25 侵入の結果
王弟派重鎮のエレフ家は、かつてのホネスト家と肩を並べるほどの名家だ。
国王陛下が他国から王妃を迎えなければ、そのご令嬢は陛下の婚約者候補となれたほどの家柄と言えば大体地位は想像できるかなあ。
ラストーズで名家と呼ばれるのは基本的に建国当時に高い位を賜った魔法を使える家柄のことで、代々の国王の妃は名家の中からなんとなく順番で選ばれてきた、らしい。
なんとなくというのは――正式に順番を決めたところで次期国王と見合いの年頃と性別の人間が程良くその家に生まれるとは限らないから多少は前後したんじゃないかな、みたいな?
家から王配なり王妃を輩出したい名家の方々はできるだけ出産を合わせにかかっただろうけどねえ。
若い俺は当時の詳しい事情なんて人伝に聞くしかないから正確にはわからないけど、王弟妃サマは本当なら王妃にもなれたかもしれない順番でエレフ家に生まれたのにぽっと出の魔法も使えない他国の王女のためにそれが叶わなかったことを当時から恨み妬んじゃっているらしい。
第二子が望み薄なご関係なのは、そこはかとなく漂う政略結婚臭が原因だよねきっと。
王女の不備をあげ、自家の血を引くレシィちゃんを王に望むのはそのうっぷんを晴らすためとかあるんじゃないだろうか。魔法にこだわる上位貴族たちがそれをことさら持ち上げるので、エレフ家の権勢は相当大きい。
そのため、エレフ家主催の夜会へ参加する者は数多く――だけど、王族の王弟殿下は配下の主催する会には滅多と訪れない、らしい。妃殿下はちょいちょい参加されているようだけど。
日頃王弟宮には王弟殿下と妃殿下の騎士がたくさんいるけれど、ご実家の催しに妃殿下が向かわれればきっと自然と騎士の数は減るはずだ。
自分たちが担ぎ上げようとした姫の家出――表向きは体調不良の中で盛大な夜会を開催するなんて、そんな些細なこと心配することないと主張するためかなあ。
ラストーズを無事に脱出し、どこに行ったともしれないレシィちゃんを見つけ出すつもりなんだろうか。難しいように思うけど、人の居場所を探知する魔法というものもないわけではないし、準備が整い次第探知魔法で見つけだすつもりかな。
現時点でそうしていないくらいに難易度の高い魔法で、遠く離れた人を捜し出せるかは……やってみなくちゃわからないし、諦めきれもしないよねぇ。
ま、そんなことは、エレフ家の催しに呼ばれる筋もない王女派の俺には関係ない。
俺はその日の仕事及び訓練を終えてから、兵舎の一室で書類仕事をしながら夜を待った。
今日はほとんど満月だったと思うけど、幸いなことに雲がその姿を隠していた。
星一つ見えない空に幸先の良さを感じながら、俺は町仕様の旅の剣士の装いへ着替えをし黒いマントを羽織る。そこに今日のためにあらかじめ用意しておいた仮面を顔につけたところで、俺ははたと気付いた。
「うわ、これ視界わっる!」
顔全体を覆う面を試着しなかったのは失敗だと今更ながら気付いても、まさか家に別のものを取りに帰るわけにはいかない。家には仮面舞踏会用のものがいくつかあるけど、知ってる人が見れば付けてる人間わかるよねってものしかない気がする。
目標の殿下までたどり着けずに諦めることは許容できても、正体がばれる危険は認められない。明らかに不審者のなりで侵入を試みた王女派の騎士が「レシィリア姫のご希望でお伺いしましたー」と真実を告げたところで、ねえ。
受け入れてもらえるとも思えないし、言い訳すら聞いてもらえずに処刑されそうだよね!
超こわ!
そうなる前に逃げることができるとしても、後に残す王女派への影響を考えると……うん、多少視界が悪くともこの仮面を付けるしか。
俺はしばらく仮面を付ければどれだけ視界があるのかを充分確認し、なんとかなると自分に言い聞かせながら明かりを消し闇に目を慣らす。
「まあなんとか、ギリギリいけるよね?」
光源のないことでますます視界が悪くなった気がしたけど、警備体制のおおよそを把握している場所に騎士の目を避けて侵入するんだから――見つかりさえしなければ、前さえ見えれば大丈夫なはず。
机にかじり付いていたことで凝り固まっていた筋肉をほぐしてから、レシィちゃんからの手紙の二枚目だけを懐に忍ばせてあるのを確認して俺は作戦を決行した。
そして、だ。
結論を言いますと。
俺は最終的には、見事レシィちゃんの無茶な要求を遂行することができた。
職権乱用気味に事前に充分な調査をしておいただけあって、並みいる騎士たちを華麗に避けて特に目撃されることなく王弟殿下のところにまでたどり着けましたとも。
寝所の扉を守る騎士と中にいた侍従だけは気付かれないように手刀で落としましたけど、人的被害はそんな彼らが後で叱責を受けるであろうことと……。
顔を隠していったにも関わらず、殿下にさくっと俺の正体やら何やらがばれたことくらいかな!
