5 夢の続きを夢見て
だがシーリィが魔法を使うことが出来ないまま時は瞬く間に過ぎて、アイリアは十を越えた。
簡単に魔法が使えるようになるわけではないであろうというアイリアが伝えた父の言葉を希望として、シーリィはたゆまぬ努力を続けていた。
成果の上がらない王女の指導役は幾度か変わっていったが、どんなに教師の言葉を真面目に聞こうと、シーリィは火の一つも起こせなかったし、そよ風を呼ぶことも出来なかった。
指導を受けるだけでは足りないと、かつては遊んでいた午後でさえ彼女は進んで勉学に費やした。
アイリアと二人連れだって、向かうのは城内の奥まった所にある図書室。そこには幾代か前の優れた魔法使いであった王族が個人的に集めた蔵書や、自ら執筆した書物が収蔵されている。
自室に近く、魔法を使うとっかかりが見つけ出せそうな本を片っ端から読むことにシーリィは熱を入れているのだ。
その供をする侍女見習いのアイリアも、微力ながらその手助けをしていた。
主とは違い理論だって魔法を学んでいるわけでもないアイリアに出来ることは多くはないが、シーリィは藁にでも縋りたい心地であるようだし、アイリアは周囲の期待に応えようと努力する彼女に協力してあげたかった。
魔法の知識はなくとも、本を広げ文字を読むことくらいはできる。
ただ側に控えているよりは何かシーリィのためになることが書かれたものがないかと、アイリアも何冊もの本に目を通してきた。
その努力はまったく実を結ばなかったのだが、結果としてアイリア自身は自らが魔法を使えることを発見した。
相も変わらず見る夢で、かつての自分である巫女が歌った歌の歌詞によく似た記述を見つけたのがそのきっかけであった。
アイリアは驚き、密かに関連する書物を読みあさった。
かつて、魔法は今とは違う方法で発現していたのだとそれらの本は語っている。今では古代魔法と呼ばれるそれは、発音の難しい神の世界の言葉を使うために強力であったのだと。
当時の魔法使いたちは容易に魔法が使えるように研究して現代の魔法の分類が樹立され、使い勝手の悪い古代魔法は廃れてしまったのだという。
図書室の蔵書の元の持ち主の王族は、古代魔法を復活させ魔法使いの地位をより向上させることを目的として研究に励んでいたようだ――と、これはついでに読んだ手記に記されていた。
アイリアは現代の魔法について、まったく学んでいない。手探り状態で片っ端から本を読んでいた中で見つけだした、何か知っているような気がする方法を知れば知るほどアイリアは誘惑を断ち切れなくなった。
頻繁に夢見る内容を――物語を拡大解釈して追体験しているはずの自分を信頼するなんて馬鹿げている。馬鹿げてはいるけれど。
重圧に潰されそうになりながら必死に打開策を探るシーリィのように、アイリアだって藁にも縋りたい気分だった。
夢の中の自分が使う魔法とよく似た方法で魔法を使えたら、夢の中の彼がもしかすると実在するのではないかと思ってしまったのだ。
だって、武家であるアイリアが今では廃れた古代魔法の知識のかけらを知る機会など夢を見る以前にあったとも思えない。
現実感さえ伴う夢が前世の記憶だとするのならば、アイリアと同様に彼がこの世界にいてもおかしくないではないか。
アイリアは現実で、彼ほどの人に出会ったことがない。世界の存亡をかけて身を粉にして戦ったかの人のような存在がそうそういてたまるものか。
魔獣に奪われたたくさんのもの。それでも失わなかった希望と授けられた力。神の力を借りてもなお憎い魔物をただ封じるしか方法がなく、夢の中のアイリアと彼は葛藤した。
細切れに見るその物語の終わりはひどく苦々しい。
魔獣が封じられ平和になった世界で、救世主たる二人は別の道を歩むことになったのだ。
気まぐれに前後する夢の内容をはっきり理解できているかともし問うものがあったならアイリアは理解しきれていないと答えるだろう。
だけど、二人には確かに通じるものがあり望んで分かたれたわけではなかった。
彼は――フェストは、時と空間を司る男神に力を授けられた戦士だった。だからなのだろうか、彼には夢の中のアイリア――ティーファには見えない未来が読めたようだった。
「俺と君を別々に取り込もうとする国がある」
「別々に、ですか?」
いつだか、アイリアはそんなやりとりを夢に見た。それは魔獣の封印後の、諸国の重鎮が集まって行われた祝賀会の直後のこと。
「あの凶悪な魔獣を封印してのけた力を野に放ってはおけないのだろう。きっと俺と君が共にあれば新たなる脅威になると考えているんだ」
「私たちが脅威?」
「そう――魔獣を封印することしかできなかった俺たちだけど、暫定的であっても世界を救ったことに違いはない。感謝する人々が群をなせば、自分たちの国を飲み込んで新たな国を作ってしまうかもしれないと」
その言葉は幼いアイリアにもよくわからなかったが、夢の中のティーファにもすぐには飲み込めなかったようだ。
「……新しい国、ですか?」
しばしして呟いた言葉は不思議そうに響いた。
「そう。戦士と巫女を国主に戴く大国だ」
「まさか!」
ティーファは笑い飛ばしたが、フェストは真剣そのものの顔であり得る話だと念を押すように言った。
