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11話 壁を越えて(物理)

 少しの休憩を挟んで、俺はまた川下に向かって移動を始めた。やや暫く移動していると川下に壁の様なものが立っているのが目に入ってきた。この世界に来て初めて見る人工物だな。

石を積み上げて作り上げて塗り固めた土壁といった感じ。防壁じゃないのかな? その割にはなんかやたらと高い壁だ。川は塀の下を勢いよく流れていっている。潜って進むのは最終手段としようと思う。ちなみに対岸は高く切り立った崖になっていた。

今の身体能力かつ、心はニンジャマスター状態の俺なら、少しの岩の凹凸があれば指だけでも登れそうな根拠のない自信はあるんだが。この壁が何の目的のモノか判らないので、まず調べることから始めようと思った。


 昨日一人で飛び込んだ世界に不安はやはり隠せなかったが、フローリアという同行者ができてなんとなく余裕が生まれている気がする。正直、何も判らないところに一人で投げ込まれたのだから、不安に思うなと言われてもムリがある。そんな異世界に対するストレスも、フローリアとの何気ない会話で、解きほぐされているのだろう。でなきゃ今頃焦って何をしているか判らない。

余裕を持って行動できるのはフローリアのおかげ。うん、小梅ちゃんの事は忘れよう……。

ちなみに当のフローリアさんはウエストバックに移動して、絶賛お昼寝中である。枕は、ハンカチの切れ端を巻いた飴ちゃんだ、だから溶けるってば。カッターナイフは持ってて?と渡されて、作業服のズボンのポケットに移動。今やすっかりウエストバックは彼女のプライベートスペースだ。綺麗なキラキラ光る小石やら、あの酸っぱい実とか。いつの詰め込んだのかいろいろ入っていた。


 壁は近づいてみるとほのかに光を放っている様だ。近づいても熱かったりはしないが、照明かな? と壁に触れてみると、ピシッっと強く青白い光を放った。痛くはないけど、ちょっとビックリした。

なんらかの魔法が掛けられてたのだろうか?


 って、なんかガチャガチャと遠くから金属が擦れる音が聞こえる。空間把握の認識域を拡げると白い甲冑を着た男が2人、上を歩いて近づいてくる。あの壁の上は通路になってるみたいだね。見た目よりしっかりしてんのかな? 

とりあえず、状況が判るまでは……見つからないほうが良さそうだ。俺はさっと森に入り込み太い幹の後ろに身を隠す。


『また、いつものようにリスかカラスでも焦げてるんじゃないのか? あれは食う所ないからなあ、見つかっても嬉しくもないな』

意識をそちらに向けると、彼らの喋っている内容が聞こえる。ピントを合わせると、そこ付近の振動を拾って音も把握できるようだ。なんというピーピングツールか。

『あんなのでも、あれば酒のツマミくらいにはなるだろ。ここのカラスはあまり肉食ってないから臭みもないしな』

と騎士?かな。なんかカッコ良い甲冑をまとっているな。兜はつけてなかったので2人の表情も窺い知れた。別に緊迫している雰囲気もない。2人とも二十歳も行ってない様な若者のようだ。


『その割には、カラスのカーも聴こえないがな』

『確かに、ベイクの奴がいつもカビの生えかけたパンをやってるから、いつもだったら俺らが歩けば集まってくるもんだけど、珍しいな』

『まあ、エサでも探しに行ってるんじゃないか。…接触したものはみつからないな、やっぱり、小リスでも弾けとんだかな?』と壁の下を調べている。ってさっきの触ったら弾けるようなシロモノなのか。判らんもの触るのはイカんね。


『異常なーし』『異常なーし』復唱してるわ。


やっぱなんらかのルールを持った集団の戦闘員、まあ普通にどこかの騎士なんだろう。この世界の知識がないから、想像でしかないが。


『まあ、内側には特に気にしなくて良いって中隊長も言ってらしたしな。俺らは外側から進入されなければ良いって』

『こんなおっそろしい精霊王の森なんて俺なら頼まれても入りたくないけどなー、この壁があればライカンスロープの奴らだって入れねーだろ』

ライカンスロープ、獣化する人間か? この世界では忌み嫌われる側なのか。もしかして語尾がにゃあの猫耳な女の子との異世界交流あんなことやこんなことは、出会う前から打ち砕かれたのか……。俺は心の中で一人泣いた。


