15話 襲撃(イージーモード?)
「トイレ行ってくる、大きいほうね!」とマリエラに声を掛けて外に出る。
「そんな報告、いらないわよバカ。……なるべく早く戻りなさいよね?」
ツン少女の心配いただきました。しかしデレはないのだ、残念。まあ、彼女はエリオットのモノだからな。
ドアを出ると、エリオットの家全体に時間停止を発動する。マリエラには心配させないし、戦ってるのもバレない。家も万が一にも壊れないと一石三鳥だ。
念の為、家の中の様子を確認してみると、マリエラは立ったままシンボルに向かって手を組んで祈っているようだ。エリオットなら心配要らないさ、あっちのゴブリンはどうみても弱そうだったしな。
ちょっとイタズラ心をくすぐられ、マリエラを観察する視点を下に回していく。神域で女神さまのを見ようとした時のような視界制限は無かった。
えっと、これはアレだ。フローリアに下着を作ってやるときの予習というか、この世界での下着文化の調査というか、やましい気持ちはこれぽっちくらいで……。
暗くて見えませんでした……。これは暗視とか使える道具がないのか探さないといけない、絶対。俺は決意も新たに川の方へと進んでいった。
「なんか来てるねユッキー。あれはどーんしていい?」
と今は右肩のフローリアがささやく。俺はそれを断った。
今回は、実戦に際して能力を使い、マリエラ含むこの村の人たちに何が起こったか判らないように始末をつけたい。また増長してるような考えにも見えるが、
この目の前に居る悪鬼・ゴブリンたちに俺に危害を加える能力は無いと理解していた。
闇の中、オークが俺を指差し、ゴブリンの一団になにか指示をしているようだ。彼らはこの暗い星空の下で俺の姿を認識しているらしい。まあスニーキングには
向かない格好をしているのもあるが。
ゴブリンの一団がグギャギャと俺に向けて弓を番えている。あれを撃たれたらあとから片付けるのが面倒そうだ。俺はまずその一団に向けて時間停止を行使する。
オークが命じたのに弓を撃たないゴブ共に怒りくるって棍棒を叩きつけるが、棍棒のほうがへし折れている。おい、ゴミ増やすなよ。更に怒りくるい素手でゴブリンを殴ったオークが悲鳴を上げた、手が砕けたのだろう。
俺は一気に川を渡り、ブレーキ代わりに手を砕いて呻いているオークに飛び蹴りを入れ制動をかける。ゴロゴロと転がっていくオーク。そして俺は付近の停止している弓ゴブどもを、
掴んでは投げ、掴んでは投げ。ポイポイと川の中に投げ込んだ。そして時間停止解除。
粗末とはいえ防具を見に付けたゴブリンどもは泳ぐこともできず、流され溺れていく。なむなむ。来世は善の側に来いよ?
生まれて初めての自分の手による殺生ではあったが、あまり感慨はなかった。この世界の成り立ちと状態を知っている今、彼らを野放しには出来なかったしね。
なによりエリオットの家と嫁を狙ったのは許せん。あんなイイ奴を。
丸太を振り回すオークを大きめに回避しながら、ゴブどもを止めては投げるを、繰り返し数を減らしていった。オークも実はまとめて停止できたのだが、
これは実戦訓練だと木人扱いで自由にさせておいた。
耳元にぶうんと質量をもった感触が振り回されるのはなかなかの緊張感。チューボーの頃の、おまえどこ中よ?で始まるじゃれ合いとは一味も二味も違った。
さてゴブリンどもを片付け終わる頃には、さすがにオークも俺の異常さに気づいて戦意を失いつつあった。あいつらにしてみれば100:1.1くらいだと思ってた
戦力比が、いつの間にか4:1になれば、そりゃオークの脳でも判るってもんだ。
ん? こいつら思ったより頭良くない?そんな事を思っているとオークの一匹が逃げ出そうとしていた。最初に手を砕いたアイツか。その判断はもう遅いぞと、ついついほくそえむ。
そんなオークを止めようとしたその時、森の中からマナの波動と共に火閃が走り、俺に向かって飛んでくる。炎の魔法か!? やば、俺の空間把握をかわして、攻撃を仕掛けてきた伏兵の一撃だ。どれほどの威力か判らないが、ここぞと打ち込まれた攻撃には必殺の意図を感じた。
避けられるか?と足に力を込めようとしたとき、俺の右肩から光線が放たれ、火球に命中し大爆発を起こした。吹き飛びそうな猛烈な爆風に目を閉じそうになる。
「ごめんなさい、どーんしちゃったユッキー」と謝るフローリア。その頭を軽くなでてやって、
「俺の方が悪かった、また油断してたよ。パートナーだもんな助けてくれてありがとう」と謝る。何もしなくていいと言ったがずっと心配だったのだろう、ちょっと涙ぐんでる。
そんなコトすら目に入らなくなってたとか、やっぱまだまだだな。
ちなみに周りにいたオークたちは白と赤の奔流に巻き込まれ、生命活動を停止していた。盛大に土もえぐれててサイレントキル大失敗だ。
俺に魔法を放った奴は失敗と手下を失ったのを見て逃げ出していた。一回居るのが判ったらもう俺の把握からは逃がさない。俺は森の方へ駆け出した。
明らかに知能の高い奴だったから、あれを逃がすのは不味い。確実に後に祟るのは火を見るより明らかだった。俺の魔法も見られたしな。
逃がすという選択肢は無かった。森を駆けて奴の姿を視認した。先ほどより大きいオークで手に杖を持っている。オークメイジっていう奴かな?。
足止めを……と奴の進行方向の潅木に停止を掛ける。転んだ所をぶちのめそう。低い潅木を跨いで逃げようとしたオークが世にも切なげな悲鳴をあげて転がった。低い潅木の葉っぱが、オークメイジの大事な所をズタズタにしていた……。アレが地面にボトりと落ちている……。だくだくと股の間から血を流すオーク。時間停止を掛けたハッパは不動のカミソリになっていたようだ。俺はヒュンとなった。
呻きながら、近づいてきた俺に怒りの表情で杖を向けるオークメイジ。
「ほら、仲間の忘れものだぞ。持って帰れ」
俺は抱えてきていた丸太を投げつけた。丸太はオークの頭に命中し、そのままカボチャのように弾けて割れた。酷い光景だが。もう隠しようがない。
さっきの大爆発は轟音をエリオットの耳にも届けてしまっているだろう。地面もえぐれてたしな。
把握を広げれば、きっとマリエラを心配して必死に駆けてくる彼が見えるはずだ。
俺は、エリオットの家に戻ると時間停止を解除して、マリエラに声を掛けた。
「あー、用事を思い出したから出発するわ。エリオットにもよろしく言ってくれ。いろいろありがとうって、んじゃ」と別れを告げた。フローリアも、
「ごはんおいしかったの。ありがとう」ってマリエラに例のキラキラ石をプレゼントしてた。
マリエラからしたらトイレ行くってドア出てったと思ったら、突然の出て行く宣言。ビックリしたようで目をパチクリしている。
挨拶もそこそこに俺は来た道とは違う方向に駆け出した。暗い夜道だが、星明りがほのかに道を照らしている。迷うことはなさそうだ。
それに、早くしないとエリオットが帰ってきてしまうだろう。
今また彼にあったら旅立てなくなるような気がして、俺は走るスピードをあげた。




