30 騎士団長は困惑する
「正気か?」
王女殿下の許可を受けて、殿下の婚約式の日に半休を取りたいと俺が伝えた上司どのが、まず口にしたのはその一言だった。
「至って正気です」
俺は堂々と答える。
「お前は……殿下が無茶をおっしゃれば諫めるべき立場ではないのか」
殿下と元同僚の婚約を客として祝いたいなんて言い出した部下に対して、団長はうなるような低い声を出す。
俺が自分から半休の許可を願ったんだけど、娘が「殿下の格別のご配慮」によってしぶしぶながら休むことになったと知る我が上司どのは、どうやら俺も殿下の配慮で許可してもらったと誤解したらしい。
諫めるも何も、俺が休ませてほしいと言ったんだけど――うん、これはここで言ったら大目玉だよなあ。
俺は曖昧な笑みで団長の怒気を受け流した。
「いい機会だと思うんですよー」
「何がだ」
「先頃ようやく、殿下の新しい騎士が着任したでしょう」
ラストーズの王族は魔法を扱えるようになるまでは独り立ちが認められない。今まで限られた側仕えしかいなかったのはそれが理由だ。
だけど、魔法を巧みに扱う婚約者を得て、婚約者に自分が本来持つ王位継承権を託すことによってようやく彼女は独り立ちが認められることとなった。
侍女ちゃんたちは簡単に決定したけど、選定に難航したのは騎士たちだ。長期療養に入ったということになっているレシィちゃんの騎士たちが主が不在のためまるっと仕事をなくしたのはわかってても、それを右から左に王女殿下付きになんてできるわけがない。
王族に対する忠誠心があると信じても、心情的に、ねえ?
今まで何となく敵対関係にあった奴らですし?
しょっちゅうレシィちゃんに逃げ出されて振り回されていた彼らには同情もあるし、別に悪い奴らってわけでもないような気もするけど。
シーリィちゃんは懐が広い人なので案外すんなり受け入れるかなという気はするんだけどねえ。
でも奴らが配属されたら直属の上司が俺だという点には配慮が必要だと考えられます。俺が受け入れても向こうがね、これまであからさまに目の敵にしていた俺が上司になるとか受け入れがたいんじゃないかなあ。
そんなわけで、あれこれ調整が必要だった王女付きの騎士も、先日ようやく確定したばかり。顔見知りの王妃さまの元騎士が半数いるので安心だけど、他の騎士たちにはまだシーリィちゃんも慣れていない様子です。
そんなわけで俺は団長に、大舞台を共に過ごすことで新しい騎士に対する殿下の信頼感を高める意図を説明した。
その大舞台で筆頭であるお前は休むのかよと言いたげな冷ややかな視線には堂々と胸を張った。
そして近しかったアイリアちゃんだけでなく他の侍女を信頼することを覚え始めた王女殿下に新しい騎士たちも信頼してもらえるように俺は一歩引くのだと説明を加える。
「新しい部下たちは精鋭ぞろいですので、心配することはありません」
自信を持って俺は言い切った。それにレイドルが協力して作り上げた腕輪――シーリィちゃんの魔力で発動する防御結界を作り出す魔法道具は、この短い期間でさらなる進化を遂げているから守りは万全のはずだ。
婚約式の為に用意された装飾品はどれもレイドルの手を経てシーリィちゃんを守るための道具に生まれ変わっているんだから。
なにがどうなってそうなるのかは俺にはさっぱりなんだけど、彼が言うには複数を発動することで使う魔力量を抑え、発動時間を長くするような術式とやらを組み込んでいるのだそうだ。婚約式の間ずっと結界が保つように。
だからもし何かよからぬ考えの輩が騒ぎを起こしても、物理的に何かなすのは難しい。魔法的にもしでかすのは困難だろう――だって、迂闊に使ったら使った人間を看過する王弟殿下の御前だもの。
魔力の残滓で使い手を把握するなんて芸当が誰にもできるわけじゃないらしいことはちょっと調べたらわかったけど、魔法国家と自称するラストーズの未来を定める王女殿下の婚約式に参列する貴族の中には殿下と同じ能力を持った人が幾人かいてもおかしくない。
そんな中、会場で考えなしにことを起こすバカは、恐らくはいないと思う。
使い手を把握されない方法もあるようだけど、手間をかけて警戒が厳重だと予想できる式典時に騒動を起こす必要はない。俺なら、大々的な発表で未来が確定される式の前か、無事に終了して気が抜けたはずの後を狙うね。
ついでに上層部をまとめて吹き飛ばしたいという危険思考の持ち主がいないとも限らないから、絶対いないとは断言できないけど。
「殿下のお側にいれば見えないものを、遠くから監視しようと思います。主の婚約式に休みを取るような浮ついた騎士を警戒する人間は少ないと思いますので」
「なんだと?」
「長い間軽薄に振る舞っていた評判は、いくら真面目に振る舞ったところで短期間で覆しきれるものではありません。主の慶事に浮かれた様子を見せておけばさほど警戒もされないでしょう。
ことを起こすとすれば、それは魔法を使えぬ王女殿下が表立つことにより既得権が侵される恐れを抱く上位層でしょう。それも魔法は使えても巧みに扱えない上位の内で下級に位置する家が一番危険――すなわち会場では私とさほど変わらぬ辺りに位置する層となります。
それらにそれとなく目を配っておけば安心でしょう?」
団長は俺を睨むようにして、大げさに息を吐いた。
「任務外となれば帯剣は許されんぞ。仮に不審な輩が見つかればどう対処するつもりだ」
「何か起こりそうなら、ちょうど背後をつけますよね。剣はなくとも、体術の心得もあります」
