侍女の嫉妬とその顛末 2
「シーリィさまの婚約式の日にした話ですけど、撤回してもよろしいですか?」
勢いのまま、アイリアは口早に告げた。彼の反応を見たくなくて視線を落としていた彼女は、しばらく彼が何の動きも見せないことにじれてつい顔を上げる。
声もなく、セルクはショックを受けているようだった。ぽかんと間の抜けた様子で大口を開けている。
「セルクさまには、もっと他にいい方がいるのではないかと思うのです」
「な――なんで?」
「さっきのあの子のように、可愛い子はたくさんいますでしょう?」
「そんなことない!」
嫉妬じみたことを言ってしまったと後悔する前に、激しい否定の言葉がセルクから飛び出た。そのことにアイリアは驚いた。
必死の形相のセルクと、言葉を失ったアイリアはしばらく向き合った。
続いた気まずい沈黙を破ったのは、年長者であるセルクだった。
「アイリアちゃん、それってもしかして嫉妬ってやつでしょうか」
問われたアイリアはぐっと言葉に詰まった。そうですなんてすぐにうなずけるようなかわいげがあるなら、最初からもっとうまくそれを表現できたはずだ。
何も答えることの出来ないアイリアの様子を見たセルクは、一度瞬きをして目をそらした。
「もしかしなくても、そーですか?」
妙に丁寧な口振りで重ねて問うのは止めてほしい。アイリアもセルクから目をそらしながら口を開いた。
「そうだとしたら、どうしますか」
その言葉に、セルクはうわあと声を上げた。
「……あのー、えっと、俺と彼女は何にもないですよ?」
「可愛いとおっしゃっていたでしょう」
「えっ。ああ、えーと、言ったけども――あの、初デート前にアドバイスを求められたので自信をつけてあげようと思っただけで、特に深い意味はないんですけど」
しどろもどろに口にするセルクは、ここにきて挙動不審だ。
「そうですか。でも、彼女が違うとしても過去にばかり目を向けずに今を見るべきではないかと、先ほど思いました」
冷静であるように感情を押し殺して、アイリアは淡々と伝える。
あんな些細なやりとりで感情を乱されたアイリアは、不確定な未来が怖かった。前世の心残りだけでつながれた絆は、いつかたやすく絶たれるのではないかと。
世界を救った末に自らの幸せを願っても、前世の二人は結ばれなかったように。
アイリアは拳を握り、引かない決意で彼を見る。
「私はあの子のようなかわいげのない娘です。今の貴方でしたらもっと他に良い方がいると、思います」
「どこに?」
応じるセルクの声は固かった。
「君は自己評価が低いんじゃないかな。俺は君以上に魅力的な子は知らない。この先何度生まれ変わっても、君以外の誰かに惹かれるとも思えない」
笑みの一つもこぼさない彼は、怒りを抑えているようにも見える。アイリアはその様子に戸惑った。
「でも、だって」
幼子のようなつぶやきを漏らして、アイリアは視線をさまよわせる。
「だって、なに?」
「セルクさまは、他の方に言うように私は誉めて下さいません」
えっ、と短く漏らしてセルクは動揺したようだった。
「そんなことないよ?」
「私に対しては、お世辞を言う気にもならないのだなと」
「えええっ。だって、そんな……」
ぼそぼそとつぶやくセルクはどこか不安そうな顔になる。
「言おうと思えば、貴方はいくらでも美辞麗句を口にすることが出来るのに、私に対しては何もおっしゃいません。それはつまり、過去の執着以上に私に興味を持てないことの証明ではありませんか?」
「お綺麗に取り繕ったお世辞になんて、何の価値もないよ」
アイリアの言葉にセルクは力なく反論した。
「でも……俺、アイリアちゃんにそんな風に思わせるほど、何も言ったことない? ホントに?」
「ご自分のことなのですから、よく知っていらっしゃるでしょう?」
突き放すような言い方はやはりかわいげのかけらもないとアイリアは思う。その様子を見るセルクは途方に暮れたような表情だ。
うろうろと視線をさまよわせて、彼は記憶か言葉を探しているように見える。
「――えーと、そんなつもりはないんだけど、君がそういうのならそう、なのかなあ……」
その様子をじいっと見守っていたアイリアに、しばらくしてセルクは自信のなさそうに口にする。おそるおそるといった調子でアイリアを見た彼は久々に視線をぴったりと合わせた。
「あのー、つまりアイリアちゃんは、俺が頻繁に君を誉めそやしても平気ということでしょうか」
続いた問いかけにアイリアは唖然とする。
「今こういうこと言っても信用してもらえるかわからないけど、俺は君がめちゃめちゃ可愛いと思ってます」
「え?」
「具体例を挙げますと、さっきのちょっと嫉妬した感じとか可愛かったです。ちょっと他の子に可愛いとか言っただけで嫉妬してくれるくらいには俺に好意を持ってくれてるなんて、愛しさが爆裂しそうでした」
変に丁寧な口振りでの解説に、アイリアはぽかんとした。
「かわいげがないなんてとんでもない! 俺は君の可愛いところならたぶん一晩だって語り明かせます」
「……え」
力強く言い放たれたアイリアは、力強く断じたセルクの正気を疑った。
「――取り繕ってそんなことおっしゃらなくてもいいんです」
「そう言われるのは、ものすごく心外です」
意地を張るアイリアと、否定されて不満げなセルクの視線が交わる。まっすぐな視線に嘘は感じなくて戸惑いながらも、アイリアは信じきれなかった。
「俺が――その、何も言わなかったのは、アイリアちゃんが可愛いと常に思ってるので、あんまり口にしすぎて嘘くさいと思われたらいやなので我慢しすぎたからです。
だけど、それで気持ちを疑われるなら、俺は遠慮しません」
えんりょ……とたどたどしくオウム返しするアイリアに、セルクは決然とうなずいた。
「思っているだけで言葉にしなければ、通じないことってあるんだったね。人にそう忠告したのに自分がおろそかにするなんて情けないなあ」
時間かかるから座ろうかとにこやかに促されたアイリアは、訳も分からないまま控えの間に申し訳程度に置かれた腰掛けの一つに腰を下ろした。




