だった。昨日とは違うドレスのスカートの端をつまみ一礼される。その優雅な一礼につられ、俺も頭をぺこり。
「えっと……おはようございます?」
と我ながら変な返しだと思っていると、
「はい、おはようございます。この朝を迎えられたのは貴女のお陰です。本当にありがとうございました」
彼女は俺の返しが面白かったのか、微笑み、そしてその頭を下げる。
「命を救っていただいたご恩は、とても金貨1枚で贖えるものではありません。しかも数頭ものグレイウルフから護っていただいて」
金貨1枚は安すぎたようだ。やはり8%上乗せは妥当だった模様。周りの兵士たちも初耳だったのか驚いてるみたいだ。
「ですので、ご迷惑でなければ我が家にご招待させていただけませんか? 少しでも歓待をさせて頂かないと、こちらとしても申し訳がたちません。父も是非その様にと申しておりました」
と頭を下げる。門の前に昨日襲われていた馬車と同じ意匠のものが用意されていた。その紋章は、あの城壁の上に掛かっている旗を同じだと気づいた。今頃。あー、この都市のお偉いさんの娘さんの頭を下げたお願いを、断る訳にもいかないね。この都市にご厄介になるつもりなら。
まあ、そういう打算抜きでも、可愛いしねジュリエッタさん。きちんとお知り合いになるのも悪くない。お招きを受けることにした。
「どうぞ、馬車にて当家までご案内させていただきます」
優雅な所作で、馬車に乗るように示された。
周りに兵士やらメイドさんがかしずく中、タラップを上り、初めて乗る馬車の中は思ったより広い。中は派手ではないが上品で質の良い内装になっている。俺を奥に座らせると、その向いにジュリエッタが座った。
すると昨夜のメイドさんも馬車に乗ってきた。長い黒髪をポニーテールにまとめ、鋭い目つきをしたなかなかの美人。昨日はあまり見てるヒマなかったし。
「失礼します。我が主人共々命を救って頂き、まことに感謝いたします。そして色々と失礼な事を申しましたこと平にお詫び申しあげます」と深く頭を下げる。
失礼って俺を子供扱いしたのは仕方ないだろ、見た目的にね。気にしないでと伝えても、彼女はプリムを乗せたその頭を上げなかった。
「ほら、クミさん困っておられますわ」
と主人に言われやっと頭を上げてくれる。そして彼女の側の離れた場所に座った。
馬車に乗るのは初めてだが、このクッションも良いモノなんだろうな。ガタゴトと石畳と車輪の立てる音とともに馬車が走り出したようだ。その振動とともにぽむぽむとクッションでフローリアが跳ねている。
って何してんのん!
「あらっ、私と歳が変わらないようなのに、凄い方だとは思っておりましたが、まさか精霊の友の方でしたか。昨夜のご活躍、納得いたしました」と驚きの声をあげるジュリエッタ。クミさんも目を見開いてるな。
「そんなに珍しいものなんですか」
と聞きながら右手でフローリアを捕まえる。「やー」とか言ってるが行儀良くしてなさい。
「ある程度はいらっしゃると聞いてます。高名な冒険者の方々とか……。でも、そのように仲が良さそうな方なんて聞いた事ありません」
と、俺とフローリアのじゃれ合いを見て微笑む。ってこら噛むな。
この世界で高位の善側の存在である精霊が、邪なる物と戦う者に力を貸すのはそう珍しい事ではないらしい。ただ、盟約に縛られ、戦いの際に召喚されるとか、
そういう関係が多いとか。稀に精霊を連れ歩く人が精霊の友と呼ばれるらしい。俺とフローリアみたいなのは珍しいのか。ってまたぽむぽむしだした……。
「ゆっきーはね特別なのよ」
って話きいてたのかフローリア。
「ユキさんと言われるのですか。やっとお名前を知ることができました。素敵なお名前ですわね」
って余計な事言うから名前バレしたじゃん。半分。
ガタガタと石畳の上を進んでいた馬車がスピードを緩めたようだ。
「ユキさまつきましたわ、どうぞこちらへ」
馬車を降りると、そこにはなるほど豪華な屋敷が立っていた。3階建てくらいかな? それよりも目を惹くのが、馬車が止まった門から館までズラっと並ぶメイドさん。みなかしずいてるんでちょっと気後れするんですけど、これ。
アキバでエンカウントするメイドもどきより皆レベル高いわ。とか考えながら、メイドさんたちの間を歩くという貴重な体験をしていた。




