9話 14の夜
エンゲージ。彼女の言うところは結婚ではなく、結魂と言ったモノらしい。妖精と魂を結びつけるモノ。
「どーんどーんってすごい事が出来るのよ」とはフローリアの話。
なるほど確かに。フローリアからキスされたあと、体から湧き上がる力を感じる。しかし、敵と出会う前にいきなりパワーアップイベントってこのシナリオ、ちょっとおかしいんじゃないだろうか。
ってこれはゲームじゃないか。昨日の朝(体感)死んでから続くこの怒涛の展開にちょっと現実感を失ってたわ。
フローリアからのキスがなかったら夢だと断言できたかもしれない。なぜならキスの感触は初めての物だったから。すげー微かだったけどね。
夢だったら体験したことのない行為の再現は出来ないはずだ。全俺の経験による。
可愛い女の子に触れる機会があったとしても服を脱がすことも、あんなとこやそんなところに触っても感触もしない。俺にその経験の記憶がないので脳が再現できないのだ。途中で、ああこれ夢なんだと、夢の中で把握できてしまう悔しさ。
空を飛べるヒーローになっても、地上スレスレの視界にしかならないというね。むしろ墜落感を感じるという。閑話休題。
串に挿して焼いただけの魚は塩気は無いものの旨かった。ちなみにフローリアは食べなかった。
彼女は、近くの草木から小さい実を集めてきていた。にこにこと食べている。美味しいの? と、2粒ほどもらってかみ締めたら超絶すっぱかった。
思わずうへーと顔をしかめたら、それが可笑しかったのか、空中でころころ転がってた。器用だな。
暗くなってきたが、まだ夜は長い。
ついでにちょっと気になっていたんでフローリアに服を作ることにした。といってもハンカチをカッターで切って穴を開けた簡易貫頭衣だ。
横はちょっと隙間開いてるけど、まあ素人の手慰みだ。切れ端の帯で結んで出来上がりと。
羽を出す穴が必要だろうと、どこに羽が付いてるのか見せてもらおうと思ったら、くすぐったがって大変だった。が、結論からすると穴は要らなかった。羽と彼女の体は物理的に繋がってなかったから。
まああの羽ばたきじゃあ飛べないとは思ってたけど。飾りなのか? とつい呟いたら。
「キレーでしょ」うふふと自慢された。
この世界の物理は、色々とないがしろにされてるな。多分マナさんのせい。
とりあえず、明日になったら川沿いをくだってみよう。この世界に人が居るのは聞いてるし、水場の近くに集落が出来るのはどこも一緒だろう。
植物をみていたが、あまり違いを見受けられなかった。まあ、植物なんて前の世界で意識してみたことないし違いはよく判らんが。さっき食った魚もマスによく似ていた。斑点がないのが違いくらいだった。
服を喜んでさっきからひらひらと空中でダンスしてるフローリアにしても、耳が少し尖ってるかな?くらいであとは正確な人のミニチュアという感じだ。羽を除いて。
しかし、裸でいたから服を嫌がるかなと思ったが、喜んでくれてなによりだ。肌色分が多いのは嫌いじゃないがあの姿で俺の肩に座られると気になって困る。いつも見えているよりチラっと見えた方が価値があるから着せたという説もある。
が、それは後世の歴史家に判断を任せよう。
そして夜更け、俺は苦しんでいた。
すでにフローリアは眠っている。俺が外しておいたウエストポーチにぽすっと入って。飴ちゃんを枕に嬉しそうに寝ている。溶けてベタベタになったらどうするんだ……。
が、俺にそれを構う余裕が無かった。
マジでギンギンなんです、アレが。なんでこんなに元気なんだよマイサン。というか理由はなんとなく判った。
フローリアと繋がって流れてくる膨大なマナに、体が上手く対応できてないのだ。体はエネルギーの発散を求めてきていた。
こんな紙の無いところでどうすればいいんだ。
穴を掘って……って地面に発射するとかかなりやだ。
川に向かって……ってさっき食った魚じゃないんだから。
フローリアで……とかウスイホン的な発想は真っ先に捨てた。
なんていうか、あれだけ純粋な好意を向けられたのは初めてだし、なによりあの純粋な感じは、まだ失って欲しくなかったんだ。男のエゴだね、これは。
こ、怖いわけじゃないぞ!!
しばらく悶々としたあと、フローリアにブーストされた今ならもしかして……、とひとつ試す事にした。空間ゲートの開放である。
もっと先、修行編の後ならできるかもとか思っていたが、今試してみるのも悪くない。最悪失神するくらいだろ。悶々としたこの状態が続くよりはよっぽどマシだと思えた。
まずは先ほど神域のトイレで把握した自宅の座標へとパスを繋ぐ。……ん、細いマナの導線が繋がったのを感じた。判っていたけどかなり遠い。
アルファケンタウリとかの方がずっと近いかも知れない、適当だが。
そしてゲートを開こうと思ったが、人が通れるサイズのゲートを作るのは無理だと判断した。ゲートは開くサイズによって倍々でマナ消費が増える感じがする。
今はこれが精一杯……か。
直径10センチほどのゲートを、俺は羽織っていた作業着のジャンパーの右ポケットに固定した。これくらいの大きさならなんとか保持したまま運用できるだろう。こちら側のゲートは固定したが、俺の部屋のゲート位置は変動性を持たせた。これで部屋の物が持ち出せる。
このポケットを通れるものだけという条件が付くが。
ポケットからゴソゴソモノを取り出すとか某青タヌキみたいだなと思いながら、俺はそれを取り出した。
ちゃっちゃららー「イボライブー」
ピンク色のシリコンで出来たチクワ状の物体。いわゆるジョークグッズである。あくまで本品はジョークグッズである。
そして俺は発散した。3行も必要なかった。
オカズは女神さまでした、マジすいません。
ほどよく賢者タイムに居た俺だが、んーっと身じろぎしだしたフローリアに困惑する。やばい目を覚ましそうだ、あんだけ深く寝てたっぽいのに。
急いでマイサンを収納。困ったのは左手に持っているイボライブさん+αの処置である。うにーっと伸びを始めるフローリア、もう猶予はない。
さすがにこの洗ってもいないイボライブさんを部屋に戻すのを俺は躊躇った。まちがって由香里さんに見つけられたらアウトオブアウトである。
急いで左のポケットに新たな場所へのゲートを急いで構築する。俺が現在認識している座標は少ない。もちろん繋いだ先は、神域のトイレだ。
便座の後ろにぽいっとイボライブさんを隠す。あの場所が今も残っているのかは不安だったが、パスが繋がったら迷いは無かった。
女神さまはう○こなんてしない!! といってたし、あそこはデッドスペースだろう。
「なんかね、ずずーって力が動いた感じがしたの」
とフローリアが目覚めたのはマナの移動を感じたかららしい。
セルフ発散にも、マナ制御の訓練が必要らしい。俺はひとつため息をついた。




