侍女の嫉妬とその顛末 3
アイリアに向かい合うように腰掛けを動かしてセルクもまた座った。
「今日はとりあえず手短にいこうか。だったらやっぱり、言っておくべきは君が一番綺麗だった日のことだよね。思い出すなあ……あの、婚約式の日。君がそこの扉を出てきたときのこと。開場の時間が迫っているとやきもきしてたのに身支度を整えて出てくるなんて思わなかった」
そして、すぐさま彼は滑らかに語りはじめる。
「そうですか」
「あれは化粧のせいもあったのかな。出てきた時、少し頬が上気していたね? あんなドレスを普段着ないからか恥ずかしそうだから遠慮したんだけど、あれはめっちゃ綺麗だったね!」
「あ、ありがとうございます……」
「あれは――君が選びそうにない感じのものだったけど、よく似合っていたね。お母上のお見立てかな」
「ええ、まあ」
「あれは君の魅力をよく引き立てていたと思いました」
「そうですか」
ずいぶん前のことをよく覚えているものだとアイリアは驚きながら相づちを打つ。
それが淡々としたものになるのは話の内容について行ききれないからだ。
「化粧もねえ、あそこまでしなくても君は綺麗だと思うんだけど――いつも以上に綺麗で見てると緊張しちゃったなあ。あの化粧は自分でしたの?」
「いいえ」
「まばゆく明かりが灯された会場ではあれくらいしないと映えなかっただろうね。それを計算した上でああした人の腕がいいんだろうな」
「そうですか」
「ただちょっと人目を引きすぎだったよね。君は周りの目に気付いて……は、いなかったよね。シーリィちゃんの方ばかり気にしていて良かったと思う」
「はあ」
「あんな視線を意識しちゃったら、平常心ではいられなかったかもしれないもんね。ただでさえ普段とは違って緊張していたみたいだし。でも、気付いていた方が君は自信がついていたのかなあ――相当人目をさらっていたから」
とうとうぽかんとするアイリアに、セルクは苦く笑う。
「可愛いとか綺麗とかそういうことは言わなかったかもしれないけど、君は魅力的だと俺はあの時言ったよね?」
確かにそうだった気がするとアイリアがうなずくと、セルクは「君はきちんと自覚すべきだよ」と真顔で忠告してきた。
「君は小柄で、男からすると守ってあげたくなるような愛らしい娘さんなの。仕事中だからって気を張っている時はいいんだよ。君は真面目だし、ちょっと近寄りがたい感じがして男除けになるから。
でも、あの日は違ったよね――着慣れないドレスに身を包んだ君はひどく頼りなげに見えて、大変庇護欲をそそりました」
アイリアは真剣な言葉にどう応じるべきなのかすぐにはわからなかった。
「ちょうど、今みたいなその感じだよ。それをよそでやるのは危険」
言葉に迷って視線をさまよわせていると、セルクは追撃するようにアイリアを再び混乱させた。
「君は想定外のことには弱いよねえ。慣れたことにはそつなく対応するのに、マニュアルにないことが飛び込んでくると素がでちゃう。完璧との呼び声も高いよくできた冷静な侍女殿が、そういう隙を自分の前で見せちゃうとね、男は期待しちゃうんだよ」
きょとんと瞬きするアイリアに気付かない風で、セルクの言葉は止まない。
「あの日も俺が側でべったり張り付いていなかったら、男の一人や二人や三人や四人は寄ってきたと思うよ。だって場慣れしていない君はひどく頼りなげだったもん。それこそ中身のない上っ面のおべっかで君を翻弄して自分のものにしようとたくらんだに違いない」
「あのう、セルクさま」
おそるおそるアイリアはまくし立てるセルクに声をかけた。
「なあに、アイリアちゃん」
はたと我に返ったように返答をよこしてもらえたアイリアはほっとした。
「あの、よくわからないのですが、セルク様のお気持ちは何となく理解したような気がします。きっとそれは惚れた欲目ですよね」
「なんでそういう理解になるの? もっとしっかり認識してもらえなきゃ困るんだけど」
