閑話 その頃のおのおの
その報告を聴いたときアセルス王国筆頭魔法使いグランザは、目の前にいる伝令の正気を疑い、さらに自分の聞き間違いを願った。そしてもう一度尋ねてみる。が、その伝令の報告は変わらなかった。
「……精霊王の森の守りたる聖壁が…吹き飛んだじゃと?」
精霊王より授かった聖剣の力を借り、毎年膨大なマナを込め維持してきた聖なる壁。その魔法の障壁は、聖邪問わず触れるものに甚大な被害をもたらす。かの昔攻めてきた魔将軍の破壊魔法をものともせず、逆に聖壁の魔法の反射作用によって甚大なダメージを負わせ。打ち払うことすらできたあの壁。
「……あれを壊せるものがいるのいうのか?」呻くようにグランザは呟いた。報告によると、なにものによる破壊なのかも判っていないのだ。
気づいたときには爆発していた。
兵士たちの人的被害はなかった。
周りには何者も存在しなかった。
旗をまとって自慰行為をおこなっていた騎士がいた。平騎士に降格の上、減棒1年の処置となった。
……最後の報告はよく判らないが、ともかくこれは大事件である。
かの地には大精霊との盟で、きたる時まで、なん人も入れないようにと約定があった。約定によってもたらされた大精霊の加護は代々の王に受け継がれ、その破邪の剣とともに国を守ってきた。その約定が破られ、精霊王の加護も失われたとなったら、古文書に記されたような、あの暗黒の時代に逆戻りになるのかも知れない。
それを考えると昨年このアセルスで猛威を振った死病の大流行も、これの先触れだったのかも知れんとグランザ老は考える。老が可愛がっていた孫夫婦もあの病で命を落とした。
とりあえず、この痛ましい報告を王に奏上しなくてはならない。グランザは立ち上がり謁見の間へ向かう。しかし歩みは、いつもよりはるかに重い気がした。
――
黄金に輝く揺れる麦穂、村を訪れた旅商人は豊作の畑を見て、この村での商売が
上手く行きそうだとほくそ笑んだ。農作業をしている人々の顔も明るいしなと。馬車を引く馬のたずなを締めて、速度を緩める。出店を開いて、売買をする場所を探すためだ。
そんな良さげな所がないかなと探したら、人々が集まっている所が見つかった。その集まってる村人の一人に声を掛けてみる。
「おう、ちょっと聞きたいんだがこれはどういう集まりなんだ?」と村人に問うと
「ああ、これはうちの村の奴の結婚式だべ。この前悪鬼が襲ってきたときに、えらい活躍してくれた奴でな。なもんで村中でお祝いすることにしたんだ」と教えてくれた。
聞くと、大きな悪鬼の死体から魔石が取れたのでそれを売り払って皆で祝おう、ということらしい。商人としてはこれは見逃せない商機だった。
「なら、俺の荷物になかなか良い酒があるんだが、これを買って祝い酒とするのはどうです?」
と商談を持ちかけたら二つ返事で承諾され、値切られるだろうとふっかけたはずの値段で、全て買い取られてしまった。あまりのあっけなさにもっと高く売れたか? と後悔するほどだ。
まあ、高く売れたんだからよしとしようと気持ちを切り替え、荷降ろししていると家から出てきた豚人の男と、綺麗に着飾られた少女が、みなに祝福されていた。あれが夫妻だろうか。亜人と人のカップルは、あまり差別のないこの地方では、珍しくない光景であったが、少女の本当に嬉しそうな笑顔が印象的だった。
お祝いを言う人々がある程度はなれた所で、商人はその夫婦に近づいていった。
「これは、ご結婚おめでとうございます。奥様ととてもお綺麗で、そのお召し物もとてもお似合いですな」と切り込む。ありがとうと口々に答える夫婦。
「私、旅の商人でして、この奥様にお似合いそうな反物をいくつかご用意できます。ご結婚のお祝いにいかがですか?」と商談に持ち込む。感触は悪くなさそうだ。
豚人の亭主は、彼女の笑みを確かめたのち、
