28 王女殿下と噂話
王女殿下の側仕えが増えたというのが、もっとも大きな変化だった。
そもそも、正当な王位継承者である第一王女のお側に教育係を含めても三人しか側にいなかったことが異常だった。
内二人が異性ってのも、対外的に見てどうだったのよって話だよね。
増えたのは、アイリアちゃんの――王女の筆頭侍女である彼女の部下となるべき侍女たちだ。王宮の侍女は専門の教育を受け生涯勤め上げる心得の職業婦人もいれば、行儀見習い兼良縁探しをするために短期間勤める構えのお嬢さん方も多い。
長く王女の側に控えていた筆頭侍女であるアイリアちゃんの年齢に配慮してか、とりあえず増えた侍女たちは若き行儀見習いのお嬢さんたちばかりのようだった。
ようだって、あまり詳しくないのはそんなに関わりがないからなんだけど。
家名を聞くとあああそこのってわかる武家の兵士層のお嬢さんたちは俺がいずれ王女派にと粉かけていたところの子たちばかりで、以前こそーっと陛下に伝えておいた情報を持て余すところなく利用してもらった感じがある。
俺が粉かけて回ったのは彼女たちの兄だの弟だのになるんだけど、何故遠巻きに眺められているんだろうか。
身内から俺は危険だとでも忠告でもされてんの?
別に取って食いはしないので近づいてきてもかまわないんですよと主張してみるべきなのかどうかが、俺の目下の悩みだ。
王女殿下の婚約者となり、王女の夫として王位を任されることが定められたレイちゃんが教育係の任を外れ、侍女は増えても騎士はまだ選定中という状況下で、男一人で遠巻きにされるとかちょい寂しいんですよね。
人手が増えたのに責任が増して前よりも忙しそうなアイリアちゃんにもろくに構ってもらえないしさあ。
でもだからといって、アイリアちゃんの後輩たちときゃっはうふふするのもね、ちょっとね。アイリアちゃんに目撃された時の被害が甚大ですよね。
嫉妬されたら嬉しいような気がするけどせっかく持ち直してきた信用が再び落ちたら大変だし、されなかったらされなかったで、ねえ――わかるでしょ?
どっちに転んでも面白くないので、俺はよくできた副騎士団長の仮面を被って王女殿下の筆頭騎士らしく真面目に控えてるんですけどね。
アイリアちゃんとシーリィちゃんとレイちゃんと俺の四人でこの部屋にいたのはつい最近だったのになあ、なんて過ぎた時が懐かしくなっちゃう。
いずれ正式に王女殿下の婚約式と、婚約者殿の立太子が執り行われるはずだ。
それまでにもっといろんなことが変わって、同じところに留まってなんかいられないんだろうな。
王族の血を引き王女殿下の夫になる有能な魔法使いというだけで、次期王位継承者になってしまうことになったレイちゃんは大変そうだ。
周囲の風当たりが一番強いのは、後見が落ち目にある自家しかない彼だもん。
国王陛下が「娘の婿を王にすんぜ」つって、王弟殿下がそれに「次代にと推していた我が娘が血筋的にももっとも望ましいと思うのだが、療養に時のかかる病を得てしまったから仕方ない」とそれを認めたところで、不満がきれいに消えるわけがない。
「ホネストよりは」と、上位の方々の間では今更王女殿下の相手として手が上がってきたようだけど、国王ご兄弟は「近くで王女を守り導いたレイドル・ホネストこそがふさわしい」を譲らない構えだ。
だったら、当人を直接つついて辞退させようって考えはズルいよねえ。今まで魔法を使えない王女に冷淡にしていてよく言うよホント。
端で見ていてどうよと思えることは多々あったけど、全部が全部悪いことじゃなかったと思えたのは、両思いなのに通じ合っていなかった二人が気持ちを交わしあうきっかけになったからだ。
誹謗中傷にさらされるレイちゃんを案じて塞ぎ込むシーリィちゃんに、とうとうレイちゃんが思いの丈を打ち明けてたからね!
