20 それは困難なミッション
例の飲みの翌朝、目覚めたレイちゃんは動揺していた。
寝てしまうなんてとつぶやき、寝てしまって非礼を詫び、
「では、昨日言った件、くれぐれもよろしくお願いします」
最後は何事もなかったかのように装って俺に釘を差して部屋を辞した。
目覚めたらお互い気まずいだろうなーと考えてた俺は、そんなことお構いなしで平静そのもののレイちゃんに毒気を抜かれてぼうっとしたまんまそれを見送ったものだった。
以来十日ほどだろうか、レイちゃんはいつも通りだ。
当然お酒が入っていた時のように動揺なんてしていない。俺に気持ちを悟られたと知っても、それを気にして特別気持ちを隠すようなこともしていない。
といっても、レイちゃんの内心の現れなんて本当に些細なものだから隠すほどのものでもないのかな。誰にでも基本丁寧な彼だけど、シーリィちゃんには特別丁寧とかそれくらいだもん。
それが恋心に起因するか忠誠心に起因するかなんて、毎日見ている人間じゃなきゃ判断つかないくらい些細だ。
不器用な人付き合いしかしてこなかった人の愛情表現は本当にかすかで、長らく彼に恋いこがれているシーリィちゃんでさえ自分に向けられるものに気付かないくらいだもんなあ。
そっと「レイちゃんはシーリィちゃんが好きだと思うなあ」って教えてあげたことは一度や二度じゃないけど、時間をかけて少しずつ積み上がってきたレイちゃんの好意は歩みが遅かったからこそ受け入れるシーリィちゃんには信じがたいものらしい。
端から見ていると、シーリィちゃんに向ける視線とそうじゃないものの差異に気付けるんだけど。自分が対象だったらかえって気付きにくいものなのかな?
だからか教えても、俺が調子よくおべっかでも使ってるんじゃないかと思われている節があるよーなないよーな気がする。信用されないのは日頃の言動があれだからですね。
最初は生真面目に仕事としての義務で、レイちゃんはシーリィちゃんに対していた。思うに、俺ほどではないけど、レイちゃんはレイちゃんでやさぐれてたんじゃないかなと、今になって思い返せばそんな風に思う。
真面目な人だし、あからさまに態度に出したりしないからねぇ。
でも、不意に父を亡くした割に冷淡だったところをみると、俺と同様に魔法を使えない王女殿下にすり寄っていった父親に言いたいことの一つや二つや三つ、あったと思うんだよね。
自分の子を捨ててまで地位に固執してみっともなくあがくとは、とかなんとか――いや、想像だけどね?
真面目さと義務感で動いていたと思われるレイちゃんがシーリィちゃんに思いを寄せた時期はいつかはわからない。シーリィちゃんほど劇的に変化することなく、ただある時俺は「あれ、レイちゃんもいつの間にかシーリィちゃんが好きになってるんじゃなーい?」と気付いた。
それだけ密やかに、だけど身近にいる人間には気付ける程度に、レイちゃんは少しずつ変わっていった。
きっと、本人はそれを周囲に悟られるとは思ってもなかっただろうけど。
「あれえ?」
俺はそこまで考えて、はたと気付いた。
基本的に四角四面で真面目っこで、職務に私情を挟むことを良しとしない人が、俺に気持ちを指摘されてもなおそれを隠さないって違和感があるなあって、いまさら。
「うーん……」
王女殿下の勉強時間。いつも通り少し開けてある扉の内側で、シーリィちゃんとレイちゃんは向き合っている。
教育係になった当初のガチガチに固い声で正論しか吐き出さなかったレイちゃんと、それに反発して途中で飛びだしていたシーリィちゃんの面影はすでにそこにはない。
レイちゃんの声には優しい響きが乗っているし、それを受け止めるシーリィちゃんも時々質問を挟みながらゆったりと素直に相づちを打っている。
アイリアちゃんがその側に控えてなければ、そしてレイちゃんの口にする内容がまじめーなおべんきょーのものでなければ、端から見ていれば穏やかで微笑ましい恋人同士の姿に見えなくもないような気がするんですけど。
「俺に痛いところを突かれたら、レイちゃんなら感情を押し込めそうだなーと思うんだけどなー」
「身内に精霊使いを出しちゃった」「王女に婿入りするわけにいかない一族の当主」が思いを告げるわけにいかないと思っているようだから。
なのに、以前と変わりなく振る舞っているのって、もしかして。
「……日頃付き合いでしか飲まないとか言ってたから、あの日けっこー飲んだし、もしかして何話したか忘れてたりすんの?」
俺に忠告して了承の意を得た辺りで安心して「おにーさんはお見通しなんだぜ☆」発言以降は記憶が飛んじゃってたり……。
俺はもう一度扉の間から中の様子を覗き見た。
考えてみたら下手に恋心を指摘したらかたくなになりそうなタイプのレイちゃんが、普通にしているだけでなんかそんな気がしてきた。
「えー、さすがに俺、素面のあの人に前触れもなく告っちゃえよとか言う度胸ないんだけど、どうしたらまとまんの、あのふたりー」
ちょっと考えたらわかりそうなことにこれまで気付かなかった辺り、俺もいろいろいっぱいいっぱいだったんですね。
今度はこっちから飲みに誘っても、お酒に弱そうな人がまた酔って記憶をとばしたら意味ないし。かといって普通に伝えてもかたくなになりそうだし。
レイちゃんから思いを伝えるのが一番いいと思うんだけどなあ。
だって、主である王女殿下から伝えても、ねえ。シーリィちゃんは王女の命だから頷いたんじゃないかしらって疑惑をいつまでも持ち続けそうな感じがあるもん。
そんなことですれ違うとか馬鹿らしくない?
やっぱり、ここは男からがつんと行くべきだと思いますよ!
がっつくレイちゃんとか、全く想像できないけど。
えー、せっかくやる気になったって言うのに、この手の付けようのなさどうすればいいの? 二人の幸せの先にしか俺の幸せがない感が半端ないのに、目前の壁たっかいわー。




