1.その男、危険につき
一組の男女が、下着や上着だけといったあられもない姿で絡み合っていた。
「あっ……んんっ……やぁぁっ……」
女の艶めかしい声が部屋中に響き、男の頬が獲物を見つけた肉食獣を連想させるかの如く吊り上がる。
コンコンコン―――
木製の扉を手の甲で叩く音がする。
「まだ果てるには早いぜ?なんたってまだBなんだからよ」
そう言い男は女の太ももを撫でる。
ドンドンドンッ―――
木製の扉を手の甲で殴る音がする。
「あれ?知らない?恋のABCって言って、Aがキス。Bが愛撫、でCが―――ゴフッ!」
後方で爆発音がしたと思うと、飛ばされてきた木片に後頭部を強打した男は強制的に口を塞がれた。
「いやあぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」
突如部屋で起きた出来事に驚き、女は持っていた衣類で自らの裸体を隠し、扉だった物の上に立つ190はあるかと思われる"女"の横を脱兎の如く走り去った。
「カーニーバールーちゃーん。集金のお時間よー♡」
立派なギャランドゥを蓄えたシックスパックがくねりながら、どこかの大貴族を思わせる威厳ある口髭に彩られた分厚い唇が僻みながら、その"女"はカニバルと呼ばれた男へ微笑を浮かべながら歩み寄っていく。
「ダメじゃなぁい、昼間から女の人連れ込んでこんなコトするなんて。もし溜まってるなら、あ、た、し、がシテあげるのに♡」
「冗談キツイぜマスター。何が悲しくて昼間っからおっさん抱かなきゃならないんだ。そんなに盛ってるならそこらの雄犬にケツでも振ってな」
そう言いカニバルは垂れ下がった前髪を後頭部までかきあげ、ソファーにかけてあった上着からタバコを取り出すと火をつけ始める。
「いやーん、何言ってるか分からなぁい。カニバルちゃん、ちゃんと人間の言語喋ってくれないと、あたしわ゛か゛ら゛な゛い゛わ゛」
「いだだだだだ!!わ、悪かった!は、離せ!指を!ちょっ、まじでやめっ!……すいません!ホントすいません!」
マスターと呼ばれた"女"はカニバルのこめかみにアイアンクローをくい込ませながらニコニコと微笑む。
やがて満足したのカニバルのこめかみを解放し「まったくもぅ!」とぷりぷりと怒ってみせた。
「ったく、マジで馬鹿力。おめぇはゴリ……いや、何でもないっす。はい。」
マスターの指が僅かに跳ねたのを見てカニバルはとっさに口を塞ぐ。
「つうか、アンタのせいでせっかくの上玉が逃げちったじゃねーか。大変だったんだぞ。3時間も粘ってようやく連れ込んだのに」
「大変ってたった3時間じゃないの。こんな男にホイホイついていくなんて女も女ね。……艶やかな黒髪とキリッと整った瞳、シャープな輪郭、鍛え抜かれた男らしい肉体と八頭身のスタイル。まったく顔と体だけはいいんだからぁ。……むふふ」
そう言いマスターが横目でチラリと見るが、必死に目を合わせないようにしていたカニバルを見て「……はぁ」とため息をつく。
「てか、集金ってなんだ?今月の家賃はとっくに払ったろ?」
タバコを半分近く吸い終わらせたカニバルが、既に終わっている筈の話をしてみるが、マスターは首を横に振った。
「そうじゃないのよぉ。カニバルちゃん昨日の夜レイカちゃんと下の酒場で大暴れしたそうじゃない?」
「じゃあ、その修繕費を出せってか?そりゃ無いぜ。あれば元々レイカが───」
カニバルが昨夜仲間と起こした乱闘騒ぎを思い出していると
「それについては別にいいわ。……今に始まった事じゃないしね。」
マスターはやれやれと首を振る。
「実はその時ね、ここら辺を領地としている貴族、クロークハーツ公のご子息様がお忍びで来てたらしくて怪我をなさったんですって。それでクロークハーツ公が大変お怒りになっちゃってカニバルちゃんの事、反逆罪だっ!死にたくなかったら見舞い金持って屋敷までこいっ!……ってね」
肺に残った最後の煙を出し、短くなったタバコを灰皿へ押し付けながらカニバルは不敵な笑みを浮かべる。
「あの耄碌爺。今度は、そんな手で来やがったか……」
自らの危機なのにも関わらず、まるで旧友に会うかの様な態度を見せるカニバルに、マスターは不可解な思いを抱く───