他にもめぼしいものがあるからお前でなくてもいい――王位への打診を受けた際にそう聞いて、他の誰よりも自分がと意志を固めていたらしいけど、それでもグダグダ悩んでシーリィちゃんに何もいわなかった結果ぎくしゃくしていたあのレイドルさんがですよ!
身内ばかりとはいっても、俺やアイリアちゃんがいる前で公開告白とか!
やるときはやるんだなと、お兄さんは大変嬉しく思いました。
きっかけが「レイドルがつらい思いをするのなら、今ならまだ婚約解消できると思うの」と言ったシーリィちゃんの言葉なのはちょっと情けないけどね。
「他の誰に貴女のことを任せることができるでしょうか」
その言葉を皮切りにはじまった愛の告白は、正直聞いてて砂吐くかと思いました。
ほとんど勢いで思いの丈を告げたレイちゃんも我に返ったらすごい恥ずかしかったとだろうな。でも、結果としてシーリィちゃんが嬉しそうに「私もずっとレイドルが好きだったの!」と告白するのを聞けたんだからいいんじゃないかなあ。
ともかく、シーリィちゃんの愛を受けたレイちゃんは日頃の五割り増しぐらいやる気のように見えるけど、それだけで乗り切るのも大変だよなあ。
息抜きくらいは協力してあげたいとは思うんだけど、公開告白が恥ずかしかったのか最近さっぱり俺によりついてくれないからなー。
からかわれるとでも思ってるのかなあ。
なんて、俺は最近婚約式の準備に多忙を極めていることもあって余計に疎遠なレイちゃんのことを気にかけてたんですよね。それがまさか、シーリィちゃんに巨大な誤解をもたらすなんてことに気付かずに。
「セルク、ちょっと話があるの」
シーリィちゃんが真剣な顔で言った時、俺はおやと思った。
婚約が内定する前と直後は「レイドルがうんたらかんたら」と頻繁に俺に相談という名の愚痴を持ちかけてきていた彼女だけど、想いが通じあって以来すっかりご無沙汰だったから。
それは気持ちが落ち着いたからでもあるだろうし、あえて俺を相談相手にするよりは他にもふさわしい人が現れたからじゃないかななんて考えていた。
アイリアちゃんは「私は別にレイドルさまが好きなわけじゃないです」とかなんとか言ってシーリィちゃんの誤解を解いたらしいから、何かあるなら安心してアイリアちゃんに話をするんだろうと思ったし。
こと恋愛ごとに関して疎そうなアイリアちゃんが相手としてふさわしいか考えれば微妙だけど、心の機微は悟れても実経験に乏しい野郎に相談するよりは遙かにましだよね。
アイリアちゃんでなくても、新しい侍女ちゃんたちが話を聞くだろう。
だというのに、侍女ちゃんたちが見守る中で口を開いたシーリィちゃんは、昔「アイリアはレイドルが好きなのかしら」なんて悩んでいたときに似たような不安そうな顔で、よりによって俺に声をかける。
「お、おれに、デスカ?」
動揺のあまり挙動不審になる俺に構わずシーリィちゃんはうなずき、手招きして座るように促してくる。
それ、アイリアちゃんが戻ってきてから一緒に聞くんじゃだめなのかな――そんな風に思いつつも、俺は命令に従って彼女の正面に腰を下ろす。
侍女ちゃんの一人が心得たようにお茶を用意してから、すーっと壁際まで下がっていった。なんとこの間無言である。
妙な沈黙が怖かった。
「あの、ね、セルク」
だけど、真の恐怖が可憐な王女殿下の口から飛び出すとは、間を持たせるためにカップを持ち上げたばかりの俺は予想だにしていなかった。
「あなた、レイドルが好きなの? 噂になってるんだけど」
侍女ちゃんたちに聞こえないようにか抑えた声で問われた俺は、彼女の配慮を無駄にするくらい大仰に驚いて、危うく飲み込んだお茶をシーリィちゃんに吹きかけるところだった。




