31 やってきたその日に
俺は、期待に胸を躍らせながらその日を待った。
もちろん浮ついているばかりではなく、きちんとするべき仕事は果たしましたよ?
だって事前にシーリィちゃんやレイちゃんに何かあれば、俺が楽しみにしている式自体が延期になるから、不穏分子は排除しなきゃねー。
正式に王女殿下付きの騎士たちが配属になったことによって日中の自由度が上がった俺は、女の子たちには悟られぬようにレイちゃんとも協力してあちらこちらに奔走したもんです。
すべては、愛し合う二人の晴れの舞台を憂いなく迎えるためであり――そして、アイリアちゃんの着飾った姿を存分に愛でるためでありました。
いよいよやってきたその日、俺もアイリアちゃんも午後の半ばほどまで仕事の予定でした。
まあ俺は男なんでそう準備は手間取らないんだけども、シーリィちゃんを装うことに夢中でなかなか仕事を明けようとしないアイリアちゃんにはひっそりやきもきした。
俺の期待ははちきれんばかりなのに、ギリギリで「やっぱりシーリィさまのお側で控えています」とか言い出しそうだもん彼女。
アイリアちゃんを含めた女性陣はずいぶん早くから今日の主役の準備のために奥の部屋に籠もっている。それも進捗状況を伝えに誰かが出てくることもなく、ずうっと。
王女の侍女頭であるアイリアちゃんが夜会未経験であるので、補助のためにシーリィちゃんの乳母である彼女のお母上も含めた王妃さまの侍女たちが三人も入ってくれたのに、何をそんなにすることがあるのか俺には疑問だ。
会場での段取りを部下たちとかなり綿密に打ち合わせても、ちっとも音沙汰がない。
もしもの際に彼らが俺に得物を受け渡す段取りまで幾パターンか検討しても、いっこうにうんともすんとも聞こえない。そりゃあ、まだ開場まで時間ありますし、主役の登場は一番最後ですけど、ドレス着て髪整えて化粧するのになんでそんなに手間取るのか、謎だわー。
そうこうしているうちに予定の時間になったので、俺は渋々仕事をあがった。王女殿下ほどは身支度に時間がかからないと思うけど、アイリアちゃんの準備は間に合うんだろうか。
もし彼女が婚約披露の夜会への参列を取りやめるなら、俺だって「やっぱり殿下が心配です」とでも言ってここに居残るんだけど。
だってアイリアちゃんもいないのに一人参加してもつまらないし、何より「あいつ最近真面目にやってるかと思いきや、主の晴れ舞台で職務放棄して遊んでるじゃねーか」って思われるのも避けたいかなと。
アイリアちゃんの虫除けのために休みをもぎ取ったってのもあるけど! 彼女が側にいて初めて俺は堂々と休めるんですよ……ッ!
初めて夜会に参加する王女殿下が信頼する侍女をエスコートするっていう大義名分が俺を余計な誹謗中傷から遠ざけるんです。なおかつ「あの二人実は出来てるんじゃね」と周囲に思わせることができたら万々歳なわけでー。
それが一人で参加とかちょっと盛り返してきた評判を無駄に落とすだけになりかねないじゃない。
彼女の動向に不安を覚えたけど、一度うなずいた以上例え文句たらたらでもアイリアちゃんはきちんと俺のエスコートを受けてくれるに違いないと信じて俺は夜会向けの正装に着替える。
身動きしにくい夜会服は避けて、有事に備えた騎士服の正装って奴。有事に備えたといっても、普段より装飾が多くて身動きしにくいんだけど、戦う可能性を前提にしている分きらびやかな夜会服よりましって感じかな。
騎士控え室に用意しておいたそれに俺は袖を通した。役職付きになった分、支給された正装は前よりも重いんだよねえなんて口に出してぼやきながら。
袖も首元もボタンをきっちりと留めれば、早くも準備は完了だ。何となく髪の毛を撫でつけてみたけど、確認する鏡なんてものはない。
「ま、大丈夫でしょ」
一人ごち、俺は取って返すように職場に戻った。
「どう?」
「まだ音沙汰ないですねー」
部下たちとなぜ女性の支度にはそんなに時間がかかるのかなんて話で盛り上がっていると、いよいよ扉が開く時がきた。
顔を見せたのはアイリアちゃんのお母上をはじめとした王妃さまの侍女の面々だ。お疲れさまですなんて挨拶を交えながら、足早に彼女たちは本来の職場に戻る様子だ。
「お待たせしております」
ただ一人、アイリアちゃんのお母上だけがその場に残り、お手本のようにきれいなお辞儀をした。
「いえ」
俺も何となくそれに頭を下げながら、緩く頭を振る。
「女性の用意に時間がかかるのは承知しておりますので」
一応はそんなことを口にしたけど、俺には時間がかかる理由についてはちょっと理解が難しい。確かに、時間をかければかけるだけ仕上がりがいいのはわかるような気はするけど。
そんなに長いことなにをすることがあるんだろう。
「いずれ娘も出て参りますので、今少しお待ち下さい――くれぐれも、娘のことを、よろしくお願い申しあげますわね?」
考え事の最中に不意にそういわれて、俺は思わず敬礼で応じた。
「もちろんです!」
何かものすごく牽制された気がするのは気のせいだろうか。俺の下心について団長から伝え聞いたとか?
あの俺、ふらふらーっと女性陣の間を渡り歩いて女好きだともっぱらの評判ですけど、それはもう限りなく清いお付き合いしかしてませんよ?
特にこの数年はアイリアちゃんに恥じぬ行動を心がけてたつもりです。最終的に王女殿下の味方を作るためにあれこれ声をかけて回ってただけで、つまみ食いなんかしてないよ? お嬢さんなり奥さんなりに手を出したりなんかしたら、味方にするどころか各家の当主さまを敵に回すだけだもん。
確定的なことを言われてもないのにそんな風に言い訳をする方が疑われる元になるかもしれない――そう思って笑顔を浮かべたものの、少しばかりひきつっていそうだと感じた。
「お嬢様がこの良き日を楽しめるよう、心して努めます」
「安心しました」
真剣に口にしたのが功を奏したのか、矛を収めてくれたようなのが幸いだ。
そのまま暇の挨拶をしたアイリアちゃんのお母上も、他の侍女と同じく忙しいらしく急ぎ足で去っていく。
ほっとした心地で俺は後ろ姿を見送って、再びいつアイリアちゃんが出てくるのか期待と不安を胸に待った。
それから王女殿下のご配慮で珍しくも半休を取ることになっていた殿下の筆頭侍女殿が、さらに殿下のご厚意によって命じられた新しい侍女ちゃんたちにめかしつけられて俺の前にやってくるまでには、まだ結構な時間がかかったのだった。




