6 変化は子どもたちを戸惑わせる
それから、さらに数年の時が過ぎた。
アイリアの手足はぐっと伸びて、癖のない茶色い髪を常に後ろでまとめている。侍女としての仕事も大方が板に付き、まだ独り立ちするまではいかないが、実質王女の唯一の侍女として一日の大半を共に日々過ごしている。
そのアイリアが仕える王女シーリィもアイリアと同じように成長していた。ふわふわの金の髪は本人は邪魔くさいと感じているようだが、まだ幼さは抜けないものの将来の美しさを想像させる愛らしい顔立ちによく似合っている。
ただ外見は成長したものの、当人が気にする魔法の才能がまったく芽吹かないのが大きな問題であった。
「やっぱり、私には才能がないんじゃないかなあ」
努力に努力を重ねても何の成果もない日々が続き、シーリィがはっきりと愚痴ることも増えた。
「だって、もうレシィは魔法が使えるんだもの」
三つも年下のシーリィの従妹姫が「見てみて!」と元気よく姿を見せた日のことを、アイリアもよく覚えていた。
年の差分だけ遅くに魔法の練習をはじめたはずなのに、従妹姫はもう魔法を使うことが出来る。目を凝らして指先を見つめ、長ったらしい呪文を唱えた末にちいさな人差し指の先に現れた小さな火を見たときのシーリィの衝撃はアイリア以上であったと思う。
先を越されたからといって可愛がっている従妹をシーリィが疎んじることはなかったけれど、内心は複雑だろうとアイリアは思う。
「知識だけはたくさん詰め込んだけど、実践できなかったら意味がないわ」
物憂げに嘆息するシーリィに、アイリアは下手な慰めは言えなかった。
アイリアは、彼女が某かの魔法を使えるのではないかと希望的観測も込めて思っている。古代魔法を使える自身が後ろめたくてこっそりと修行をすることなどはしていないけれど、一度魔法を使えるようになってしまえば色々とわかることがあった。
何度も教師を変えながらシーリィに何とか魔法を身につけさせようと周りが励むのは、彼女が小さくない魔力を持つからだ。彼女の母である王妃が魔法を使えず魔力量も多くないことを考えると、その魔力の量は奇跡的だ。
ただ、不安要素も大きかった。それは魔法使いとそうでない者の間に産まれる子は魔法を使えないことが多いということをアイリアが理解したためだ。
魔法使い優位の国で武家と軽んじられがちな魔法を使えぬ貴族だって、代々その力を得ようと努力したそうである。何とかして魔法使いの血を血脈に取り込もうと、武家も涙ぐましい努力をしたそうだ。
なのに今でもファートレン家のように武家の枠に収まった家が多いのは、魔法使いの血を取り込んだところで子が必ずしも魔法使いとなれるわけではないからだとわかってしまった。
シーリィは本人の言うとおり魔法を使う才能がないのかもしれない。アイリアにこっそりと不安を明かしてくれたのは、もしかするとそのことを耳にしたからこそのことだったのだろうか。
無遠慮に「知っていたの?」なんてアイリアが聞けるわけがない。ただただ、それでも諦めなかった友の努力に頭が下がるばかりだった。
だからこそ、何らかの形で努力が報われてほしいとアイリアは願ってしまう。
神聖魔法であれば――あるいは精霊魔法であれば、もしかすると古代魔法であれば、シーリィは魔法の発動が出来るのではないかと考えたのは一度や二度ではない。
だけどそれが使えたって何の解決にもならないことも、理解していた。
ラストーズの国王に望まれるのは、魔法使いなのだ――だから、アイリアはいつもなにも言えずに姫君の愚痴を聞くことしかできなかった。
やがて、王位継承権第一位の王女がまったく魔法を使えそうにもないということにじれたのは、国の上層部だったそうである。
国の主立った貴族たちはこぞって国王に訴えた。
国王夫妻には王女の他に子はなく、仮に第二子に恵まれたとしても次の子が魔法を使える保証もない。だから、名家と呼ばれる上位貴族のどこかから側室を娶るべきではないかというのがそれだ。
ラストーズの法では王位継承権は男女の別なく長子にあるが、魔法を使えぬ王女よりは側室の子であっても年少の王子か王女に継いだ方が望ましいと彼らはそう主張した。
アイリアの両親――つまり、王妃の近衛騎士の父も侍女である母もその主張に憤慨した。
「あわよくば自分の孫が国王になれるとでも思ってるのだろう」
