22 姫君の手紙
よけいなお節介じみた俺の後押しを受けたはずのレイちゃんが、それからすぐにシーリィちゃんに好意を伝える――なんていうことは、まったく、これっぽっちも、ぜんぜん、あるような様子はなかった。
断言はしなかったものの結構あからさまに告白しろって言ったつもりだったんだけど、あれでもまだ遠回しだっただろうか。
色んなことを難しく考えているんだろうなーってことは、近くにいれば誰の目から見ても明らかだった。
お勉強からの帰り道、周囲を警戒しながら歩く俺に話を振ってくるシーリィちゃんは、この数日そんな彼の様子をずっと気にかけている。
家出中で音信不通のレシィちゃんのことも当然気にしているんだろうけど、対外的に体調不良で伏せっている政敵の話題を口にできるのは事情を知る俺たちだけで自室に籠もった時くらいだ。
王女とその側近が従妹姫の不在を知るなんて万が一漏れたら、よけいな憶測を生みそうだ――たとえば、勝ち目がないとやけになった王女派の手により姫は闇に葬られたのだとか、謀殺の罪でも着せられかねない。
王女派の重鎮であるホネストの新当主が思い悩んでいるということくらいなら、まあ知られても問題ない範囲の情報だ。
何に悩んでいるか想像はできても、本当のところは身近であれこれつついた俺にもわからない。彼をよく知らない人間であれば、真実とはほど遠い悩みを想像するはずだ。
例えば、落ち目にある名家を盛り立てるために、王弟派の担ぐ姫君の体調不良を逆手にとって王女を擁立する方法について熟考しているのだとか、あり得なくもないことをさ。
「レイちゃんも一族の当主になって、いろいろ思うところがあるんじゃないかなー」
「そうなのかしら」
「落ち目とか言われているホネストだけど、アートレスに比べて大きい家だからさ。心配なら案じている気持ちを直接伝えてあげるといいよ」
俺は声を潜めて、
「それを聞いたらレイちゃんもシーリィちゃんの優しさに感動して絆されてくれるかもよ?」
なんて続けてみる。
そうかしら、でも、そんなこと……と、シーリィちゃんは呟いた。
自分の苦悩の原因に優しく声をかけられたレイちゃんが、感極まって勢いのままに切々と愛を語ればすべてうまく行くと思うんだけど、二人とも奥ゆかしいというか消極的というか、そういうとこあるからなあ。
アイリアちゃんと話し合い分かり合った今だからこそ、俺は二人にももっと腹割って話すことをおすすめするんだけど、「前世が絡んですごい誤解があったけどアイリアちゃんとようやくわかりあえたよ!」とか言えないし。シーリィちゃんならおおらかに受け入れてくれるよーな気もするけど、レイちゃんはなあ。どうあがいても無理だよなー。
悩ましげにしているシーリィちゃんの憂いを俺ではうまく晴らせない。どうすればうまくいくのかな。
やっぱり外堀から埋めてそういう方向に持っていくしか?
だけど下手に動いたらこじれそうだし、まだそういう話をする段階ではないかな。なによりまず先に王弟殿下にシーリィちゃんの王位継承を認めてもらわないとどうにもなんないよねえ。
取れる手のない状態に悶々としている時に、それを救うつもりでもなくもたらされたのが、国王陛下や王女殿下の襲撃に怒りを抱き勢い余って家出を結構したお姫さまからの手紙だった。
「ファイ! お前、ずいぶん長く顔を見せなかったじゃねえか!」
その手紙を中継してくれたのが、久々に姿を見せた俺をそんな風に歓迎してくれた食堂の主だった。
あ、ちなみに、ファイっていうのは俺が城下で使っている偽名ね。故郷と王都を行き来しながら冒険者稼業をしているお気楽極楽な剣士っていう設定。本名と似ても似つかない名前なのは、違和感なく反応できるように二番目の人生の名を流用したからだ。
なんでフェストの名を使わなかったって? やだなー、そんなの決まってるじゃないですかー。そう名乗ったら最後、城下での俺の設定は故郷と王都を行き来しながら冒険者稼業をしている生真面目な剣士になっちゃうじゃん? フェストって呼ばれると背筋が伸びちゃう体質なので。
「やだな、マスター。そんなに歓迎してくれるなんて俺感動しちゃう」
お上品ではないけど雰囲気は悪くないためそこそこ繁盛している大衆食堂は、俺がレシィちゃんをよく連れてきた店だ。
久々に顔を見せたからか珍しく声を張り上げて歓迎してくれたそこのマスターの人相はあまり良くないけど、それがよからぬ輩を遠ざけるのか品は良くない奴はそれなりにいても、ひどくガラが悪い奴はそうそういない。だから女の子を連れてくるのはギリギリセーフかなと思って。
愛想のないおっさんの顔を見て女の子の一人旅は危険だと判断してくれたらなーと思って連れてきたのに、案外すんなりなじんだんだよねー、あの子。末恐ろしいわ。
「誰も歓迎なんぞしてねえ」
昼には遅く夜には早い時間だからか、この店にしては珍しく他の客がいない。いつもはくるくる働いているマスターの奥さんもいないし、でっかいフライパンをブン回していることの多いマスターも休憩なのかカウンターに座っていた。
「いやん、恥ずかしがっちゃってー。いいのよ本音で話しても」
「妙なしゃべり方すんな」