知らないよ、優れた魔法使いは顔を見なくても魔力の形でそれが誰か分かるとか! 殿下とはほとんど面識がなかったのにバレたのは、親兄弟とも魔力の形が似るものから大体予想がつくとか、そんなのさー!
王族の寝所に不法侵入した騎士団副団長に表だってお咎めがないことになったのはレシィちゃんの伝言を伝えた後でうまいこと説得できたからなんですけど、俺は涙目になりそうでした。
ただ身バレしただけじゃないんだぜ……魔法使えることまでバレちゃったんだぜ。
侵入直後に避けれそうにない炎が迫ってきたら想定通り氷で相殺するじゃん? まさかそのあと、正体ばれるってことは想定してなかったじゃん?
仮面付けたままですべてがこなせると無駄に信じていたしばらく前の自分をはり倒してやりたかったけど、王弟殿下が話を聞くつもりになってくれたのは身バレした俺が魔法を使えるってことを殿下が知ったからだよなと雰囲気で察してしまったので結果としては良かったのかなと思わなくもないかなとか思ったり思わなかったりする辺りがとってもビミョーです。
瞬時に無詠唱で殿下の魔法を相殺したのが高評価だったらしーですね。
「レシィリア姫からの伝言もってきましたー!」
その後、抵抗はしないのでちょっと待てとばかりに両手を上げながら慌てて声を張り上げた俺に、殿下が怒気を抑えきれないままでありながら聞く体勢になってくれたのは戦えばお互い無傷ではいられないと思ったからじゃないかなあって。
危うく誘拐犯と判断されかけたけど、レシィちゃんの手紙を差し出すことで一応は事なきを得た。
「お父さま」への不満がこれでもかと記された便せん一枚を、殿下はものすごい早さで読んで顔をしかめていた。
「これは確かに娘の手によるものだ――しかし、なぜそんなものをお前が手にし、このように不穏な手段で持ってきたかについて満足な説明ができるのだろうな?」
もちろんとうなずいた俺は直後に正体を看破されてどうしようかと思ったけど、おかげさまでご要望通りすべて漏らさず詳細を説明することが可能になった。
王女たちは仲良くしたいのに大人が余計な諍いをはじめたからそうもいかなくなったことに協力した俺たちの話とか、もう二年は前からレシィちゃんがいざとなれば家出をしてすべてを終わらせるつもりだったこととか……ね。
家出の作戦を止めるべく動いた俺の密かな奮闘――と言う名のレシィちゃんとの城下探検――を聞いていた殿下の顔は、ちょっと直視したくない感じでした。
娘に余計なことを教えやがった男を縊り殺したいと書いていそうな顔にも見えたけど、そうでもなかったらあの子はもっと前になんの知識もなく幼くして城を飛び出ていたであろうとも考えたんだろうなあ。ふるふる震える拳が目にはいると、とてもドキドキしました。知らん間に攻撃くらいそうで。
「つまり、あの娘は――」
最後まで説明すると、王弟殿下は感情を押さえつけたような声で切り出した。
「なんの策もなく飛び出たわけではないと言うか」
「姫が問題なく出国されたことがその証明ではないかと」
俺の答えに殿下は不機嫌に息を吐き、苦汁をなめたような顔つきで視界を巡らせた。
「あれは言い出したら聞かんところのある娘だ。幼い頃は顕著にそうであった。無謀な試みを二年も留めたことについてお前を誉めていいのか、生き抜く術を与えて最終的に後押しすることになったことを叱責したらいいのか、わからん」
殿下の言葉は独白めいていて、なんと応じていいものか俺こそ分からない。
そのうちに、再び王弟殿下の鋭い眼差しが俺を射抜いた。
「配下を撒くことをいつものことだと捨て置いた我が失態であるが。こちらが娘の動向を把握していないと悟っている今、あえて危険を冒して我が寝所まで忍んできた意図は何だ?」
娘の無事を知らせるだけなら他にも手段があろう、そう殿下は続ける。
俺はその場に持ってこなかったレシィちゃんの手紙の一枚目の概要を――シーリィちゃんが王位につかない限りラストーズに戻らないという意志と、一日も早くそれを確実にするために王弟殿下に協力を要請するように指示されたことを簡単に答えた。
それを聞いた殿下の目は、無謀なことをしでかした若者に呆れているようだった。
「下手をすれば自分の足下をすくわれるであろうに、よく決行する気になったな」
「姫のご無事を伝えるだけなら他に方法はあるでしょうけど、直接お会いしなければ協力は要請できませんから」
「――単身、無傷でここまで忍び込む自信があったか」
「一応、それなりには」
謙遜気味に俺が首肯すると、殿下はため息を一つ。
侵入時に落とした騎士や侍従が起きるまでに、一応の協力を取り付けた自分を俺は誉めてやりたいです。
レシィちゃんがいない今、次期王位に近いのはシーリィちゃんだと王弟殿下も考えを変えざるを得ないと考えていたらしいことが幸いしたけど、「やろうと思えば私の暗殺もできるのではないか?」とかすんげー答えにくい質問とか繰り出すおっさんの相手、大変だったんだよー!