 彼らはまた来た方に戻っていった。コソコソと木々に隠れて追いかけて行くと、壁の上に搭が立っていた。見張り搭って感じだろうか。内側から見てたんで判ってなかったが、どうやらこれは城壁に近いものらしい。主に向こう側を警戒するための。


 搭の上にはクロスボウらしきものを持って森の反対側を見張っている兵士が把握できた。その搭の真下にでかい金属と木材が組み合わさった格子の扉がある。その扉の向こう側にはさらに2人歩哨がいるようだ。

兵士たちの宿舎は壁の上のあの搭あたりにある建物だろうか? 中には数人が休んでいる気配があった。

ふむ、扉にも魔法が掛かっているようだし、戻ってあのガケをクライミングして飛び越えるか。と後ろ向きなのは、ここで自分からコンタクトを取りたくないからだ。

壁の上の彼らの話から推察して守っているのは精霊王の森にある何かなのだろう。

どこからか沸いたガキが、森の内側からあらわれる。精霊王の関係者で、その命令であの森にいたフローリアを連れている。

これはもう、確実に保護もしくは捕縛・尋問されちゃう方向だろう。それはよろしくない展開だ。


 人違いで、それ程には期待されてないとはいえ女神さまに使命を託されたのだ。この世界での俺の位置づけはいくら馬鹿な俺でもなんとなく判る。

国のお偉いさんに面会して、事情を話して。大きな力を動かすというのも正道だとは思う。なになにしちゃいけないとかまったく言われてないから、俺は思うように動いていいはずだ。

なので、まず俺は、予備知識のないこの状態でフラットでこの世界を見てみたかった。せっかくの旅立ちが、いきなり監視下とかちょっと御免こうむりたい。


 なにより神の使徒なんて把握されてしまったら、いつか時空魔法がバレてあんなコトやこんなコトもできなくなってしまうかもしれないではないか!!。

よし、なんとかこっそりこの壁を越えよう。まだ見ぬ色々の為に。

「あの壁ジャマなの? どーんする?」

あれ、フローリアはいつの間にか起きてる。まあ暫く考えてたし、ってどーん?

「じゃ、行くね」

ちょ、ちょっと待っ……と静止も間に合わなかった。


 フローリアの目の前に集まったマナが光の奔流となって目の前の扉に注がれる。これはもう見た目と、感じるマナの感覚からヤバイやつだと判った。

俺はすぐさま全力でその空間に対して時間停止を放つが、マナの奔流には、時間停止が効かなかった。マナの奔流はそのまま扉にぶち当たり閃光と轟音を立て扉を弾け飛ばす。

マナの奔流を止められなかった俺は、急いで時間停止の目標を切り替え、爆風に吹き飛びつつある扉を中心に全力で停止を掛けた。急激に抜けていくマナを感じ、はじけ飛ぶエネルギーはなんとか停止させることができた。フローリアのどーん砲は止められなかったが、爆発という現象は止められるらしい。


 爆発しつつある扉の隙間をくぐりぬけて、壁の向こう側に移動した。門の向こう側で驚いてこちらを振り向く姿で固まっている歩哨を一人づつ抱えて移動。30メートル程離れた草原に避難させた。あのままだとこの人たちもタダじゃ済むまい。ギャグ漫画みたいに吹っ飛ぶだろう。

階段を登って、宿舎や搭の上で見張っていた兵士らを次々と塀から移動していった。自室でひとり遊びをしていた男も居たが、可哀想だが皆とまとめて置いておいた。壁に掛けられていた旗を腰のあたりに掛けておいてあげたので許してほしい。


 すべての人間を運び出したのを確認すると、俺は草原に続く道を駆け出した。そして十分離れた所で身を草むらに隠して空間停止を解除する。

光の奔流と轟音と共に、門とその周辺の城壁がすっかりと吹き飛んでいた、まじ大惨事だ。


兵士に捕まりたくないとかもうそういうレベルを超えているね、これは……。そして、このトンでもない破壊をしでかしたのが、何したのか判っていない様子でにこにこと可愛い笑顔でふわふわしてるフローリアだと信じてもらえるのか。

いや、信じてもらってもダメだな、これは隔離されるわ…。なので、俺のできることは一つしかなかった。 

俺は、草原の道を駆け出した。まだ見ぬ明日と出会いに向かって。時間停止で触れた初めての素肌が、裸のおっさんであったことに涙を流しながら。


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