「んだば、少し見せてもらおうかね」と賛同した。
と、少女に何が似合いそうか見ていた商人は、その首飾りが目に入って息を呑む。
「……奥様、その首飾り、もしかしてフェアリーティアでは?」とつい聞いてしまう。
七色に陽を受けて輝くそれは妖精の涙と呼ばれる貴重な宝石。王都でほんのカケラのような大きさでもびっくりするような高値で取引される。昔カケラのような小さいものを見た覚えがあった。あれがあんな光り方をしていた気がする。
「まさか、なに冗談いっとるだね。こんな大きさのあれがあったら城が建つべ。これは河原で拾った石を磨いたもんだで、綺麗だからおっかあにやっただよ」と豚人の亭主が答える。
なるほど、確かにこんな大きさの妖精の涙が存在したら大騒ぎだろう。貴族も魔法使いもこぞって欲しがる筈だ、それこそ金に糸目をつけずに。
なんか酒といい田舎にしては、金回りも良さそうだし、良いモノから薦めるか…。そう考えると商人は、また荷降ろしに自分の馬車へと向かうのだった。
――
「あのね、雄介さん。ゆっくんね、生きてると思うの」
高坂雄介は、妻のいきなりの発言にその真意を読み取れず困惑した。
彼女がゆっくんと呼んでいた弟の幸弘は、サービスエリアに停車したの車の中で、
動脈瘤破裂を起こし帰らぬ人となっていた。彼女はしばらく泣いて過ごした。昔から弟を本当の弟の様に可愛がり、可愛がりすぎて、一時期は弟に疎まれていたくらいだった。それほど情が深かった。
荼毘に付して、遺骨を墓に収めた最近になって落ち着いたと思ったが……。カウンセラーをつけた方が良いか、会社の保険担当と話したこともあった。最近、落ち着いてきたから、表情も明るいのでもう安心かと思っていたのだが、事態は良くない方向に進んでいたのか。休日の朝から雄介は、胸に何か重いものでも入ったような気分になった。
メンタルヘルス系のクリニックの場所をスマホで調べようとしていると、彼女が見て、とスマホの画面を指し示す。見ると幸弘の部屋を写した動画のようだ。テーブルの上には弟の写真、その前に置かれた皿の上にはおむすびが置いてある。しばらく見ていてもなにも変化が無い。やはり彼女は……と暗い気持ちになりかけた。
その時、画面内に変化があった。雄介は自分の目を疑った。
空中から湧いた手が、皿に掛かったラップを外しおむすびを持っていくではないか。
「これね、ライブカメラなの、今なの、ライブナウなのよ!!」と妻。
雄介は階段を駆け上がり、弟の部屋だったドアを開く。そこにはスマホと同じ状態のラップを剥かれた皿が残されていた。上を見てみるも何も無い。しかし、あれは妻の言うとおり幸弘の腕だ。見間違える訳もない。雄介が危ないから止めろというのに聞かないで、竹やぶのそばで自転車の練習をしていて転び、腕に折れた竹がささり大怪我をしたキズが残っていた。
雄介は今起こったことが整理しきれず、呆然としていると、いつの間にか後ろに妻が立っていた。
「最初はね、お供えしてたおにぎりがなくなってて、私も自分がおかしくなったかと思ったの。でもね、それが毎日続いて。試しに卵焼きを付けてみてもそれもなくなったの。持って行く所が見たくて部屋に隠れてたらね、来ないのゆっくん。だからカメラを仕掛けてみたの」
そしたらね、ひっかかったのよと悪戯を告白するような笑顔。久々に見た妻の心からの笑顔にちょっと弟に嫉妬した。
しかし、弟はなんらかの形で生きているのか? それは判らないがおにぎりを欲しているのは確かなようだ。坊主にお経代を払うくらいなら、その分で良い具にしてやれって妻に伝えたら
「ゆっくんはね、小梅ちゃんのおにぎりで十分なんだよ」と笑った。雄介もひさびさに心から笑った。
――
本編に差し込めなかった状況でした。
由香里ねーさん CV:田村ゆ○り




