後輩侍女は観察する 3
思っていたのだけど。
シーリィさまの婚約式の日取りが決まってから話は変わった。
変化のきっかけはシーリィさまが一番身近で頼りにしているアイリアさまにあることを命じられたことだった。
シーリィさまがご自身につきあってこれまで頑なに社交界にお出でにならなかったアイリアさまに、招待客として婚約式に参加するようにおっしゃったのだ。
信頼している乳姉妹にして侍女頭であるアイリアさまにも幸せになって欲しいのだと、誰か良い人を見つけるようにとシーリィさまは時間をかけてアイリアさまを説得していた。
それをいつものようにセルクさまは静かに見守っていたと思う――全く注意を向けてなかったから正確なところはわからないけれど。特に何を言うでなく控えていらっしゃったから、たぶん。
なのに、だ。
職務に忠実なアイリアさまがようやく説得にうなずいたかと思ったら、その翌日。アイリアさまが席を外した隙を狙ってセルクさまの半休申請だ。
これは、別の意味でも狙っているのではないかと私は感じた。
前日まではまったくそんなこと口にもしなかったのに、今日になって突然「俺も殿下の婚約式に招待していただくわけにはいかないでしょうか」なんて。
招待されなくても護衛としてその場にいることは可能だし、その方がシーリィさまをお近くで拝見できる。
アイリアさまがシーリィさまのご希望に渋っていらっしゃったのは、下手に招待されてしまえば遠目でしかお姿を拝見できないからだ。
その様子をずっと見ているだけでなにか言うこともなかったのに、今更休みを要求するだなんて。
もちろん、私たちが邪推したとおりにセルクさまがシーリィさまを密かに想っているというのなら、お近くでシーリィさまの幸せを見守るのはつらいのではないかとも思える。
だけどそれであれば、シーリィさまが最初にアイリアさまにお命じになった時にでも、自分も休みたいと言っていれば良かったのではないだろうか。
セルクさまのお言葉はあまりに唐突で、きっかけは明確なように感じた。
きっと、シーリィさまがアイリアさまに将来の伴侶を捜すように主張されていたことが原因ではないかと思った。
だからセルクさまのお気持ちはアイリアさまにあるのではないだろうかと、天啓のようにひらめいた。
そうだ。あの、見るからに職務に忠実で、シーリィさまを第一に動いているアイリアさまのことをわかっているからこそ、セルクさまはシーリィさまのために動かれていたのではないか――推測は、これまでの説を押しのけて私の中にすとんと収まった。
仕事中心のアイリアさまだから男性に色目を使うなんてことまったくない。だから、セルクさまはこれまで特に積極的に動く必要を感じていらっしゃらなかったのかもしれない。
だけど他でもない、大事になさっている主に命じられたら――うん、アイリアさまが一念発起して主の意志に沿うようにお相手を見つけにかかるかもしれない。
王城にてシーリィさまの侍女を長く勤めているアイリアさまだけど、交友関係はあまり広くないようだ。それもほとんどが親子ほども離れた職業侍女の方々のように見受けられる。
魔法を使えないがためにシーリィさまはまったく社交界と縁がなく過ごされていた。主に習ってアイリアさまも、お年頃になっても社交界と距離を置いていたようだった。
そんなわけだから私が見た限り、アイリアさまの親しい男性はセルクさまと、レイドルさまくらい。他は、親子ほども年の離れた王妃さまの護衛騎士くらいではないだろうか。
だけど、武家ではアートレスに次ぐファートレンのご令嬢であれば、いざ社交にでればお近づきになりたい男性は山といるだろう。
アイリアさまは、少々堅物で取っつきにくいところもある、洒落っけ一つ見受けられない地味な方だ。王女殿下の乳姉妹として幼い頃から王城にあり、大人にばかり揉まれて育ったからなのかもしれない。
だけど、あれは磨けば光る方だ。色気も素っ気もなく、寸分の乱れもない侍女の制服に身を包んでいても、素材の良さなんて見ればわかる。
父親が現騎士団長という有力な後ろ盾があるのだから、そういう方が十分に着飾っていればいくらでも人は寄ってくることが予想できる。
あまり隙を見せない方なのが難点だけど、案外素は可愛らしい人だと思われるので――シーリィさまに説得されている時にタジタジしている様子が普段と違ったもの――、慣れない社交に戸惑っているうちに求婚者が列をなしそうだ。
アイリアさまは群がる男性陣もそつなくいなせそうな気もするのだけど。
その中から主の意志に添えるようお相手を求めないとも限らない。
私でさえ思いつくことをセルクさまも感じたからこそ、今になって無茶を言いだしたのだろう。
表立った異論はあがらないようになっているとはいえ、王冠を王族でもないレイドルさまに渡すことに根源的な不満を抱いている方はいるのだ。政治的な難しいやりとりは私にわからないけれど、婚約式という大舞台でシーリィさまの筆頭騎士であるセルクさまが護衛を離れることは、本来ならば考えられない。
ものすごい無茶をおっしゃるなと思うんだけど、セルクさまはいい感じにシーリィさまを煙に巻こうとあれやこれや言ってらっしゃる。
そして、シーリィさまはあっさりと誤魔化された。
「セルクもこの機会にきちんと女性に目を向けるべきよ!」
そうねとうなずいてから、力強くお続けになったシーリィさまは、相変わらずセルクさまがレイドルさまに思いを寄せているという恐ろしい誤解をもっていらっしゃる。
「ぜんしょします」
言葉少なに応じるセルクさまの顔はどことなくひきつって見える。
それでも意気揚々と定位置に戻るのは、希望が叶ったからだろう。
でも、シーリィさまの許可を得たとはいえ、婚約式に筆頭騎士が任務を外れるなんて他の方が止めにはいるだろうなと私は思った。