「馬鹿なことを――私も貴方も、王になれるほど大それた生まれではないでしょ?」
「魔獣を封じた世界の救世主という立場が、そんなものを気にさせなくなるんじゃないかな」
「本気で言ってます?」
とてもそうは思えなくて問いかけるティーファに、ひどく嫌そうな顔をしてフェストはうなずいた。
「残念ながらね。それを警戒して、別々に取り込もうとしているのさ」
「私たちがそんな大それたことを考えるはずもないのに」
「彼らには俺たちの考えることなんてわかってないんだ。だから」
フェストは真剣な顔で一度言葉を切った。言いにくいことを言うための前準備に、彼は深呼吸をした。
「今夜、ここを出よう――そして、正体を隠し別々に姿を隠そう」
「いつ、どこで落ち合うの?」
「二度と会わない方が、世界のためだ」
「そんな」
掠れた声がティーファの口からこぼれ落ちる。
自分にとって衝撃的な言葉を言った当人が冷静にその理由を語るのを、ティーファは黙って聞くしかなかった。
「俺も出来れば君と共にありたい。だけど、俺たちが共にいることで本当に大きな国が出来てしまうことになればきっと、そこに大きな妬みを生む。それはせっかく成した封印に綻びを作ってしまう」
その言葉はティーファの胸にずしりと重くのしかかった。
なぜ神の力を借りてもなお魔獣を封印することしかできなかったか、その理由を二人は聞かされていた。
魔獣は人の負の感情を糧に生まれ、さらには力を増していったのだと。
人は自らがそれを生み出したと知らずに魔獣を恐れ、憎み――それがさらに魔獣の力を増幅させ、神の力を世界から遠ざけた。それでも世界に届けられるだけの力を戦士と巫女に授け、それに生き残っていた聖獣の力を足して念入りに魔法陣を作ることで、なんとか封印に足るだけの力を得ることが出来たのだ。
ようやく封印することができた魔獣に再び力を与え野に放つ可能性は、出来る限り避けたいものだった。
世界はまだ混乱に満ちていて、神の威光は未だ遠い。
それがわかるから、嫌でもティーファはフェストの提案にうなずかざるを得なかった。
「これから先、再び会えないのならば――」
そしてティーファは、つまりはアイリアの前世は彼に告げた。
「生まれ変わってから、会いましょう」
真剣すぎて怖いくらいの面持ちだった彼は一瞬表情を消したあと、ふっと笑ってうなずいてくれた。
そんな夢の続きを現実で夢見るくらい許されるのではないだろうか、と。
アイリアはある夜、一人きりの自室で密かにそれを実行した。
そして、瞳を閉じて集中し、こっそりとささやき声で歌うアイリアの願いは叶えられた。
口を閉じ恐る恐る瞳を開いた彼女の目の前には、目を閉じる前にはなかったはずの明かりが煌めいていた。
「本当に出来た?」
驚きながら呟いて瞬きしているうちにそれは消えたけれど、魔法が使えたのだとアイリアの胸は高鳴る。
しばらく夜一人で過ごす時間を使って研究を重ねたアイリアは、自分の扱える魔法が古代魔法に分類される発動方法による現代では神官が扱うとされる神聖魔法によく似ていることを発見した。
そして色々試してみて、幻とされる古代魔法は扱えるが、現代のそれはどうやら使えないということも理解した。
古代魔法を使えるようだという事実から夢がかつての現実であったのかもしれないという希望は沸いたのだけど、残念ながら最後にアイリアに残ったのは虚しさと誰にも言えない秘密だけだった。
魔法が使えたことで自分が見ていたのがただの夢ではなく前世ではないのかという希望は沸いてもはっきりとした確信は持てなかったし、それが事実でも彼と同じ時代同じ世界に生まれ変わっているとは限らないとふと気付いてしまった。
そして、なによりも。
魔法国家の王位継承者として魔法を使えないと嘆く主にして親友のシーリィに、言えない秘密と後ろめたさを抱えてしまった。
アイリアがどうあっても古代魔法における神の力を借り受ける魔法しか使えないように、もしかするとシーリィは会得を望む「自らの魔力を糧に魔法を使う魔法使い」ではない魔法が使えるのかもしれないとつい口にしてしまいそうにはなったのだ。
それが神官のそれでも、精霊使いのそれでも、アイリアとしては大きな差があるとは思えない。使う力に多少の違いがあっても、現れる事象の大半に大きな差があるとは思えないからだ。
「だけど」
アイリアは憂鬱なため息を漏らした。
もうなにも知らないふりで適当な助言が出来るほど子どもではなかった。
複雑な歴史的背景を十分に理解しているわけではないアイリアでも、ラストーズの次期国王に望まれる素質は知っている。シーリィの才がもし神官的なものであればまだ救いはあるだろう。だけど、そうでないのならば、想像もしたくない未来が訪れるかもしれない。
どこかの名家に生まれた子が精霊使いの才を見せ、放逐されたのだという噂をアイリアは聞いたことがある。この国は魔法使いの国だ――魔法使いよりも強力な力を使うとされる精霊使いは疎まれた存在なのだ。
下手に口を出してシーリィが疎まれる精霊使いになってしまう危険を冒す勇気も、魔法を誰よりも望む彼女に真実を明かす勇気もアイリアは持ち合わせていなかった。
だから夢の中の思い人も古代魔法を扱える事実も、自分の胸の内だけにそうっと秘めておくことにした。