アイリアとしてはよくわからないながらきちんと愛情を感じたので良かったと思うのだが、セルクは不満げだ。
「もうちょっとかみ砕いて説明した方がいい? あのね、君はとても美人さんなんですよ。それこそ惚れた欲目は否定できないけど、それをさっ引いても、絶対に美人さんです」
馬鹿の一つ覚えみたいに美人と繰り返されても、当人が自覚するとおりにきっと惚れた欲目というやつだ。
ただ、必死に言い募る彼の本気だけは感じ取って、これまで言われたことのない言葉にアイリアの心は温まる。
「それだけで、ああいうところでは人目を引くんだよ。あの日も言ったけど、君は王女殿下に近しい侍女である上、騎士団長を父に持つ。その肩書きがさらに人目を引いていたの」
「私の背景が魅力的だというだけでしょう」
「なんでわかんないのっ?」
アイリアは冷静に応じるのだが、セルクは納得がいかないようだった。
「いつのまにか話が大幅にそれていませんか、セルクさま」
「そんなことないよ。ここ大事な話だよ。君はきちんと自覚して、男に対する対処を学ぶべきだよ」
予想もしないことをたくさん言われて、さて本題は何だったかと途方に暮れそうなくらいにはアイリアは目的を見失っていた。その軌道修正を試みたのだが、セルクは一歩も譲る気はないようだ。
「私も、先ほどは言い過ぎました。十分セルク様のお気持ちは理解しましたし、この辺りで今日はおしまいにしましょう。これから訓練も残っているのでしょう?」
「そんなの、後でいくらでもするから今は君と話すことが大事だよ!」
「前言の撤回は撤回しますから」
「そういう問題じゃないよ」
きっかけは、アイリアが口約束の撤回を口にしたからだ。
その理由はセルクがアイリアにはお世辞一ついわないのに後輩にはさらりとそれを口にすることに嫉妬したからで。
だけど、それを指摘すれば流れるように自然に、アイリアには冷静に聞けないような言葉が飛び出してきて――今、先ほど抱いた嫉妬心は綺麗に消えている。
それで問題は解決したとアイリアは思うのに、セルクは論点を変えて持論を主張している。
「俺がちょっと誉めただけでうろたえて挙動不審になるところとか、すごく危険なんだからね!」
「誉めてくださったのは、ちょっと……でしたでしょうか……?」
ちょっとどころではなかったような気がするのは気のせいだろうかとアイリアは首を傾げる。
貴族的ではない直球のシンプルな言葉は女慣れした男の口にすることではなかったような気がするけど、髪や瞳を何かになぞらえるような誉め言葉をアイリアが得意としないことを、きっとセルクは知っていたのだ――そのことを、ここにいたってアイリアは唐突に思い出した。
しかも魔獣を封じた救世主として上層階級の集まりに招かれたティーファがそういったものにひどく戸惑っていたということを、我がことのようにだ。
前世を夢にしか見た覚えのないアイリアに、それは大きな驚きをもたらした。
魔獣の封印を祝う祝賀会が幾日か続いており、ティーファとフェストは否応なくそれに参加させられていた。お互い旅の間は考えもしなかったくらいに磨き上げられて、着たことのない服に身を包んでいた。
右から左へとすり抜けていく美辞麗句を聞いて、お綺麗に取り繕ったお世辞に価値がないと文句を付けたのは、フェストではなくティーファだ。
似たような言葉がつい先ほど、セルクの口から飛び出してきたということにもアイリアは気付いた。それはつまりどういうことだろうと、うろたえながら考える。
自分が大事なことを忘れ、セルクにとてもひどいことを言ったのではないかと、気付いてしまった。
「ちょっとでしょ?」
平然と言ってのけるセルクを直視できなくなって、アイリアは目線を落とした。ぎゅっと手を握りしめて、瞳を閉じる。
たくさん言うべきことはあると思うのに、何をどう言っていいかわからなかった。