「いって!」
ひょいと立ち上がったマスターは、一応は客のはずの俺の頭にげんこつを落としてきた。それから首根っこを掴む勢いでガンを付けてくるのから顔を逸らして、俺は壁に掛けてあるメニューを見た。
あー、久々だし今日は何食べようかなー。
「そんな風にふざけてる場合なのか?」
「ん?」
国王陛下が外遊に出てからこっち、もう何ヶ月もこの店とはご無沙汰だった。色んなことがめまぐるしく起こりすぎて、ちょっと町で遊んでくるかって気分にはなかなかなれなかった。
結構な頻度でつきあわざるを得なかった姫さまの家出修行も、当人がいない今する必要もなかったしね。
今日久々にやってきたのは、色んなことに悶々としすぎて「そうだ、城下で王女さまのお人柄とか、教育係との淡い恋の物語とか話して、国民から王女殿下を王に望む声を上げさせたらいいんじゃなーい?」とかよくよく考えると突っ込みどころ満載の思いつきをしていても立ってもいられなくなったからだ。
思いついたのは休み前日の昨晩で、まあ寝て起きたら冷静にもうちょっと練らないとどうしようもないって気付いたんですけどね。
「しばらく前に兄さんとはぐれたってレシアが言ってたぞ。この機会に一人旅するんだと」
「え、ええ、えー!」
どうしたらうまいことあれやこれやうまくいくかなあってメニューをぼうっと見ながら考えはじめていた俺は、不意に言われた言葉に思わず叫んだ。
あ、ちなみにレシアっていうのはレシィちゃんが使っている偽名なんだけど。
「ちょっ、え、レシアちゃんが? えええ、なに、えええ」
びっくりしすぎておにーさんバカみたいな反応しかできないわ。
そんな俺に冷たい視線を注ぎながらマスターが説明してくれたので、俺はようやく落ち着きを取り戻した。
逃避行に失敗して助けを求めてるのかと思ったら、家出前に後のことを考えてレシィちゃんは小細工をしていったらしい。
同郷の兄貴分にひっついて旅をしていたレシィちゃんが、その兄である俺とはぐれたのでこの機会に一人旅をするんだって話をでっち上げてたんだって。
俺とこれまで巡ったあちこちで「兄さんに会ったら、この機会に一人で旅するわって伝えて」と言って回ったらしい。
その情報に王弟殿下がたどり着いたかどうかはわからないけど、もし万が一王族の姫さまと同じ構成要素を持つ自分が捕らわれたら「私は独り立ちしたばっかりの冒険者です」と言い張って顔見知りを利用してどうにかするつもりだった――とか?
そして、世慣れない姫君を捜していたはずの追跡者が情報を仕入れようとしても、目撃者が特徴のよく似たレシィちゃんの存在を思い出して知らせたところで突き詰めてみれば「あれは兄を捜してる娘だ」という結論に達するように。
「あの子は……そう、そっかー」
「その様子だと、他の誰にも聞いてないか」
俺は苦笑して頷いた。
対外的に療養中の娘をおおっぴらに捜すことはできなかった殿下は、きっと初動で情報をつかみ損ねただろう。
あの度胸のある子が堂々と慣れた様子で旅していたら、一晩でこの間の事件の黒幕を見つけだした王弟殿下の手の者も見つけ出せなかったってことかなあ。
これができるだけ打っておいた手、かな。
「近頃姿を見せなかったのは、あの娘を捜してたからか?」
俺は明言せずに曖昧にほほ笑んだ。
「最初にここにくれば良かったもんを」
「そんなこといわれてもさー」
「しばらく前に手紙も届いたぞ」
「はあっ?」
目を剥く俺に待ってろと言い残して、マスターはカウンター越しに見える厨房の奥の方から封筒を持ってきた。
「ほれよ」
「あ、ありがとー」
女の子らしい丸っこい字でこの店の住所と店名に続いて「ファイさま」と宛名があり、マスター宛のメモとして「もし兄さんに会うことがあったらこの手紙を渡して下さい」とある。レシィちゃんが文字を書くところなんてついぞ見たことがないから書かれた文字は見慣れないけど、ひっくり返すと確かにそこには「レシア」と記されている。
すぐにもこのまんま持って帰って、シーリィちゃんたちに見せたいけど。
「えーと、なんかとりあえずマスターのおすすめください」
手紙を親切に仲介してくれた現在進行形で暇をしているマスターの売り上げに貢献しないわけにはいかない。
封筒をためつすがめつ見つめながら、俺は注文を受けて竈に向かうマスターの興味津々の気配を感じ取って、
「何であの子、家でなくここ宛に手紙書いたのかなー」
ってとりあえず呟いてみておく。俺と彼女は同郷って設定だからマスターが当然抱きそうな疑問をあらかじめ封じるために。
ホント、アートレスに連絡するようにって伝えたのになー。
王弟殿下に知られる万が一の危険を考えたのかな。気を回してくれたのはいいけど、下手するとずっと気付かなかったよ。
「まあ、無事に旅できているんだから、まあいっか」
「開けないのか?」
「中は気になるけど――宿に帰って落ち着いてから見てみる。もし恋文だったら一人で堪能したいし」
「恋文はねえわ」
手早くシチューを温めて持ってきてくれたマスターは、俺のつぶやきを聞いて失礼なことにすぐさま鋭く突っ込みを入れてきた。
言われなくても俺もないと知ってるよー。