不機嫌に目を細めて父が言えば、
「何をお考えになって陛下が妃殿下を望まれたかまったく考えていないのでしょう」
冷えた声で母が応じるという具合だ。
だけど二人とも心得たもので、仕える王妃と王女の前ではそんな感情をまったく表さなかった。
シーリィの父である国王陛下は欲得ずくの要望をことごとくはねのけたそうだ。
ラストーズはこれまで内に籠もった国であった。国王の必須条件である魔法を得るのに、魔法使いでない他国の王族の血を混ぜることを長く認めてこなかったのである。
いわば禁じられていた他国からの嫁入りを強行した国王にはそれなりの思惑があるのだという。
アイリアには詳しく聞かされていないが、母がぽつりと漏らしたところではこれからはもう少し近隣の国との国交を深める必要があるものらしい。
結果として誕生した、魔法を使えない娘への愛情ももちろんあるのであろうとアイリアは信じた。
しかし、王女の不備を責める声は徐々に高まっていった。
王妃の母国との関係を側室が崩すというのならば他の手があるとばかりに、彼らは王弟に次いで王位継承権第三位の王弟息女――魔法使いの素質を見せるシーリィの従妹姫の即位を望む声を上げはじめた。
驚いたのはシーリィを含む王女に近い面々だけでなく、推された従妹姫レシィリアもであった。
「シーリィねえさま!」
供を一人も連れずに王女の私室までやってきた彼女は、大いに憤慨する様子を見せた。
「ねえさまがどれだけ努力しているかも知らないでみんな勝手を言うの!」
噂を耳にしてすぐに飛び込んできたらしい少女は、血の繋がりがあるだけあってよく似た特徴をしている。三つ編みにした金髪を大きく揺らしながらシーリィの胸に飛び込んで、見上げた緑の瞳は怒りによるのかいつもより釣り上がっている。
「でも一番おかしいのはとうさまよ! 確かに王位に就くものは魔法使いである方が望ましいって何で受け入れようとしてるの!」
「……叔父様が?」
レシィリアはしょんぼりとうなだれた。
目を見開いて驚いているシーリィの様子に気付いて、口が過ぎたとでも思ったらしい。
アイリアはレシィリアをゆっくりと観察した。身分に隔たりはあるが、アイリアにとって彼女は妹のようなものだ。シーリィほどべったりと時を過ごしているわけではないけれど、気兼ねなく遊べる貴重な存在だった。
三つも年下であるからか、魔法が使えないと密かに悩むシーリィの前でうれしげに自分が魔法を使えるようになったと報告するなどうかつなところはあるが本人に悪気はなく、心底従姉のシーリィを慕っている。
当時さすがに落ち込んでレシィリアとの面会を避けたシーリィと疎遠になるのではと悩み、相談してきた彼女とシーリィとの仲を取り持ったのは他ならぬアイリアだ。
アイリアはシーリィの心の奥底まではわからない。「なぜレシィに使える魔法が私には使えないの?」と嘆くのは何度でも聞いた。だけど、従妹と仲違いをすることを望んでいないことは、知っている気がした。
嘆いて落ち込んで、そしてきっと嫉妬もして。
それでも理由を付けて従妹を追い返す時に、少しばかり寂しそうな顔をしていたから。
レシィリアはうかつな口の軽さはあるけれど明るくてからっとした少女で、姉と慕うシーリィに先んじて魔法の修行が進んでも驕ることはなかった。
魔法を使えるようになったばかりの未熟な存在だからこその視点で、シーリィに助言や励ましをくれるのだ。
「シーリィねえさまがいるのに、そんなこと言うなんて信じられない。正しいことじゃないわ」
ぎゅっとシーリィのドレスを摘まんでレシィリアは訴える。
「だって、ねえさまは大きな魔力があるんだもの。今は使えなくても、そのうちすごい魔法使いになるに違いないんだから!」
シーリィは従妹の訴えに淡く微笑んだ。
「ありがとう、レシィ。そう言ってくれると嬉しいわ」
魔法を使えるようになってからアイリアと同様に他人の魔力を感じることが出来るようになったらしいレシィリアの、純粋に自分を慕ってくれているが故の励ましに、姉としてシーリィは泣き言を言えない。
落ち着いて帰って行ったレシィリアを見送った後でシーリィはため息を漏らした。
「だけど、やっぱり私は魔法を使えない気がするわ」
彼女が魔法を学ぶようになってもう十年が過ぎようとしている頃だった。呟いた声にはかつてないほど諦めがにじんでいた。




