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ある前世持ち侍女の納得いかない現状  作者: みあ
番外編

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侍女の嫉妬とその顛末 1

アイリアの嫉妬から始まる話、全4話です。

「どうでしょう、アートレスさま!」

「いいんじゃないかな」

 そのやりとりを、アイリアはたまたま目にした。

 セルクと後輩の侍女一人が向かい合って、やりとりを交わしている。

「よく似合うし、可愛いと思うよ」

「ホントですか! ありがとうございます」

 それは仕事が終わったあとのことだった。シーリィに暇を告げたアイリアは、いくつかの部屋を通り過ぎて控えの間に出ようとしていた。

 薄く開きかけた扉の外側から聞こえたやりとりを耳にして、扉をそうっと閉じる。構わず扉を押し開ける気にはなれなかった。

 いつの間に彼らはそこまで馴染んだのだろうとアイリアは思った。

 彼女らが配属された頃は、お互いに距離があったはずだ。後輩たちはセルクに熱い眼差しを向けはしても、声をかける気はないようだった。

 女好きだなどと噂されていた元軽薄な騎士だ――真面目に振る舞うようになったからといっておいそれと近づく気にはなれなかったのだろうとアイリアは推測していた。

 それが変化したのは、シーリィの婚約式が無事に終了してからではなかっただろうか。

 気に食わない者が騒ぎを起こす可能性も完全には否定できなかった、王女の婚約者が次期国王に任命されるというラストーズではこれまで前例のない儀式も執り行われた日。

 その時にシーリィは望む相手との未来を公に約束されて落ち着いたこともあるのか、そこから新しい侍女や護衛との間に信頼関係を深めている。それが、セルクと後輩たちとの間の関係をも改善せしめたのではないだろうか。

 だって、彼女は――アイリアの主にして親友は、はじめからセルクに対して好意的だった。

 誤解を招いても仕方ない軽い言動で人を翻弄して苛立たせながらも、彼は以前からずうっと優しかった。シーリィはそれをよくわかっていたのではないかと思う。

「セルクが難しい顔をしてると、息が詰まるわ」

 ある時彼女はそう口にして、王女の間の空気を変えた。

 父の死をきっかけとして元の勤勉さを取り戻した――とされる  アートレス家の若き当主は、そのようにして真面目に装っていたら美男子だ。

 そうしていると少し近寄りがたく感じるくらいには鋭い容貌の持ち主で、後輩たちが遠巻きにしていた理由はそれもあったのだろう。

 だが、かつてずっと真面目にしていたら息が詰まるなどと嘯いていた男は、シーリィの言葉をきっかけにして王女の新しい側仕えの前で若干気の抜けた姿を見せるようになった。

 真顔だと鋭いほどの美貌だというのに、少し笑みを浮かべただけで印象をがらりと変えるのは何度見ても不思議だ。

 フェストの頃にはなく、出会った頃のセルクほどではない愛想の良さは、なるほど好ましい。

 シーリィの婚約式で彼自身が「俺以上の好物件はいない」と口にしていたように、真面目に振る舞うようになった武家の筆頭アートレス家の若き当主は武家の娘にとっては手の届きやすいところにいる一番の婿がねだ。

 かつてはいいとは言えなかった噂に尻込みしていたとしても、間近で交流すれば彼の良いところはいくらでもわかる。

 ごく限られた――シーリィとアイリアと、レイドルと彼という四人の内でしか、彼は以前のように振る舞わない。セルクのあれを見れば幻滅もしそうなのに、ちょうどいい案配で親しみを込めた対応をする彼に、そりゃあ武家の出身ばかりで適齢期の後輩たちが心引かれないわけがないだろう。

 扉を開きかけたことに気付かれた様子はなかったけど、慎重にアイリアはノブから手を離し、じりじりと後ずさった。

 何事もなく無事仕事を終えたというさわやかな気分はどこかに消え、代わりに何か重いものが胸にわだかまっている。

「可愛い、かぁ」

 アイリアはぽつりとこぼした。

 自分がそう言われるようなかわいげを持ち合わせていないとアイリアは知っている。

 だからだろう。ティーファの頃から好きだとか、生まれる頃から君一筋だとか言われた記憶はあっても、先ほどのようにセルクに「可愛い」なんて言われたことはない――シーリィの婚約式でこれまでにないくらい着飾った時でさえ、思い返してみれば一言も誉め言葉がなかったのではないだろうか。

 あの日は、そう……アイリアは大事な時にシーリィの側にいられないことが不満で、お世辞にも態度が良くなかった。紳士的にエスコートしてくれたセルクもそういう娘に「綺麗だよ」なんて社交辞令も言い難かったのかもしれない。

 今更思い当たるなんて馬鹿だと、アイリアは自嘲した。

 前世に捕らわれてティーファの生まれ変わりだというだけで自分に告白まがいのことをしたことを、セルクはそろそろ後悔しているかもしれない。

 だって他に目を向ければ、いくらでも素直で愛らしい娘がいるのだ。先ほどの後輩のように愛らしく声をかけるような。臆面もなく彼が「可愛いよ」なんて伝えられる娘が。

 そういう娘の方がセルクも好ましいのではないだろうか――だって、アイリアはあの子のように甘えるように振る舞うことを知らない。




 しばらく呆然と立ちすくんでいたアイリアは、セルクと話し合わねばと心を決めた。

 正式な求婚もまだの今なら、なにもなかったことに出来る。

 アイリアとセルクの関係なんて、昔から王女殿下の側で働く同僚以上のものだなんて誰にも認識されていないのだから。

 そろそろ外も落ち着いただろうかと、アイリアは再び扉に手をかけた。

「お疲れさまー」

 誰もいなくなっているのではないかと思いきや、そこには未だにセルクがいた。後輩の姿はすでになく、一人廊下に近い扉の側で壁を背にしていた彼がにこっとする。

「おつかれさま、です」

「何か忘れ物でもあった? さっき扉が開いたように思ったけど」

 しどろもどろで答えるアイリアに話しかけるセルクは、どうやら先ほどアイリアの気配に気付いていたらしい。

「え、あの、えっ」

「うん?」

 不思議そうに首を傾げるセルクに、まずい場面を見られたという自覚はないらしい。

 あのやりとりは彼にとって普通のことなのだろうか。一応は将来を考えているはずのアイリアに見られても何の問題もないような――そのアイリアにはあんな風に「可愛い」なんて言うことがないというのに。

 目線を落としたアイリアは、お仕着せのエプロンをぎゅっとつかんだ。

「どーしたの? シーリィちゃんに何かあった?」

 他に誰の目のないことで、セルクの口振りは後輩に対していた先ほどよりも気安い。

 そんな彼に、アイリアは意を決して近づいた。

「シーリィさまは、本日もつつがなくお過ごしでした」

「ホント? だったらいいけど。でもなんだか、顔色が悪いよ。体調が良くないとか? 屋敷まで送ろうか?」

 いいえと首を横に振るアイリアを見るセルクの視線は心配げで、その様子は以前と変わらない優しさを宿しているように思える。

 だけどきっと――アイリアは自分に言い聞かせた。

 きっと彼は、ティーファの生まれ変わりにこだわってしまったことをそのうち後悔するに違いない、と。

「体調が悪いわけではありません」

「そんな風には見えないけど……」

「少し時間をいただいて良いですか?」

 毅然として声を上げるアイリアに、心配そうな様子のままセルクはうなずいた。


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