団長はむっつりと黙り込んだ。
俺の言ったことを飲み込んで、熟考しているようだ。
「――何か起こるとするならば、そのように未然に防げれば言うことはないが」
「個人的には、王弟殿下が陛下に協力する構えを見せている今、大それたことをしでかすバカはいないと思いますよ?」
「油断すれば足下を掬われるぞ」
「王女殿下がもっとも信頼する侍女と騎士を遠ざけている姿は、敵の油断も誘うと考えます」
団長はすうっと目を細めて、諦めたように頭を振る
「まあ、よかろう。それが王女殿下のご意向であるというのならば、半休は認めざるを得まい」
「ありがとうございます」
頭を垂れる俺に「まったく」と呆れたような声が降ってくる。
「なぜ今までそのよく回る頭と口を活用してこなかったのだ。最初からそうしておれば、誰もお前を侮りはしなかっただろうに」
あいつだってなあと続ける団長の言葉が指すのは、個人的にも交流をしていたらしい俺の父上のことだろう。思い出すと俺だって、いろいろ反省するところはあるんだけど――でも、過ぎちゃった時は戻らないからなあ。
後悔がないとは言わないけど、全部が悪かったとは思わないことにしている。
俺は頭を上げて、努めてにっこり微笑んだ。
「でも俺が真面目に勤め上げていればアートレスの嫡子が魔法を使えない王女の側に配属されるなんてことはなかったでしょうから、これで良かったのだと思うことにしています。この数年間で、いくらかは殿下のお側でお力になれたと考えておりますので」
「――そうかもしれんな」
ため息混じりに団長はうなずいた。
「ところで、団長は当然のことながら当日国王陛下のお側は離れられないのですよね?」
話が終わったとばかりに退席を促そうとする人に、俺は口早に問いかけた。
「無論だ。お前のように俺は動けん」
「でしたら、その日お嬢様のエスコートをさせていただいてもよろしいでしょうか」
「なんだと?」
俺が突然言い出したものだから、団長は――いや、アイリアちゃんのお父上であるところのファートレン殿は目を怒らせている。
だけど婚約式当日の半休が認められた今申し出なくて、本来の目的が果たせなくなるのは困る。
「彼女の参加は、殿下の格別のご配慮です。長く共にあった乳姉妹にも良縁が訪れるようにと」
「それが、どうした」
「アイリア嬢は美しく、優秀な方です。その上国王陛下に信を置かれる団長を父にもち、お母上もまた王妃殿下に信頼されていらっしゃる――生半可な方が相手役では彼女の容姿や背景に魅力を感じる者に取り囲まれてきっとお困りになるでしょう」
「……それで、お前がエスコートをすると?」
「長く側にいた同僚が付き添うのでしたら角は立たないと考えます」
「確かに、娘のエスコートを誰に任せるかはまだ決めかねていたが……」
値踏みするように、俺は上から下まで観察された。
「今の私があるのは、彼女のおかげですので。できれば近くでお守りしたいと考えています」
「な、お前は……っ。お前が本来お守りすべきは、殿下だろうが!」
だめ押しのように口にすると、途端に団長は声を張り上げた。
「ですから、もちろんよからぬ考えを保っていそうな何者かが行動を起こす気配を察すればすぐさま動けるように目を配ると先ほど申しました」
意味の分からないことを言われたというような表情で、ファートレン殿は口元をひくつかせている。
何かを言いたそうにわなわなと口を開いたり閉じたりしたあと、最後に彼は大きく息を吐いた。
「それは有事の際に娘を放り出すと宣言しているのか」
「目の前の彼女を守るために殿下の危機に駆けつけないとなれば、彼女は俺を見限ってしまうでしょうから」
ファートレン殿の表情は複雑だ。有事の際に職務に忠実に動くという俺を誉めていいのか、エスコートを申し出ておきながら危険な場所に自分の娘を放置する可能性を考えてなじっていいのかわからないといったような。
「確かにあの娘は、そのように考えそうだ」
「先ほど申し上げたとおり、大それたことをしでかすバカはいないと思いますので、お嬢様は誰の手からも完璧にお守りします」
「――アイリアは誰よりもお前から守らなければならないのではないか……」
気付いてはいけないことに気付いちゃった想い人の父親に、俺はにこりと微笑んだ。
「ご心配には及びません。確かに俺は一番悪い虫ですが、彼女のことはよく知っていますので無理はしません。団長の奥さまが彼女の良縁をいくら望まれても、彼女はきっと王女殿下のご成婚まで自分のことは考えないでしょうから」
「だから安心しろと?」
「神に誓って、彼女の嫌がることは出来るだけしないとお約束します」
「――しないではなく、出来るだけしない、か」
ぼそっと不満げな言葉がファートレン殿の口からこぼれた。
「しないようできるだけ心がけて行動しているつもりです」
じっとこちらを見据える視線から目を逸らさずにいると、ため息と共に「わかった」と了承の意が返ってくる。
「確かに俺が娘についていられるわけではない。弟に頼むことも考えていたが――まあよい、見知った間柄なのだから、あまり会わぬ叔父よりアイリアも気楽に過ごせるだろう」
「おおお! ありがとうございます団長!」
俺は思わず声を張り上げた。ついうっかり真面目な仮面を外してしまった俺に団長は苦笑する。
「手は出すなよ?」
その言葉に、俺はもちろんですとすぐさま応じたのだった。




